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青の祓魔師 スパイ・ゲーム

青の祓魔師 スパイ・ゲーム

原作:加藤 和恵 小説:矢島 綾
あらすじ
スパイ。諜報活動を行うものの総称。敵の情報をいち早く手に入れ、状況を有利に導く者。手段は、問わない——。志摩廉造はいかにしてスパイになったのか、その酷薄非情な訓練の実態に迫る……!! 表題作『スパイ・ゲーム』はじめ、5本の小説でしか読むことができない㊙エピソードを収録!! 大人気小説シリーズ第4弾!!

 れんぞうはリアリストである。

 女子に対してのみ発揮される異常なテンションの高さを抜きにすれば、ごく普通のノリの少年だ。異性がらみ以外で熱くなることはなく、めんどうくさがりの快楽主義者。

 極度のオプティミストでもなければ、徹底したペシミストでもない。

 何かに心酔し、忠誠や情熱、ましてやおのれの命を捧げるなど、考えすらせずに生きてきた十五歳。

 そんな彼が周囲の抑止を受け入れず、選んだのは────密偵スパイとして生きる道だった。

 せいじゆうじがくえんに入学してまだ日も浅い、ある晩春。

 が執務室ことヨハン・ファウストていの扉をくぐると、

「グーテンモルゲン☆ 我が正十字学園へようこそ」

 背もたれ付きのにゆったりと腰かけたメフィスト・フェレスが、両手を広げてみせた。なんとも芝居がかった動作だが、この男がやると妙にさまになる。

「学園にはもう慣れましたか?」

「そーですねえ。学校はキレイやし、可愛かわいい子もぎようさんおるし、それなりに楽しくやってますわ」

 志摩の答えに、それはけっこう、とメフィストが小さくわらう。しんそこたのしそうでいて、すべてにんでいるようなその笑顔に、志摩は意味もなく薄ら笑いを浮かべた。

 ヨハン・ファウスト五世。またの名を、メフィスト・フェレス────。

 もっとも、それらは数多あまたある仮の名前の一つにすぎない。

 その正体は、悪魔の王族八候王バールの一人にして虚無界ゲヘナの第二権力者・時の王サマエル。一方では、名誉騎士キヤンサー称号マイスターを持ち、日本支部長として約二百年にもわたり正十字だんに貢献し続けている。

 どちらが本当の顔なのかわからないろんな人物だ。

 そして、周囲の人間はおろか、志摩自身すら気づいていなかったその素質を見抜き、直属の密偵スパイとして雇いたい、とスカウトしてきた張本人でもある。

「時に、志摩くん」

 と、メフィストが含みのある声で質問する。「スパイにとって最も大事なことは何だと思いますか?」

 すでに一通りのスパイ教育を受けている志摩は、

(今更?)

 となかひようしけする思いで、自信満々に答えた。

にして相手をたばかり、あざむくかです」

 しかし、対するメフィストは、

「それだと、六十点というところですかねぇ」

 ものげな顔で欠伸あくびころしながら、そう切り捨てた。

「大切なのは、そうすることで得られる情報です。情報が戦いにおいて著しく重要であることは、かのそんも述べている」

 ────彼を知り、おのれを知れば、百戦あやうからず。

 あまりにも有名なへいほうの一文だ。志摩も耳にしたことがある。

「その貴重な情報を得るために、相手を欺き、だます。そのためには、時として肉親を、友を、自分自身すら捨て去る覚悟が必要です。すなわち、何ものにも揺らがない強い心を得なければならない」

 そこでいつたん、言葉を切ると、

「────というわけで、これから貴方あなたには訓練を兼ねた、三つのミッションを与えます。見事クリアできたあかつきには、ごほうとして、これを差し上げましょう」

 メフィストが机の上にすっと厚めの雑誌をすべらせた。

 なにげなく目をやった志摩の顔色が、一瞬にして変わる。

「!? そ、それは……まさか」わなわなと震えるくちびるから、うわずった声がもれる。「いや……そんな……アホな……」

 その露骨なまでの動揺ぶりを悠然とながめながら、メフィストがおおぎよううなずく。

「そう、貴方の愛読書『エロ2大王』のお蔵入り未公開アングルを集めたといわれる超レア雑誌です☆」

「発売と共に店頭から消えた、あの……?」

「ええ。一時間と待たずに品切れとなったうえ、過激すぎるという理由で、その後、出版中止となり、今やネットオークションで百万からのプレミアがついているまぼろしの雑誌────その無修正版です」

「!! しかも……無修正……版やと?」

 興奮のあまりその場に倒れかけた志摩が、なんとかみとどまる。

 ごくりとなまつばを飲みこむと、かすかに声を落とした。た笑顔で、ええんですか、と尋ねる。

「仮にも理事長ともあろうお人が、生徒のご褒美にそんなもんチラつかせるやなんて……倫理的に問題あるんとちゃいます? 仮にも教育者なんですし……」

「あ。私、悪魔ですから」

 平然と答えるメフィストに、

「一生、ついていきます!!」

 志摩がかつてないほど澄んだまなしで応じる。「今なら、ひもなしバンジージャンプでもできそうな気がします」

「それはただの自殺です。────では、交渉成立ということでよろしいですね?」

「もちろんです!!」

 メフィストが両目を糸のように細める。その瞳の中に、一瞬、けんのんな色が浮かんで、すぐに消えた。

「では、手始めに、貴方のにがなものを教えてください」

「………………。女の子です」

 本能で危険を察した志摩が、不自然なの後で答える。「可愛い女の子がちやちや、苦手です」

「おや?」と、メフィストがわざとらしく小首をかしげる。

「さきほど、この学園は可愛い子がたくさんいて楽しいと言っていませんでした?」

「……────いえ」

 痛いところを突かれた志摩が、しかし悪びれずに答える。

「苦手やからこそ、逆に強くかれるいうヤツです。思春期特有のアレですわ」

「ククク……まあいいでしょう」

 思わせぶりに嗤ったメフィストが、ちょっと失礼、と言って、携帯電話を取り出す。しばらくの間誰かと話していたが、やがて上げんで電話を切った。そしてくるりと志摩のほうに向き直ると、

「これから、貴方にはおくむら先生の任務に同行してもらいます。それが、最初のミッションです」

「え、奥村先生について行くんですか?」

「ハイ」

「どないな任務なんです?」

「てんで、ラクショーな任務ですよ☆ ラクショー」

「…………」

 不思議なもので、あまり楽勝楽勝と言われると、逆にあやしく思えてくるのが人の世の常である。

 が────。

「『エロ2大王』未公開アングル集無修正版」

「もちろん、行きます!!」

 ひとたび魔法の呪文をとなえられれば、志摩れんぞうという名の欲望のごんに、あらがすべはなかった……。

くん。こっちです」

「あー。おくむら先生~」

 指示された現場に着くと、ふつまじゆく講師の奥村ゆきが軽く片手を上げた。

 すらりと背が高く、しつこくだんふくが似合っている。メガネをかけた顔は地味だが整っており、なにより理知的だ。ものごしもおだやかで、女生徒から絶大な人気を誇るのもうなずける。

 ただ、よわい十五歳にして、すでにくたびれた中間管理職のような雰囲気があるのも事実だ。そのせいか、同性としてのしつを覚えることは少ない。人生、何が幸いするかわからない……と言ったら、彼はムッとするだろうが。

「土曜も当然のように仕事やなんて、先生も大変ですねえ。最近では、しやちく言うらしいですよ? 先生みたいなタイプ」

 志摩がへらへら近づいていくと、雪男がメガネの奥でけんにしわを寄せた。

「よりによって、あのフェレスきようの銅像に落書きをするなんて、ずいぶんと子供じみたをしましたね」

「え……? あ、アハハハ。その場のノリでちょっと……てか、奥村先生。俺らまだ子供ですよ?」

「なら、随分と命知らずな真似をしましたね」

 雪男がため息をく。それから、ぶつぶつとつぶやいた。「それにしたって、候補生を実戦にすなんて────」

(なるほど。そういうふうに話がいっとるわけか……)

 つまり、理事長のげきりんに触れたあわれな候補生がばつとしてここに送りこまれた────ということになっているのだ。あの理事長の性格を知っている者にとっては、あながち不自然な話とも言えまい。

 納得した志摩は、「アハハハ」と無意味に笑ってその場をした。

 なことを言って、不審に思われては困る。

「任務内容は洗浄作業です」

 ていかんの表情になった雪男が、淡々と任務の説明を始める。

 対象となるのは、北せいじゆうじはずれにある廃工場だった。

 使われなくなってからどれだけつのかわからないが、目の前にそびえ立つあんかいしよくの巨大な工場は、ほこりとカビに、びた鉄くささが入り混じった独特のにおいも相まって、なんの手直しもせずに、即ホラー映画の舞台として使えそうだ。

「もともとは業界でも有数のお菓子会社の工場だったのですが、後継者の地位をめぐって、肉親の間で陰湿な争いが繰り広げられ、ついには自殺者まで出たそうです」

 その後は不幸続きで一気に業績が悪化。一年ほど前に会社は倒産したという。そのうえしばらくつと、捨ておかれた工場に夜な夜な幽霊が出るといううわさが立つようになった。

「その自殺者の幽霊が出た……いうことですか?」

「いいえ。事前調査によれば、この廃工場に幽霊はいませんでした。ただ、おびただしい数のコールタールが発生していたので、それを幽霊と見間違えたのでしょう」

 なんや、と志摩がひようし抜けする。

 コールタールといえば、悪魔族全体の中でも最下級の悪魔だ。一般人の目に見えないだけで、今もそこらじゅうにふわふわただよっている。集合体にならない限り、やつかいな相手ではない。

「そういったいわくもあって、今まで買い手がつきませんでしたが、ある娯楽系企業の社長がとも居抜きで買い取りたいと言ってきたので、取り急ぎ、洗浄作業をすることになりました」

 雪男はそう言うと、彼の足元においてある特大サイズのスポーツバッグから、せいすいふんと書かれた肩掛け式のスプレーポンプと、替えのタンクをいくつか取り出した。

「これで洗浄します」

「へえ~。なんか、ぼう幽霊退治の映画みたいで、カッコええやん♪」

 志摩がスプレーを手に取り、カッコよく構える真似をする。「これで、コールタールちくすればいいんですね?」

 だが、雪男はすげなくかぶりを振った。

「────いえ。コールタールのほうはなにせ、数が多い。魍魎王コークスがいるかどうかも、現段階ではわかっていないので、僕が担当します」

「え? じゃあ……俺は何をしたらええんですか?」

「志摩くんには、虫豸チユーチを担当してもらいます」

「は? 何て?」

虫豸チユーチです」

「…………チュ、チューチいうと……ま、まさか……」

 志摩が顔面そうはくでガタガタと震えだす。雪男が気まずそうにすっと目をらした。

「数は少ないですが、ゴキブリにひよういした虫豸チユーチもいるので、そちらを重点的にお願いします。志摩くんは確か、詠唱騎士アリア志望でしたよね?」

「!! 俺、おなか痛いんで、帰らせてもらいます

 そう叫んだ志摩がだつのごとく逃げだそうとするのを、雪男の手がはばんだ。

「なっ!? 放してっ!?」

「……すみません。それはできません」

「なんで!? 奥村先生一人でへっちゃらな仕事やろ!? ごしようやから、その手ぇ放して!!」

「僕もそうしてあげたいのはやまやまなんですが、君に虫豸チユーチまかせろというのは、フェレスきようからの厳命なんです」

「!?」

「絶対に君を逃がすなとも言われています。もし、妙な仏心を起こして君を逃がした場合、給料を十分の一に減らすとおどされているので、残念ですが……」

「十分の一って、どこのブラック企業!? てか、給料カットぐらいで可愛かわいい生徒を売らんといてや!! そこは、断固脅しをけ生徒を守ってこそ、我らが奥村先生やろ!? な!? な!?」

「すみません。志摩くんが可愛い生徒かどうかは、僕の口からはとても……」苦しげな表情で雪男がつぶやく。「それに、僕にも生活がありますし」

 前半はさりげなくヒドイうえに、後半はどこのくたびれたおっさんだよと言いたくなる台詞せりふだ。

「自業自得だと思ってあきらめてください」

「奥村先生の人でなし!! うらむ!! 一生恨み抜く!! 先生のファンの女の子たちに、奥村雪男の悪評、性癖あることないことしゃべったる!! しゃべりまくったる!!」

 恐怖のあまり錯乱状態でわめく志摩に、

「────────」

 カチッ、と何かのスイッチが入ったらしき雪男が、スプレーポンプを肩に下げ、抵抗する志摩を能面のような顔でズルズルと引きずっていく。

「いやあああああああああああああ!! すんません!!!!!! うそうそうそ!!! 今のナシ!!!!!!! ナシ!!! おん便びんに話し合いましょう!!! 奥村先生!!!!」

「僕は人でなしらしいので」

「だから、噓ですって!!!! 噓!!! お願い!!! やめて!!! 助けてえええええええ!!! 誰かあああ!!!!!! ぼんっっ!!!! 子猫さーああああん!!!!」

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────

 廃工場に悲痛な叫びがだまし、いつしか、ぶつりとれた。

 

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