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ガールズロボティクス

ガールズロボティクス

著: 白木秋
イラスト: なこまり

プロローグ

 深呼吸してまぶたを開くと、そこにいたのは長い黒髪の少女だった。

 少なくとも僕の目はそれが少女であると、そう認識した。

 胸元に桜の花を模した校章のししゆうがあしらわれたブラウスに長いスカート。新品おろしたての制服を着た、初々しさの残る少女。目元がやや鋭い感じがするけど、それを凜々しいととるか、目つきが悪いととるかは、意見が分かれそうだ。

 こちらと目が合うと、その少女は驚きと戸惑いの入り混じった不細工な笑みを浮かべていた。

 そりゃあそんな顔にもなるよな……。

 人間の子供が鏡のなかの自分を見て、そこにいるのが自分であると認識できるようになるのは二歳前後らしい。そうなる前の赤ん坊もこんな心境なのだろうか。

 他人に思えない他人がいて、自分に思えない自分がいる。

 いま自分はたしかに姿見の前に立っているのに、そこに映った人物に馴染みがなくて、奇妙な感覚にとらわれて戸惑っている。

 肯定と否定が交互に積み重なって、思考が堂々巡りになるような感覚。

 一度冷静になるために鏡から視線を逸らすと、無造作に床に放置されたファッション誌のあおり文句が偶然目に入った。『夏はもうすぐ 服を変えれば世界が変わる』。

 だからって、これは変わりすぎだろう……。

「なかなか似合ってるじゃないの。阿呆にも衣装ってね」

 スタイリストを務めた僕の恩師がさらりと毒を吐いた。言い返す気にもなれなくて無視していると、

「なに自分にれてんだこの変態が」

 背後からスカートをたくげられた。下にスパッツを穿いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「脚の毛の処理もできてるみたいね。今日から毎日全身のケアを欠かしちゃダメよ。この季節は日焼けや体臭にも気を配ること。体中のムダ毛というムダ毛を敵と思って根こそぎ刈り取りなさい。女はまず見た目、次に笑顔と愛嬌、最後に優しさよ

「それより、いいかげんスカートん中凝視するのやめてもらえます? 変態はどっちだよ。小学生男子かあんた」

「荒っぽい言葉遣いも禁止 どうせ恥ずかしがるならもっと羞恥心を持ってきむすめらしく振舞いなさい わかった?」

「うっす」

 ぺしっと、頭を撫でるように小突かれた。

「わかってないじゃないの 淑女はそんな返事しない

 この恰好をするにあたって、眉毛とまつの整え方、スカートのはき方、シリコンパッドの装着の仕方など、いろいろなことをこの人にレクチャーされた。いままで知りもしなかった女性の身だしなみの作法を教わって、こんな人でも一応女の端くれなのだなと再認識させられた。

「人の頭を軽々しく引っぱたくのはいいのかよ」

 抗議の言葉をつぶやきながら、いまの衝撃でズレたカツラの位置を修正。この程度のことでもズレるのか、どっかに引っかけたりしないように注意しないと、意外と簡単に脱げてしまいそうだな。

「この恰好をしてる間は、あんたは世の中の嫉妬と羨望と性欲の的、華JKのよ。ほら、シケた顔しない。背筋を伸ばして胸張ってアゴ引いてニッコリ笑顔張りつけて。さぁ、行ってきなさい

 バンッと背中を叩かれて、体に熱がこもる。

 そうだ、今日から新しい自分に生まれ変わらなければならないのだ。

 もう一度深呼吸をして、改めて鏡に向き直る。鏡の中の自分はさっきよりはマシな顔になっていた。

 七月某日。

 期間限定。

 女子高生始めました。

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