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ブラッククローバー 暴牛の書 二章 ブラックマーケット・ブルース

原作: 田畠 裕基 小説: ジョニー 音田

「──お嬢さんの潜在的な魔力量は、すさまじいまでに多い。しかし、それをあやつるほうの技術が、魔力量の成長にまったく追いついていないように見受けられる」

〝人間の印象は会ってから数秒で決まり、その後の関係にまで大きく影響を及ぼす〟と。遠い昔、ノエルは兄であるノゼルから、そんな話をされたことがある。

 人は相手を見た瞬間、それこそ数秒のうちに相手の印象を決定し、そのときに持った印象を長く持ち続けるのだ、と。

「たとえるならそう……おけいっぱいに張った水を、ティースプーン一本で他の容器に移し替えようとしているようなものだ。普通は受け皿の成長にともなって、その中身をすほうも発達していくものだが、お嬢さんの場合は器に入っている魔力量が多すぎて、それを汲み出す技術の成長がついていかなかったようだな」

 貴族や王族が平民に対して高慢に振る舞うのは、なにも性格の悪さがにじている──往々にしてそういうこともあるような気もするのだが──わけではない。そうすることによって自分の存在を大きく見せ、あんに上下関係を示しているのだ。

「しかしやつがれら、お嬢さんのティースプーンをひしゃくに、コップに、水差しに、あるいは桶そのものにすることだって可能だ」

 それほどまでに第一印象とは重要で、だからノエルもりんとした態度を心がけるようにしてきた。それがすべてだと思っているわけではないが、自分の経験や価値観からしても、やはり相手にいだかせる印象は大事だと思っているからだ。

「僕はブローチ。名はブルース。見返りはとくに求めないが……いて言えば、そうだな」

 ─ブラツクマーケツトで購入した日の夜、魔法の訓練中に、突然しやべり始めたなぞのブローチ。

 そんなたいの知れない物体に対して、どんな第一印象を与えればいいのか、ノエルにはわからなかった。

 わからなかったが、とりあえず、こちらが抱いた第一印象は。

「少しだけ、おっぱいを見せてはくれないだろうか?」

 ……最悪だった。

 

「あら、バネッサちゃん、いらっしゃい。今日きようもいろいろヤバいのそろってるわよー」

 バネッサに闇市へと連れてきてもらった日。老婆からお金を奪いとろうとした不届き者を、アスタがやっつけたその後。ノエルはバネッサとアスタとともにお買い物を続けていた。

 目的はもちろん、自分の魔力を調整するどうを見つけるためだったが、今日のところはもういいか、なんて思い始めていた。

 というのも、魔力を調節する魔導具というのは、値段や形状の違いはあれ、機能的にはほとんど同じなのだ。あとは自分に合うか合わないか。高いものを買っても合わないこともあるし、安いものがばっちりハマることだってある。要は、自分が気に入るか気に入らないかで決めてよいとのことだった。

「こんにちはー、コード。この子が魔力を調節する魔導具探してるんだけど、なんかいいのある?」

 せんたくは広がったが、逆に広がりすぎてよくわからない。それゆえ、あと二、三店回っていいものがなければ、今日のところはあきらめようかな、なんてことをぼそりと言ったところ、この大人びた雰囲気の美女──コードという女店主がやっているお店に連れてこられた。

 彼女は各都市をまたにかけた流しの商売人らしく、魔導具を作る腕と、その人に適した魔導具を選ぶ目に関しては、他の魔導具職人より頭一つ飛びぬけているのだとか。

 なんだかうさんくさいが、それを言ってしまえば、ここの人たち全員そうなのだ。最後の一店舗のつもりで、ノエルはコードの前に進み出た。

「そーねえ……その子なら、これとかこれなんかおすすめかしら」

 彼女はノエルのことをじっと見てから、ディスプレイされたあやしげなアクセサリーや雑貨の中から、ふたつのものをつまみあげた。

 片方は三十センチくらいの小ぶりなつえだ。グリップの上下にったデザインのちようきんほどこされていて、全体的なフォルムもシャープでかっこいい。なかなか趣味の良いいつぴんだ。

 そしてもう片方は、

「………

 紫水晶アメジストかなにかを材質としたブローチだった。おそらくは猫をかたどっているのだろうが、その完成度は高くない……というか、残念だ。目は○の中に-をきざんだだけのようなディティールだし、鼻や口も『適当に線を彫っておけば、なんかそれっぽく見えるでしょ?』とでも言いたげな安い造り。材料費と人件費の割合が九対一くらいの品だった。

 しかし、それだけに、

(……カワイイ

 それはおそらく、ノエル独特の感性によるものだろうが、さいな造形が、理由もなくなんかイラッとする目が、非常に可愛かわい。愛とぞうのバランスがちょうどなのだ。にくたらしくて可愛いもの。子どもの落書きが小物として商品化されたようなそれは、ノエルの感性にぴったりとハマりこんできた。

「ああ、そっちのブローチなら安くしとくわよ。中古だし、それにけっこう劣化もしちゃってるしね」

 思っていたことが視線に出てしまったらしく、店主はそんな情報をつけ加えてくる。参考程度に聞いてみると、確かにブローチはノエルのお給料で買えるほどだったが、杖のほうは少し所持金をオーバーするものだった。とはいえノエルだって王族の端くれだ。家を出た身とはいえ、せいに頼めば、これくらいの額ならめんしてくれるだろう。

 兄であるノゼルとソリド、姉であるネブラに、いやな顔をされながら、だが。

「……こっちのブローチ、いただくわ」

 彼らの顔を思い浮かべたノエルは、なかば無意識にそう言っていた。べつに即決する必要もなかったのだが、もうけっこうな時間だし、ふたりをつき合わせるのも忍びない。

「おーい、見ろよふたりとも、この人形 このボタン押すと、舌打ちするんだぜっ

 というかこれ以上ここにいると、どこかのおのぼりさんがむだに散財してしまいそうだし。

「毎度ありー。ふへへ、自分で言うのもなんだけど、いい買い物したと思うわよ。ブサイクなくせして仕事してくれるから、こいつ」

 ぎわよくブローチを袋詰めにしながら、コードはげんよさげに言う。

「使い方は、こいつを普通にブローチとしてつけて、いつもどおりに魔法を発動するだけ。あとは感覚で操作のしかたがわかってくると思うんだ」

 えらくざっくりした説明だったが、他のお店でも似たり寄ったりだったため、とくにクレームはつけずにお金を渡し、紙袋を受けとった。

「……あ、でも。うーん、どうかしら。お嬢ちゃん可愛いから、よけいなこと教えるかも」

 ぶかかぶったとんがり帽子の下で、コードがにがむしみつぶしたみたいな顔になるのがわかった。

「……ま、なんか変なこと言いだしても、無視していいから」

「……変なこと?」

 謎のようにつけされた一言に首をかしげたが、

「なあ、この人形五千ユールだって オレちょっと買ってくるわ

「あ、ちょっと坊や。ちゃんと考えて買いなさいよね。どういう状況で使うつもりなのよ、それ!?

 どこかのお上りさんことアスタが、ニコニコしながら謎の人形をにぎりしめて走り去り、それをバネッサが追っていってしまったものだから、それに従う形になってしまった。

 ……変なことを言ってくる。なにかのだろうか? それにしたって、もっと直接的な言い方がありそうなものだが。

 なんてことは思ったものの、生まれて初めて買った魔導具に、ノエルは期待していた。

 バネッサ指導のもと、に魔力の訓練をしているのだが、そのしんちよく具合はどうにもかんばしくない。バネッサの教え方うんぬんではなく、ノエル自身の感覚が他と違いすぎているのだ。

 魔導具によってその違いをきようせいすれば、まともに魔法が使えるようになるかもしれない。みんなの役に立てるかもしれない。

 アスタにだって、もっとめてもらえるかもしれない。

 ……最後のひとつはともかく。

 その日の夜、いつものようにアジトを抜け出し、少し離れた場所までやってきて、ブローチを装着。すいきゆうを撃つ訓練を始めた。

 最初のほうはいつもどおり、水球はあさっての方向へと飛んでいったが、十発目を超えたあたりで、だんだんと意思に沿うようなだんどうを描き始めた。そして三十発目を数えたあたりで、とうとうまっすぐに飛んでいった、その直後──。

 

したちちでも可」

「…………」

 ぼうとうの発言に続いて、そのブローチは、みごとに変なことを言ってくるのだった。

「なんだ、そんな顔をして。喋るブローチがそんなに珍しいかね?」

 というかブローチにそんな機能を求めて買う人はいない。

「記録として残っているかどうかはしれないが、意志のある魔導具は歴史上でもさんけんされるぞ。まあ、絶対数が少ないことは認めるがね。だから安心しておっぱいを見せてくれていい」

 そして、なぜこんな変態的な発言を堂々と言えるのか。

 そんな文句やらツッコミやらが頭の中をぐるぐる回ったが、それがうまく舌の上に乗らない。あまりに理解のわくを超えた出来事に、心身の反応がついていかないのだ。

「今日はまあまあだったな」

「そっすね 途中でヤミさんが来てくれたおかげで、まあまあの負けですみました

「ああ。オレも今日は、魔導書グリモワールとか仕事の依頼をけずにすんだわ」

!!

 ボーッとしていると、すぐ近くで『くろぼうぎゆう団長・ヤミと、団員のマグナの声がしたものだから、本当に心臓が飛び出るかと思った。身をひそめてそちらのほうを見ると、ふたりが談笑しながら歩いている姿が夜目にうつる。どうやら、かどこかからの帰り道のようだ。

「ん? なあ、今あっちのしげみで、なにか動く気配しなかったか?」 

「ホントっすか? オレ、ちょっと見てきます

「………っ

 そんなやりとりの後、マグナがこっちに向かってきたので、いちもくさんに逃げてしまった。秘密の特訓がバレるのは恥ずかしかったし、それ以上に、この謎の無機物をどう説明すればいいのかわからなかったからだ。

 後になって思えば、このとき彼らに相談していれば、少なくとも自分ひとりで考える以上の答えは返ってきたように思うのだが……。

 ともかく、大幅に遠回りをしてアジトの自室に戻ったノエルは、改めてブローチを観察してみた。どんな角度から見たって、ブローチで、装飾品で、無機物だ。喋りだすような機能がついているようには思えない。やはりさっきのは、幻聴かなにか……。

「提案なのだが、僕の定位置は、お嬢さんの寝顔がよく見える所にするというのは……」

「いやあああアアアアァァァッ

 部屋の角めがけてブローチを全力投球した。

「なるほど。いきなり部屋に連れこむことしかり、なかなか大胆なお嬢さんのようだな。しかしいきなり投げるのはやめてほしい。それはブローチがされて嫌なことワースト5だ」

「なんなのよ、アナタ!?

 それまでの混乱をぶちまけるようにして言うと、床にころがったブローチはきわめて冷静に、

「だから、ブローチのブルースだと言っているだろう。魔法によってさまざまな性能が付与された道具のことを、総称して魔導具というのだ。なかには喋るという機能がずいした魔導具があったって、おかしくはないだろう。魔力生命体、とでも考えてもらえればいい」

 恐ろしくごういんに押しきられたような気がしたが、現物を目の前にしてそんな理論を展開されると、納得する以外の選択肢をぎとられてしまうわけで。

「それに、僕が何者か、ということよりも、僕が君のためになにができるか、ということのほうが、お嬢さんにとっては重要な事項なのではないかね?」

「………

 さっきと同じ調子でり返さなかったのは、彼のその発言に対して心当たりがあったからだ。すなわち……。

「……さっきの魔法、まっすぐに撃てたのって、アナタの力なの?」

「いかにも」

 ドヤ、とばかりにチープな目が光る。もう、可愛いとは感じなくなっていた。

「先述のとおりお嬢さんは、内在するばくだいな魔力量に対して、それを操作しようとする技術があまりにせつだ。それでは本当に、桶いっぱいの水をティースプーン一本でせっせと汲み出しているようなもの。それでは小規模なことしかできないのは当たり前だ」

 これにも言い返さない。というか言い返せなかった。だって、そのとおりだったから……。

「にもかかわらず無理やり、中、大規模なことをしようとするから、水がねたり、こぼれたり、あふれたりして、おかしなことになるのだ。このまま無理な訓練を続ければ、桶そのものがひっくり返る──つまり、魔力が暴走することだって考えられる。お嬢さんの持っている魔力からして、そんなことになったら大変な不利益をこうむることになるだろう」

 ええ。あのときは本当に大変でした。死にかけました。

「要はさじ加減なのだ。必要な量の魔力を的確に汲みあげる器。お嬢さんはその器となるものがティースプーンのように小さい。しかし訓練して、ひしゃくを、コップを、水桶をと、だんだんとそれを大きくしていって、魔法によって使い分けられるようになれば、飛躍的に魔力の操作性能が向上するだろう」

 ごくり、となまつばを飲みこむ。同時に、ブローチと普通に会話をしてしまっている自分に少し驚いたが、そんなことなんてどうでもいいくらい、彼の次の言葉に期待してしまった。

「僕なら、その手助けをすることが可能だ」

「………

 ノエルにはたくさんの魔力がある。しかしそこから必要な量だけを取り出すことがにがだ。だから、必要に応じた魔力を的確に汲みあげる器さえ身につければ、したことができるようになる──この変態ブローチ・ブルースの言い分は、乱暴にいえばそういうことだろう。

 正直、独特な見解であるとは思う。というか、考えていたことと真逆といってもいい。ぼうだいな魔力をどうおさえるか、ということを中心に考えていたのに、汲み出す器をどのようにして大きくしていくか、ということを考えたほうがいいと言われているのだ。見当違いとまではいかずとも、すんなりと飲みこめるほど納得のいく話でもない。

 しかし理論はともかく、彼(?)をつけて水球を放ったらまっすぐに飛んでいった、という実証はあるのだ。

 しかも、たった三十発程度をっただけで、それを可能にした、と。

「……本当に」

 ノエルは胸に、熱いなにかがたぎっていくのを感じていた。

「本当にそんなこと……できるの?」

「お嬢さんにその気があれば、の話だがな。簡単に流れだけを説明したが、そんなになまやさしい道のりにはならないだろう。何度もせつと敗北感を味わうことにもなる。それらすべてを乗り超えてまで力をほつする覚悟が、君にはあるのかね?」

「あるわ」

 即答するのと同時、今までの出来事が頭のなかをめぐっていった。

 敗北感や挫折感なんて、生まれてから何度も味わってきた。何度もくじけそうになった。しかしそれでもへこたれず、両親や親戚、そして兄や姉を見返すために、必死で訓練にはげんできた。今でもそれは変わりないが、最近になってもうひとつ、努力を実らせなければならない理由ができた。

 ノエルには、居場所ができた。

 魔力の操作もろくにできないノエルを、そのせいで生家から見放されたノエルを、それでも温かく迎えてくれる人たちが、できた。

 その恩義にむくいたい。その人たちの役に立ちたい。その人たちの一員でありたい。

 だからノエルは、もっと強くなりたい。

 そのための扉が、今まさに目の前で開こうとしているのだ。そこに飛びこむ覚悟なんて、最初からできているに決まっていた。

 ノエルの思いをどこまでみとったかはしれないが、ブルースはてきに目を輝かせて、

「……そうか。なるほど、良いふとももだ」

 覚悟もろもろを台なしにされた気分だ。

「そして努力をおこたらない者独特の、良い目だ。そんな目をする者が持ち主になったとき、僕はその者に対して語りかけるようにしている」

 そう言うブルースの声には、先ほどノエルの覚悟を聞いたときのようなきびしさもなければ、いやらしいことを言っているときのふざけた感じもない、親族に向けるような、温かみを含んだなにかがあった。

「いろいろおどしもしたが、君ほどの魔力を持った者なら、きっと大きなことをせるはずだ。僕にできる範囲内であれば、全力でその手伝いをさせてもらおう」

「……ええ」

 握手こそできなかったものの、ノエルはブルースをひろいあげ、胸に装着した。

 第一印象こそ最悪だったが、こうして言葉を交わしあった今となっては、そんなに悪いやつではないように思えた。正体や目的はいまいち不明確だったが、ある程度の信頼は寄せてもいいのかもしれない。

「それでは最初の訓練だ。まずは僕をふとももの間にはさんでもらおうか。話はそれからだ」

 その日はブルースをベランダの冷たい所に置き、お風呂に入ってからとこいた。今日はいろいろあって疲れているはずなのに、なかなか寝つけなかった。

 魔法が自在に操れる。そんな自分の姿を想像すると、眠気がどこかにいってしまうのだ。

 というか、今日の特訓の時点で水球の操作はうまくいきそうになったのだ。最後の一回だけではあるが、まっすぐにまととらえることができた。明日一日訓練に励めば、ものになるのではないか……。

 そんな妄想をふくらませつつ、ノエルが眠りについたのは、結局深夜になってからだった。

 

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