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BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU 第3回

原作:久保帯人 小説:松原真琴
見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の侵攻から3年。多くの命が失われ、戦いの傷跡は未だ癒えずにいる。生き残った者たちはようやく復興の道を歩み始めようとしていた。 そんなある日、朽木ルキアと阿散井恋次は、籍を入れることを皆に告げた……。本編で描かれなかった、戦いの果てから生まれる新しい絆を巡る物語――。

2

 中央一番区・しんおう図書館。

 ななは、久々の休日を読書にてていた。

 再築されて間もない図書館にはかよれた元の建物のおもかげがなく、少し落ち着かない。それでも、一冊また一冊と紙のにおいに包まれページをめくっているうちに、内容以外のことは気にならなくなった。

 あらたな一冊を手に取る。何度も読み返しているお気に入りの本だった。表紙をめくると、そこに八番図書館所蔵の書籍であることを示す印が押されていた。

(この本、私がおういんしたものだわ……)

 所蔵印の隣に【伊勢七緒】と担当者名が記入されている。まだ幼さの残る、つたない文字だった。

 てい十三隊各隊の居住区画には、それぞれにいつとうずつ中規模の図書館が建っている。大戦による被害状況は大小様々だったが、生活に必須の場所から復興が進んでいたため、どの図書館も破損部分を放置したまま休館していた。復興箇所の視察に出た際、七緒はその状況に心を痛め、真央図書館だけでも優先的に復興できないか、と総隊長であるきようらくしゆんすいに訴え出たのだった。

 工事はすぐに始まり、戦災を乗り越えた本が各図書館から集められ、まあたらしいしよに収められた。

(焼けなかったのね……よかった)

 幼くして八番隊に所属した七緒は、入隊後すぐに八番図書館の蔵書整理をまかされた。

 その頃副隊長をつとめていたどうまるリサは無類の読書好きで、『図書館に所蔵するため』というたてまえで隊費を使い本をあさっていた。読み終えた本を適当に箱詰めしては蔵書保管室に放りこんでいく副隊長のせいで、八番図書館の保管庫は無秩序もいいところだった。

 

 今年真央れいじゆついんを卒業する学院生に真央図書館の名誉会員────年間の貸出冊数が一千冊を超えた者に贈られる称号────がいるらしい、とのうわさを聞きつけたリサは、きどうしゆうへ配属希望を出している伊勢七緒は八番隊に迎えるべき人材である、と京楽に進言した。京楽は一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐにみをたたえて、『ボクら気が合うねぇ』と今まさに記入していた七緒の入隊に関する手続書類をリサにかかげてみせたのだった。

 その偶然について、リサはそれほど疑問を持たなかった。八番図書館のさんじようは当然京楽もあくしていたし、七緒がその改善に適した人材であることは誰の目にも明らかだ。リサが聞いたのと同じ〝名誉会員の噂〟が耳に入れば、京楽が七緒獲得に動くのは自然な流れだと思えた。

 ────そこにしんけんはつきようけんにまつわる彼のおもわくがあったことなど、当時のリサには知るよしもない。

 くして七緒は八番隊に配属され、秩序を失った八番図書館へと送りこまれたのだった。

なつかしいな……)

 積み上げられた箱から本を取り出し、ざっと内容を検分して所蔵印を押す。本の情報を図書館の端末に打ちこみ、分類法に従ってはいする。本好きの七緒にとっては、とても楽しい仕事だった。時折新たな蔵書をたずさえ保管室へやってくるリサとも親しくなり、毎月一日には終業後しつ室に互いのおすすめの本を持ち寄って、二人だけの読書会を開いていた。

 リサがあいぜんすけによるホロウ実験のせいとなったあの夜も、七緒は本を抱いて隊舎を訪ねたが────その日以降、読書会が開かれることはなかった。

『……この本、リサちゃんの机にあったんだ。読書会のために準備したものだろうから、キミに』

 リサのしつそうから数日後、七緒を訪ねて図書館へやってきた京楽から渡された、一冊の本。それは、せきかんのみにえつらんを許された高等鬼道の教本だった。こっそり読むんだよ、と小声でささやき去っていく京楽の背中を、七緒は今でも鮮明に覚えている。

「あれがなかったら、副官になんてなれなかったでしょうね……」

 ざんじゆつの才がとぼしいことを悩んでいた自分のために、リサが示してくれた道。元来鬼道にはけていた七緒だったが、これを切っ掛けにざんけんそうをバランスよく身につけるという考えを捨て、誰よりもすぐれた鬼道の使い手となるべく、教本を頼りに腕をみがき続けた。

 ぼろぼろになった鬼道の教本は今でも七緒の宝であり、支えだった。

「こんにちは、七緒さん」

 小さな声で名前を呼ばれ、思い出の中から引き戻される。振り向くと、ひなもりももがほほんでいた。

「非番ですか?」

 たずねつつ、七緒の対面に座る。

「ええ、そうなの。雛森さんは……まだ執務時間中よね?」

 近くの柱にかけられた時計を見る。終業時刻までまだ二時間ほど残っていた。

ひら隊長の命令で、今日はもう上がれ、って。年頃の娘が仕事ばっかりするもんやない! ほどほどにサボったらええねや! っていつも叱られてます」

「あら、お優しい」

「そう言う七緒さんだって、非番の日に仕事をしようとするとどこからか総隊長が現れて怒られる、って困ってたじゃないですか。平子隊長も総隊長も、あたしたちを休ませようとしすぎだって思いません?」

「本当にそうよね! こうやってゆっくり読書できるのはうれしいけれど、この時間を仕事に充てられたら、って少し後ろめたく思う気持ちもわかってもらいたいものだわ……」

「まったくです!」

 上官の気づかいに、二人はそろってため息をついた。

「あんたら仕事好きすぎへん?」

 背の高い書架のかげから、ひょいと矢胴丸リサが顔を出した。

「リサさん! ……あっ」

 声が大きかった、と雛森が口を押さえる。リサは、「安心しやあ。今あたしらしかおらんで」とあわてる雛森を落ち着かせ、七緒の隣に座った。

「……今でも好きなんやね、読書」

 机に積まれた本に目をやり、ぽつりと言う。七緒はハッとしてその横顔を見つめた。表情の乏しい人だが、そのひとみには懐かしさがにじんでいる。

 これまでの思いががってきて、七緒はぎゅっと胸を押さえた。

「矢胴丸さん……! 私…ずっとあなたにお礼を……!」

「そんなんいらん。……ほれ見い、七緒が急に盛り上がるもんで、雛森がびっくりしとるやん」

「えっ!? いやいやあたしのことはおかまいなく……! すみっこのほうで本でも読んでくるので……」

 雛森は眼前で両手を振り、いそいそと立ち上がる。

「雛森、座っとれ」

「はいぃ……!」

 るようなリサの視線に逆らえず、雛森は即座に着席した。ばつが悪そうな七緒とプルプル震える雛森を見て、リサは小さくため息をついた。

「……七緒があたしに何を感謝しとるんか知らんけど、あたしがあんたにしたったことなんて、あんたの人生にとってはほんのさいなこと……ただの切っ掛けにすぎへん。あんたが副隊長になったんは、あんた自身ががんばったからやろ? だから、あたしに礼なんていらんの。わかった?」

「矢胴丸さん……」

「返事は!」

「は、はいっ!」

 七緒はこのやり取りに、泣きたくなるような懐かしさを感じていた。

(ああ、そうだ……矢胴丸副隊長は、感謝されるのがにがだったっけ……)

 七緒がしやを述べると、いつも居心地悪そうな顔をしてけんにしわを寄せていた。尊敬する副隊長の気分を害さないようにと、感謝を伝えたい時は言葉にせず、ただ頭を下げていたことを思い出す。

 七緒はリサをぐに見て、静かに一礼する。顔を上げると、ようやく思い出したか、と言いたげなひとみでリサが自分を見つめていた。

「ふっ……ううぅ……ひっう……!」

 対面かられてきた声に二人が顔を向けると、雛森がボロボロと涙を流していた。

「えっ!? 雛森さんどうしたの!?」

 七緒はあわてて雛森に駆け寄り、ハンカチを渡して背中をさする。

「ごめっ…なさい……! なんか…時間の重みをっ…感じちゃって……二人に…色々あったんだな……って思ったら…あたし……っ!」

「感情移入が激しすぎへん……?」

 あきれるリサの前で、七緒が雛森をなぐさめ続けている。

『やはり……斬術が苦手では、護廷隊士失格でしょうか……?』

 今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙をめて自分を見上げていた、幼い瞳を思い出す。

 あの夜、七緒のために用意していた鬼道の教本は、ちゃんと彼女の手に渡ったらしい。

(あの小さかった伊勢七緒が、今や一番隊の副隊長か……)

 一〇〇年の時の流れとはこういうことか、とリサはじちよう気味に笑った。

 

 雛森がむのを待って、リサは二人の前に今年度版の全席官名簿を広げた。

「ちょっと二人に協力してほしいんやわ」

 名簿には、各隊ごとに隊長から第二十席までの顔写真と名前がせられている。

「あの……リサさん、これは……?」

「あたしが八番隊の隊長になってからもうすぐ半年になるんやけど、副官を指名しろってずーっと言われとるんやわ」

 京楽と七緒が一番隊へ移って以降、八番隊の隊長・副隊長業務は七緒が代行していた。半年前にようやくリサが新隊長にしゆうにんし、めでたく隊長業務はがれたのだが、リサが副隊長業務の代行をがんとしてこばんだため、今もその分は一番隊の七緒が代行している。

「私も早く代行から解放していただけると助かります……」

 一番隊には、七緒の他にもう一人、おききばげんろうという優秀な副官がいるため、八番隊の業務を代行することは不可能ではないのだが、その分の時間を他に回せたら……と思うのも無理はなかった。復興が急がれる今、時間はいくらあってもりないのだ。

「総隊長に、あんたんとこ副官二人おるんやから七緒ちょうだいって言ったら、『絶対ダメ!』やと」

 七緒はほおがかぁっと熱くなるのを感じ、平静を取り戻そうと一つせきばらいした。

「そもそも、八番隊の副隊長には四番隊第三席のむらさんを置くはずだったんです。そのつもりで、伊江村さんの籍はすでに四番隊から抜いてありましたし」

 その際、伊江村が抜けた第三席には、同隊第七席のやまはなろうが昇進したのだった。

「でも、大戦後に七番隊隊長に就任されたさんが、伊江村はうちで引き取りたい、とおっしゃって……それで、八番隊の副官候補者は白紙になってしまったんですよね……」

 各隊の隊長には、副官から第九席までを指名する権利が与えられており、それは中央四十六室から下される任官指名令にまさる効力を持つ。伊江村の八番隊移籍は四十六室の裁定だったため、射場てつもんの指名権が優先されたのだった。

コンねらっとったのにマユリに取られてまったし、三席のこいつ……えんじようじげるのもなぁ」

 リサは左手の指先で三つ編みの先端をくるくるともてあそびつつ、右手で名簿の円乗寺をした。着任して半年つのにいまだ名前を覚えていないあたり、第三席・円乗寺たつふさへの興味の無さがうがかえる。

「円乗寺三席、ダメなんですか?」

 雛森に問われ、リサは、「だめやね」と首を横に振った。

「よう見てみやあ、こいつ顔が雑魚ざこっぽいやろ? 副隊長って顔してないやん」

「あは…ははは……」

 あんまりなざまに、七緒と雛森はもう笑うしかない。

「で、二人に聞きたいんやわ。この際席次は低くてもかまわへんから、あたしがサボりまくれるような、仕事ができてうるさいこと言わへん子、おらん?」

 リサが全席官名簿をトントンと指でたたいて言う。「サボるのは程々にしてくださいね……」と前置きした上で、雛森は四番隊第三席の山田花太郎を指した。

「花太郎くんはどうでしょう? 働き者だし、気は弱いけどとっても才能のある子ですよ!」

「四番隊で山田って……せいすけの関係者か?」

 雛森は聞き慣れない名に、「清之介……さん?」と首をかしげた。

「とても懐かしいお名前ですね……山田清之介副隊長。確か、花太郎さんのお兄様じゃなかったかしら……?」

「えっ!? 花太郎くんのお兄さんって、副隊長さんだったんですか!?」

 驚く雛森に、七緒は、ええ、とうなずいてみせる。

「矢胴丸さんが八番隊の副隊長をしていらっしゃった時、四番隊の副隊長位にいていた方です。てついささんが副隊長に昇進した際、入れ替わる形で引退されましたね」

「ふぅん……清之介の弟なら能力は確かなんやろうけど……」

 リサは名簿の写真をまじまじと見つめた。口を半開きにしたはちまゆの青年が、ぎこちない笑顔で写真に収まっている。

「ちょっとかれたら死にそうな顔しとるし、この子も副隊長って感じやないなぁ……」

「やはり顔ですか……」

 七緒が苦笑すると、雛森も名簿を見つめて、うーむと頭をひねった。

「このあやがわゆみちかってどんな子? ナルシストっぽいけど仕事はできそう」

 リサは十一番隊の第三席を指す。問われた二人が目を合わせ、同時に小さくため息をついた。

「弓親さんは、確かにとっても優秀な方なんですけど……」

「彼はこれまでも他隊への異動を拒否しているので、おそらくはことわられるかと……」

 二人の返答を聞き、はぁ、とリサがほおづえをつく。

「にしても、さすがに知らん子ばっかりやなぁ……」

 全席官の顔写真を見渡すと、もはや自分のほうがしんざんものなのだと思い知らされる。

「一〇〇年以上在籍されている方となると、それなりの席次に就かれていたと思うんですが……大戦後、かなりの数の席官が入れ替わってしまいましたからね……」

 上位の席官ほど前線に出て戦った。結果その多くが命を落としたが、彼らの背中はのこされた者たちに、席位を得ることの責任と矜持きようじを痛烈に焼きつけたのだった。そのせいか、新たに選出された席官たちの瞳には、強い覚悟が宿っている。

「はぁーあ、七緒が一番隊の仕事に慣れたら、沖牙さんうちにもらえんかなー」

 リサはに背をあずけ、組んだ足をぶらぶらさせつつ言った。

「どうでしょうね……? 沖牙さんは沖牙さんで、一番隊になくてはならない方ですから……月例のお茶会も、今は沖牙さんが主催してらっしゃいますし」

 生前、やまもと元柳斎げんりゆうさいしげくには、月に一度隊士を集め、みずかてたまつちやをふるまっていた。彼の死後、園庭に面した茶室が破壊されたこともあり茶会は休止されていたが、隊舎及び茶室の再築に合わせて、沖牙の手により再開されたのだった。

「一番隊のお茶会再開したんですね! 知らなかったなぁ……!」

 雛森は副隊長に就任した際、一度だけ、藍染にずいはんし月例茶会に参加したことがある。総隊長を前にひたすらに緊張していて抹茶の味はまったく思い出せないが、そんな自分を目を細めて見ていた元柳斎の姿だけは、よく覚えている。

「沖牙さんが、まだ他隊の方に振る舞えるような腕ではないから周知するのは待ってほしい、とおっしゃって。……それにね、今私、紅茶の勉強をしているの。お茶会で、抹茶だけじゃなく紅茶もお出しできたらいいな、と思って」

「そうか、雀部ささきべさんの……」

 リサがぽつりとつぶやく。七緒はさびしげに笑って、うなずいた。

「終業後に雀部副隊長が遺してくださった資料を読んでいるのですが、知れば知るほど紅茶の世界は奥が深くて……あの方が熱中されていたのもうなずけます」

 先の大戦でくなった一番隊副隊長・雀部ちようじろうただおきは、英国へのあこがれから紅茶に傾倒していた。リーフの栽培こそ思うようにはいかなかったが、紅茶に対するぞうけい尸魂ソウル・ソサエテイの誰よりも深く、彼が独自にブレンドした紅茶は洋を嫌う元柳斎が『うまし』と認めるほど絶品であった。

「後進にこんだけしてもろたら、ジイさんも雀部サンも浮かばれるわな~」

 先程リサがひそんでいた書架の陰から、今度は平子しんがゆらりと姿を現した。

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