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ブラッククローバー 暴牛の書 一章 少年の挑戦

ブラッククローバー 暴牛の書 一章 少年の挑戦

原作: 田畠 裕基 小説: ジョニー 音田

 アスタはあせっていた。

 うららかな昼下がり、おだやかなが差しこむ森の中。

『ブギイイィィィィィィィィッ!!

 とんでもないサイズのイノシシが、アスタに向けて突進してきていた。

 しかしどうやら、そのターゲットはアスタではない。

「うおおおおおおおォォォ!!

 イノシシの前を全力しつそうする男がいた。

 つまり厳密に言えば、イノシシに追いかけられている男が、アスタに向かって走ってきている、ということだ。

 はなはだ迷惑な話だったが、なによりもアスタが焦ったのは、別のことだった。

 男はなぜか、全裸だった。

 全裸のおっさんが、フルテンションで叫びながら、ものすごい勢いでこっちに走ってきているのだ。

 アスタは焦っていた。

(……なんだ……これ……どうなってる………!?

 おっさんとイノシシに気づいてからの、長いとは言えない時間の中で、アスタはこうなったいきさつを回想した。

 

 魔導書グリモワール塔にて、大剣を宿した魔導書グリモワールさずかってから二か月ほどったある日。アスタはハージ村から少し離れた場所にある山へとやってきていた。

 大剣の訓練をするためだ。

 魔法がすべてのこの世界において、剣のみを使って戦う方法などは存在せず、当然、講師のような人もいない。

 だからアスタはしかたなく、こうしてちょくちょくやまもりをして、どくりよくで剣の修業をすることにしていた。

 とはいえ、やはりその効率は良いとはいえない。剣の上下振りやよこぎなど、基本的な動きはひととおりマスターできたものの、応用としてそれらがかせないのだ。練習する相手もいないので、打ちこみの訓練などもできない。

 そんなふうに焦りを感じながらも、何度目かの山籠もりにやってきたその日。良い日和ひよりにまどろみながら、ひと息つきがてら、ハージ村原産のノモイモを焼いていた。

「うおおおおおおおァァァッ

 そしたらいきなり、全裸のおっさんがアスタに向かって走ってきて、

『ブギイイィィィィィィィィッ!!

 その背中を、巨大なイノシシが追っていた、と。

 そういうわけだった。

 

「……いや、やっぱぜんぜんだ なにが起こってるかぜんぜんわからねえっ!!

 まったく意味をなさない回想に、全力投球のツッコミを入れてしまう。すると、イノシシのほうを見ていた全裸男が、こちらの存在に気づいたようで、 

「ど、どいて、少年 このままじゃ巻き添えにしてしまう

「っていうか、こっち来んなァァァァァ!!

 いろんな意味で なんて思ったが、いまさら方向転換しろというのもこくな話だろう。アスタは魔導書グリモワールを勢いよく開いた。

 すると中から、すっかり見慣れたボロボロの大剣が吐き出され、アスタのしゆちゆうおさまる。剣の出し入れだって練習した。今ではこんなふうに、ノータイムで構えることだってできる。

「大きく横に

「え、あ、うん

 男がわきしげみに飛びこむのと同時、アスタは勢いよく地をった。そのまま大きく剣を振りかぶり、イノシシの頭部にねらいをさだめる。

「オラァアッ!!

 腕力と体重、そして突進の勢いを丸々吸いこんだ一撃は、すさまじい勢いでイノシシの頭頂部をなぐりつけ、巨大な身体からだを地面にたたきつけた。すなぼこり盛大に舞いあがり、いつたいの木々が大きく揺れる。

「お、おお……すごい。一撃で……」

 砂埃が収まるのをはからって、茂みから顔を出した男は、驚いたように言った。

 年のころは三十代なかばといったところか。身体つきからしてもう少し若いようにも見受けられるが、ぼさぼさの赤い髪と、まばらにえたぶしようヒゲのせいで、けた印象が強い。それがまった身体に、ひどくミスマッチに思えた。

「いや、すまないねえ。川の浅瀬で魚をろうとしていたんだけど、そこがどうやらこいつのなわりだったみたいでさ。ハハ、こんな所まで追われて来ちゃったよ」

(……死にそうになったのに、なんでこんなテンションなんだろう?)

「おっと、自己紹介してなかったね。私はファンゼル。ゼルでいいよ。旅をしている者だ。君は?」

(……なんでこんなにフラットに自己紹介に移れるんだろう?)

 なんて、いろいろなツッコミが浮かんだものの、あいさつを返さないわけにもいかないので、

「……アスタっす。ハージ村に住んでます。ちょっとしたようで、ここまで来たっす」

 全裸の男に自己紹介をするのは初めてだったので、少し言いよどんでしまったものの、そんなふうにレスポンスをすると、男──ゼルはニコニコしながらうなずいて、

「面倒くさいから敬語は使わなくていいよ。そんなことよりもアスタ、あれは君の?」 

 彼の骨ばった長い指が、さっき起こしたたきとイモに向けられる。アスタは頷いて、

「そうだけど、それがどうか……」

 グギュルルルルル……。

 頷くのと同時に、そんな音がとどろいた。一瞬なにかと思ったが、すぐにわかった。

 ゼルの腹の音だった。

「…………」

「…………」

「……じ、実はその、二日前からなにも食べてなく、て」

 全裸の男は重たげに口を割る。

「……果物なんかが自生してないわけじゃないんだ。ただその、それをる体力が残されていないというか、久々に栄養価が高いものを食べたい……と、いうか」

(……助けるんじゃなかったああああああアアアアアッ)

 

「へえ、ほうだんに入るために、山籠もりの修業に来てるんだ。大変だねえ」 

 焼き直したノモイモをボソボソとみながら、ゼルは感心したように言った。

 アスタたちが今いる場所は、ゼルがすみにしているという二階建ての大きなの庭だ。日当たりは良好で、建物のけいねんれつも少ない。なによりはんに面しているので、水の調達が楽でいい。修業にばかり気をとられていて、今まで気づかなかったが、こんないい場所が残されていたらしい。

 庭にはテーブルやロッキングチェアまで残っており、ふたりはそこに腰かけ、食事がてらの雑談をしていた。

「おっさんのほうこそ、なにしにこんな所まで来てるんだよ?」

「おっさんって……私、一応まだ二十八なんだけど」

「老けすぎだろ。っていうか、二十八っておっさんじゃないのか?」

「……まあ、それはおいといて」

 すごくいやそうな顔をされた。意外とデリケートなのかもしれない。

「私は人を待ってるんだ。ここを待ち合わせ場所にしてね」

「こんな山奥でかよ?」

「いや、下手へたに村とかまちとかで待ち合わせするよりも楽だよ? 宿泊費もかからないし、自然の中でゆっくりできるしさ」

「いや、ぜんぜんゆっくりしてなかったよな? 死にそうな勢いで走ってなかった、さっき?」

 とは言ったものの、その考えには少し賛同できた。こうしてロッキングチェアに揺られて、キラキラと光るめんながめて、お日様の光をいっぱいに浴びていると、嫌なことが空気中にけだしていくような気分になる。

「でもほら、結果的にこうやって、ゆっくりイモをごそうになれたからさ。はは。いやあ、たまには裸で走ってみるものだねえ」

 やはり無理だ。嫌なことのげんきようが隣にあっては、森林浴効果だけではが悪すぎる。

「よし、飲食の恩は住環境で返そう。アスタ、君がこの森にいる間は、私と一緒にこの家に住んでいいよ。特別に、大きいほうのベッドを使わせてあげよう」

 あ、けっこうです。じゃあ、僕はこれで。なんて、慣れない敬語のれつのどもとまで出かかったが、先述のとおり物件だけはいいのだ。ずうずうしいおっさんがオプションとしてくっついてくることを差し引いても、非常にありがたい提案かもしれない。

「って、またノモイモたかる気じゃねーだろうな?」

「たかるほ美味おいしくな……いや、そんなつもりはないよ。単純にひとりよりもふたりのほうが家事が楽だし、さっきみたいなイレギュラーがあっても助け合えるからね」

「いや、それ恩返しとは言わないよな!? あと、すげー失礼なこと言いかけなかった!?

「まあそう言わないでよ。このごせい、単純な好意でなにかをしてあげるっていうよりも、なにかしらの利害が働いてそうしてるって言ったほうが、少しは安心できるだろ?」

「…………」

 そんなふうに言われると、そんな気がしてこないでもないが、だからこそ丸めこまれている感もいなめないわけで。

「それに、人との出会いやつながりは大事にしたほうがいい。形には残らないかもしれないけど、経験として心の中に積みあげていけるからね」

 全裸の男(今はもう服を着ているけど)にそんな人生論を言われたって、ちっとも心が動かなかったが、ともかくアスタは考えてみる。

 こんなとき、あの頭のいいおさななじみが隣にいれば『どう考えてもあやしい。もう少し相手をさぐれ』なんて言ってくるのだろうが、アスタは探りを入れるのがにがだし、人を疑うことはもっと苦手だ。助けた人が恩返し(と、少しの損得かんじよう)を理由に、自分のほつするものを提供してくれようとしている。その事実だけで十分だと思ってしまう。

 それになにより、この男はそんなに悪い人間のような気がしない。深く考えることは苦手なアスタだったが、人を見る目に自信はあった。

 首をたてに振る条件は、最初からそろっていたように思えた。

「そーだな。じゃあ、そーさせてもらうよ。よろしくな、ゼルのおっさん

「おっさ……まあ、いいけどさ。うん、こちらこそよろしく

 互いに笑顔を向け合った後、ゼルは当たり前のように、

「じゃあ、さっそくまきりの当番を決めようか。君は体力があるみたいだから、私よりも多めで大丈夫だよね?」

 ……少しだけ、自分の目にくもりを感じた。

 

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