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ハイキュー!! ショーセツバン!! Ⅷ

ハイキュー!! ショーセツバン!! Ⅷ

春高バレー本番に向け、年末年始も練習&合宿に励む出場校のメンバーたち。そんな中、クリスマス、大晦日、初詣など、高校生にとって大事なイベントが盛りだくさんで…!? 春高前に、日向たちが見せた意外な素顔とは!! 恒例のリバーシブルカバー付き!!

 まぶたが小さく震え、やがてゆっくりと目が開く。そのままとんのなかで数秒ぼんやりと天井をながめ、しかし起きずに再び目をじる。しばらくするとまた目をけ、ぼうっとして、閉じる。開ける、閉じる、開ける、閉じる、開ける、閉じる——の単純動作を数回繰り返すあいだにも、ベッドにけられた棚ではまし時計がじりじりと鳴り続けている。が、かげやまとびは起きない。

 ダンベルやハンドグリップ、バレーボールがぞうころがった部屋はまだ薄暗かったが、カーテンのすきから差しこむ朝の光はだいに寝顔にかかっていく。まぶしいのかけんにあらわれたしわがどんどん深くなり、寝苦しそうに何度も寝返りを打つにいたって、影山は布団から長い腕を伸ばした。

「……うるさい」

 乱暴に目覚ましのアラームを止め、かたうでを伸ばした不自然な姿勢のまましばし固まっていたが、そのあとは意外にも布団の温かみに屈することなく身体からだを起こす。ポキッと小さくどこかの骨が鳴ったのは、大きく伸びをしたせいだ。影山はのっそりとベッドから出ると、冬の冷えきった部屋のなかではらを押さえた。

「メシ……」

 低くうめき、寝巻き代わりのスエット姿のままカーテンも開けずに部屋を出ていく。その影山の後頭部に、ぴょこんと派手な寝ぐせが見えた。

 リビングは暖かくて再び眠気が戻ってきたが、テレビにうつっていた天気予報を見るともなく見ているうちに食事が出されたので食べる。今日きようの朝食はぞうだ。ホカホカとを立て、えられたイクラの赤いいろどりもあざやかだったが、影山の表情は変わらない。内心「もち」と思うだけだ。いやなわけでもうれしいわけでもなく、ただ「餅だ」と思う。そして出された雑煮を「餅」「伸びる」「熱い」などと思いながらあっという間に食べ終え、いで出てきたお茶を流れ作業のようにすする。家族と「うん」「いや」などとひとことふたこと言葉をわしてから、歯磨き、洗顔を終えて、二階の自室へ向かう。

「ふあ……ぁ」

 大きくあくびをして階段を上る影山は、まだ半分眠っているような状態ながら、なにか軽い違和感を覚えていた。

 さっきから、ちょっと変だ。

「………?」

 身体の不調、ではない。なんだろうかと思いながら部屋に戻り、カーテンを開けて少し考える。

 窓の外には雲ひとつない青空が広がっていた、快晴だ。雪が降りそうだとか風が強いだとか、湿度が高い、気圧が低い、というようなことでもない。

 影山は首をかしげ、ちょっと頭に手をやって寝ぐせに気づき「これか?」と思う。違うような気もしたが、ほかに思い当たるふしもないのでこの寝ぐせのせいだということにする。そのくせ寝ぐせを直しもせずトレーニングウェアに着替えると、リビングの家族に「走ってくる」とだけ告げて家を出た。部活が休みのため、自主トレのランニングに出るのだ。

 早朝の空気はピンと冷たく、肌を刺してくる。寒い。ぼんやりとしていた頭が目覚めるようだ。舗道のわきには数日前に降った雪が小さく固まって残っており、影山はその雪を理由もなくむ。ザクッとした感触を足に感じると一瞬満足そうな顔をしたが、すぐねんりにストレッチをするといつもの道をけだした。

 白い息を吐き、一定のリズムで走る影山の脇を郵便配達のバイクが追い抜いていく。少しムッとした影山だったが、しかしバイクのほうは一軒ずつまって配達しているため、影山もすぐに追いつき、抜き返す。こうして何度かバイクと抜きつ抜かれつを繰り返しているうち、影山はあちらこちらの門にしめ飾りやかどまつが飾られていることに気づいた。

「あ」

 影山はようやく違和感の正体を知った。

「正月か」

 そう、今日は1月1日、日曜日。まごうことなく正月だった。

 影山といえども、今日が1月1日であることに気づいていなかったわけではない。「1月1日は部活が休み」という認識はあった。だからこそこうして走っているのだ。

 ただ1月1日をただの日付としてしか見ておらず、『新しい一年が始まるおめでたい日』としてとらえていなかっただけだ。

「……ふむ」

 気づいてみれば、今日は朝から雑煮だったし、もしかしたら部屋のどこかに鏡餅くらいは置いてあったかもしれない。家族に「ものかずもいる?」とかれたような気もするし、テーブルに年賀状があったような、なかったような気もする。思い出そうとしても、影山の頭にはぼやぼやっとした印象派ふうの風景しか浮かんでこなかったが。

 しかし、ただただ、空腹と寝起きで頭が働いておらず、うっかり気がつかなかったというだけでもない。影山は足を止めずに走りながら思った。

 年が変わったら、昨日きのうまでとなにがどう変わるんだろう。

 昔は正月にみんないつせいにひとつとしをとったというけど、今はそんなこともない。1月より、4月のほうが学校やクラスが変わって新しい年って感じがするが、正月みたいに餅をついて祝ったりもしない。その餅だってべつに正月にかぎらず年中食えばいいじゃないか。だめなのか? 米やうどんやそばとどう違うんだ。同じたんすいぶつじゃないのか?

「……わからん」

 影山の眉間に皺が寄る。

 まあ、餅は1月ということにしておく。わざわざ夏に食いたいものでもない。じゃあ2月の食べ物はなんだ。2月……豆まきか、豆でいいのか。豆で腹がふくれるのか。いや、せつぶんほうきか。恵方巻き? 待て、恵方巻きっていったいなんなんだ?

 頭のなかで恵方巻きがぐるぐると回りだして、そもそもなんでそんなことを考えていたのかもわからなくなり、影山は考えるのをやめた。恵方巻きも餅も、そんなことは今どうでもいい。

 影山は頭をからにすると、ただ無心に走った。アスファルトをり、着地し、また蹴る。それだけになる。もう寒さも感じない。いつの間にか寝ぐせも直っているが、本人は気づかないどころかもう忘れている。

 いい調子だ、と思ったときだった。

 ポケットに入れていた携帯が振動した。走りながら着信を見てみれば、日向ひなたしようようからのメールだ。

 

やまぐちはつもうで兼必勝がん行くけど来るかよ??』

 影山は一瞬足を止め、返信する。

『行かない』

 それだけ打って顔を上げると、再び前を向いて走りだす。しかし集中がとぎれたのか、もうさっきまでの調子は戻ってこない。

「…………」

 影山はつとめてたんたんと、もくもくと走ってはいたが、腹の奥にもやもやとした感情がまっていくのが自分でもわかった。その不快なもやもやはだいりんかくをはっきりさせて、いつしか言葉になり、口をついて出る。

「……あのボゲ、なに浮かれてやがる!」

 一定のリズムできざまれていた足音が乱れた。運悪く周囲にいた人々がぎょっとして振り返るが、もはやすっかり腹を立てている影山の目には入らなかった。

 ったく、あいつはなんだから、初詣とかいってチャラチャラ遊んでないで練習すればいいだろうが。はるこうまであと四日だっていうのに……四日あったらどれだけのことができると思ってんだ! それをなにが初詣だ、なにが必勝祈願だ。神様が試合に勝たせてくれるとでもいうのか、ボゲ!

 頭のなかが日向への不満でいっぱいになり、眉間にギュギュッと深い皺が刻まれる。その、隠す気などさらさらなくし放題の殺気を感じたのか、すれ違った小型犬がキャンキャンとけたたましくえたててくる。

「あァン!?」

 驚いて振り返っただけの影山だったが、しかしその表情は犬と飼い主にいんねんをつけようとしている顔にしか見えない。可哀かわいそうに、おびえた犬はさらに吠える。

「え? わっ、す、すみません!」

 あわてた飼い主が「コラ」などと言って犬を黙らせようとするも、すぐそばに原因——悪人顔で見下ろす影山がいては静まるわけもない。たぶん犬の持つなんらかの本能にしたがっての行動なのだろう。

「ほら、行くよ!」

 吠え続ける飼い犬を引っ張って逃げだした飼い主の手に、一本のにぎられているのを影山は見つけた。彼女も初詣の帰りなのだ。見れば道行くほかの人たちも、和装だったりお守りやおみくじを見せ合っていたりと初詣帰りらしい。

「…………」

 飼い主にさからってまで振り返り、いつまでもキャンキャン吠えながら小さくなっていく犬をおうちで見送りながら影山は思う。

 これだけたくさんの人間が、犬を連れてまで初詣に出かけるっていうことは、やっぱり神社にはなにか力があるんだろうか。まさかしらとりざわに勝ったのも、試合前に主将がじよバレの人からもらったお守りの力だったりするのか!?

 がくぜんとするが、すぐに正気に戻る。

 いや、そんなわけはない。

 コートに神様がいてたまるか。

 雑念を振り落として再び走りだしたとき、頭のなかで声がした——気がした。

 ——王様

 その少しからかうような声が、中学時代のチームメイトのものか、それとも今の仲間のものかはわからない。

 コート上の王様。

 中学時代に与えられたその呼び名は、影山にとって決してほこらしいものではなかった。

 チームメイト全員に見放され、試合中のコートで孤立したまわしい過去のめいなのだから。

 

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