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火ノ丸相撲 四十八手 参

火ノ丸相撲 四十八手 参

原作:川田
著者:久麻當郎
2018年10月よりTVアニメ放送開始! 熱血相撲漫画『火ノ丸相撲』の"小説場所"第3弾が登場! 個性派力士たちの「過去」と「現在」を"綱ぐ"、笑いあり、涙ありのエピソードが小説で明らかになる!!

第一幕 プレゼント

 

インターハイまであとひと月あまりとなった。

おお高校相撲すもう部の部員たちは、弱点を克服し、さらに強くなろうと血のにじむような努力をひたすらかえしていた。

「あっつ!!」

授業を終えて相撲道場にやってきた五條ごじようれいは、あまりの息苦しさに窓をはなった。燃え上がった皆の体中からのぼる蒸気がけいにこもってパンパンにふくがっている。レイナに気がついたうしおまるが顔を上げて言った。

「おぉ、来たか。どうじゃ、みんなの意気込みは」

「う、うん」

——みんなボロボロじゃない……。でもいい顔をしてる。

レイナは皆が感じているごたえを知ると同時に、日本一をせまように圧倒された。そして、応援したいと心の底から思っている自分に気づいていた。相撲部に兄のゆうが入った頃には認めたくなかったけれど、自分にはない、好きなことに全力でぶつかっていく彼らの姿勢をなおに尊敬できるようになっていた。

 

あの、での濃い強化合宿は部員全員のやる気を深化し追いこませた。元よこづな駿しゆんかいにつけてもらった稽古で、火ノ丸はみずからのわざ百千夜叉墜ひやくせんやしやおとし」をより確かな強いやいばみがげて戻ってきた。監督のつじきりひとはひとりひとりのために知力をくして考え抜いたメニューをそれぞれにした。くにさきはレスリング仲間と、五條佑真はいままでの非道を許してくれた空手道場でそれぞれの強みをさらに強化し、ぜきしんは弱点のアウェイでの戦いでもおじづかない精神力をもきたこうと必死にあがいていた。はしけいも皆の稽古に死ぬ気でついていった結果を自分の体にいだして、うれしい手応えを感じていた。

おのおのが仲間でありライバルであることを強く意識し、やるべきこと、できることが明確になってきた皆の気迫は県大会の頃とはケタ違いに高まっていた。


******

「遅くなりました」

ほりが稽古場に入ってきた。がりしきにカバンを置いて皆を見回した堀も、どことなく満足そうだ。

そろったな」

辻が立ち上がって言った。

「俺たちはこれまでできることを全力でやってきた。インターハイまであと一か月、目指すはもちろん優勝だ。なんとしても勝とう。さらに高みに到達できるよう死力を尽くそう」

「おっしゃああああっ!」

チヒロをどひよう外に寄り切ったばかりの小関がその言葉にえた。ギリッとまった目つきが以前とはまったく違う。辻の言葉と稽古で全員の心のギアは一段上がった。稽古場全体にいい感じの気がみなぎっている。中でも小関は、自分のからを破ろうと何番も何番もぶつかって息が上がりっぱなしなのにやめようとしない。

「次、俺だ!」

そんな小関の姿にされた佑真がチヒロの次を申し出た。仕切るため腰を落とすと、二人の波長はぴったり合ってすぐに全身でぶつかり合った。

「オラァッ!!」

佑真の手が小関のあごようしやなくおそう。かつて相撲道場を奪った罪悪感で小関に対してりを繰り出せなかった時期を克服し、吹っ切れた佑真はその力すべてをかけてぶつかった。

——ユーマさん、一週間前より確実にレベルを上げてる……!! でも、俺だって……!!

次々と繰り出されるするどい突きに、パァンと肉のはじかれる音がひびいた。レイナがふっと息を飲んだ。小関もその佑真の心の入った突っ張りを正面から受け止める。

「まだまだぁ!!」

重い腰の小関はどっしりかまえると、佑真の強烈な突きを受けても下がることなく距離を詰める。まわしを力強くつかむと佑真の体がぐっと小関に引きつけられた。

「負けねぇぞ!!」

限界まで力を出し、二人がガシッと組んで競い合った結果、ついに小関がこんしんの力で佑真を土俵の外に寄り切った。張り切った筋肉がつやつやと光る。佑真がクソッとくやしげに叫んだ。

「うへぇ、部長が絶好調じゃな!」

火ノ丸は小関の充実した様子が頼もしかった。いや、まぶしくさえ見えた。今年の四月、あんなにおどおどと相撲を取っていた小関とはまるで別人だ。

 

——うわぁ!! 本当に!? 相撲部に入ってくれるの!?

火ノ丸が入部希望を伝えたときの小関の喜びようを思い出すたび、火ノ丸はたった一人で二年間相撲部を続けてきた小関のがんりに応えたいと強く願った。そのおもいは皆同じ、いまや誰もがお互いを高め合ってダチ高相撲部全員が次のステージに進む覚悟だ。


******

練習を終えて奥の部室に入った三ツ橋は、大鏡の前で立ち止まった。ひと月前とは明らかに違う。確実にたくましくなっている。三ツ橋はまわし姿のまま鏡にうつる自分の体を真剣な顔で見つめ、ゆっくりと力こぶを作った。

「よっ、ナルシスト!」

いつのにか後ろに辻が立っていてイヒヒヒと黒い笑いを浮かべていた。しまった、と青くなって振り返った三ツ橋が「でも、正直なところ、また少し筋肉ついてきたと思いませんか?」と力こぶを見せた。

「うん、大胸筋だいきようきん上腕二頭筋じようわんにとうきんがだいぶついてきたな。測定数値にもちゃんと出てるよ」

「ですよね!」

ふだんきびしいことばかり言う辻の肯定的な言葉に、三ツ橋はフンッと鼻息荒く、本気のガッツポーズで喜んだ。

 

「さっきからなに書いてるんですか」

着替え終えた三ツ橋が制服のネクタイを締め直しながら、堀とレイナが書いている書類をのぞきこんだ。

「参加申込書です、インターハイの。選手の情報出さなきゃいけないんです」

「あいつ、どうすんだろ。控えの選手として登録しなくていいのかどうか……」

監督の欄に辻の名前を書きこんだレイナがちらっと辻の横顔を見た。堀も言葉には出さないものの真剣な顔で応じた。自分も試合に出たいという辻の想いに気づいている者は三ツ橋以外にもいたが、これは辻自身が結論を出す問題であり、他人が軽々しく口にできる話題でもなかった。

ずらりと並んだ仲間たちの名前をじっと見た三ツ橋が声を震わせた。

「僕たち本当にインターハイに出るんだ……なんか信じられないな」

舞い上がる三ツ橋に対して、レイナがうなずいた。

「ほんとだよね」

その会話を聞いていた火ノ丸が、「本当はワシもそうじゃ」と言い出した。

「インターハイに出場、しかも団体で出場できるんじゃ。この四月まで部長たった一人だったダチ高相撲部がじゃ。本当は踊り出したいぐらい嬉しいわ」

三ツ橋は周囲をうかて小関がいないのを確かめてから小声で言った。

「何かお祝いしますか? インターハイ出場にこぎつけたことを祝いたいんです」

「祝勝パーティーは焼肉屋でやったろ」

パソコンで作業をしていた辻が会話に混ざった。

「あれは食いトレになっちゃってむしろくぎようでしたよ! 自分たちのことを祝いたいっていうよりも、部長に感謝の気持ちを伝えたいんです。ここまで相撲部を続けていてくれてありがとうって。サプライズで何かやるのはどうですか?」

「悪くないアイデアじゃのぉ」

火ノ丸がその話に乗ると、やってきたチヒロと佑真が「なんだよ、楽しそうじゃん」と身を乗り出してきた。

「部長にお祝いしませんか? 部長がダチ高相撲部を守り抜いてくれたおかげでいま僕たちがここにいるんですから」

「パーティーか! いいぜ」

「具体的には何をするんだ? インターハイ直前であまり浮かれてらんねぇぞ」

佑真の言う通りだ、と火ノ丸がうなずくと、三ツ橋がぽんと手を打った。

「食事会はいつもちゃんこでやってるようなもんだから、何かプレゼントを用意しませんか?」

「じゃ、駅前の焼肉屋の割引券とかどうだ?」

チヒロの提案に佑真が目をいた。

「それ、タダで配られたやつだろ、そんなもんもらったら引くわ」

「聞き捨てならねぇな。これは俺がこつこつと日替わり定食食って日々集めた貴重なスタンプだ!」

チヒロが自慢げにヨレヨレになったスタンプカードをさいから引っ張り出した。

「よく見ろ、肉のランクアップもしてくれんだ」

「あっこれ、期日迫ってますよ」

受け取って見た三ツ橋の指摘に、「ヤベェ、今日も行かねぇと!」とあせった声を出した。チヒロのねんの入った財布を見た佑真が、

「こんだけの人数で祝うんだから、ちゃんとしたもん用意しなきゃダメだろ。かわ製の財布とか定期入れとかがいいんじゃねぇか?」

と、まともな案を出した。辻がうなずくと、堀が控えめに手をげた。

「いいものを思いつきました。万年筆とか……」

「万年筆!? 随分渋いわね。私はちょっと上質なハンカチがいいかと思ったんだけど」

堀やレイナたちがプレゼント案を具体的に挙げると、皆口々に言いたいことを言い始めた。

「普通にケーキでお祝いしましょうよ!」

三ツ橋が提案すると、

「ケーキね。オーソドックスだが、それもありだな」

佑真がその案に納得した。だが、チヒロが自分の案をかえす。

「ケーキかぁ、焼肉のほうがらしくねぇか?」

「なくなっちゃうものより、記念になるほうがいいでしょ」

レイナの意見に佑真が「さすが礼奈、いいこと言うな。それもそうだ」とあいづちを打った。

「なんだよ五條、誰の味方なんだハッキリしろ!」

「じゃあ、やっぱり革の定期入れはどうだ。学生なら必須だろ」

「インパクトがんねぇんだよ。焼肉割引券が最強だろ。なにしろ、『焼肉』の『割引券』だぜ?」

「言ってる意味がわかんねぇよ」

「ケーキだってスペシャル感ありますよ!」

「万年筆は名入れもできるし記念になります」

「だからハンカチ!!」

部員たちの話し合いはヒートアップして稽古に引けを取らない熱気だ。辻がガタッと音を立てて立ち上がった。

「バラッバラじゃないか!! 合わせる気あんのか!?」

口々に言いたいことを言う部員たちにされて黙っていた火ノ丸が、口ごもりつつ言った。

「そうか、みんな色々アイデアがあるんじゃな」

「火ノ丸もなんかプレゼント考えたんだろ? 言っちゃえよ」

佑真にうながされて、火ノ丸は自分のアイデアを語り出した。

「実はの、部長に浴衣ゆかたなんてどうかと思ってたんじゃ。あの体格だから浴衣が似合うと思ってのぉ。相撲取りはやっぱり浴衣じゃろ」

「浴衣!? どうよそれ?」

思いもつかなかった意外な案にレイナが驚いた声を出した。

「浴衣も悪くねぇかもだけど、サイズっていうかよ、部長の体に合う浴衣って普通に売ってんのか?」

その筋肉質で大きな体のせいで着るものに困ることがあるチヒロの言う通り、サイズのことまで考えていなかった火ノ丸は、無理な案だったかと肩を落とした。

「やっぱり文房具とか……」

「だからハンカチはどうなのよ」

しいケーキ屋さん知ってるんです」

「定期入れは無難だぜ」

「焼肉究極!!」

ふたたび収拾がつかなくなり辻が頭をかかえたとき、

「なに盛り上がってるの? 俺も入れてよ!」

と、最後まで筋トレとストレッチを続けていた小関が息を弾ませて稽古場から部室に入ってきた。全員が、いえいえなんでもありませんよーとそれぞれな演技に出た。いつせいに視線を泳がせ、白々しい顔で知らんぷりをすると、小関はおろおろして火ノ丸をつかまえた。

「ねぇ、なんで俺ハブられてんの? なんだよ、教えてよ」

「なんでもない、駅前の焼肉屋がうまいかまずいか議論になっとっただけじゃ」

「あ、あそこか! 日替わり定食うまいよね!」

スタミナろうきんらっちゃったし、駅前のは付いてるワカメのスープがなんか好きでさーと笑う小関を見て、ドキドキしていた相撲部員たちは胸をなで下ろした。得意げなチヒロが勝利を確信してボディビルのポーズを取ったのを皆ため息じりに見ると、そのまま一緒に学校を出てそれぞれの家路についた。

辻は学校を出ると、急に電話をかけると言い出し、校門前に残った。

「もしもし」

「おお、辻君? 待ってね、いま親方に替わるから」

がいとうの下でひとり通話をしていた辻はしばらくするとこぶしにぎって喜び、満足そうに電話を切った。

一方、火ノ丸は渾身のアイデアだった浴衣がかなわなそうなことを残念に思いつつ、他に小関が喜びそうなものを考えていた。皆が挙げていたプレゼントも思い出してみたが、どれも心がこもっていいようでいて、やはり物足りないように感じた。

「部長にはやっぱり相撲に関係するようなものをあげたいんじゃ」

暮れゆくまちを車窓からながめながらひとり考えたあと、そうじゃ、と思いついたように言って次の駅で電車を降りた。家とは違う方角の電車をいで、住宅街を駆けるようにして通り抜け、緊張したおもちで戸をたたいたのはしばやま部屋だ。もう日はとっくに落ちていて、突然の客にてらはらたくは驚いた。

「お、火ノ丸どうしたの。こんな時間に」

「夜分遅くすんません。お願いがあって来ました」

火ノ丸の改まった様子に寺原があせった表情を見せた。

——稽古……いや、さすがにいまからってことはないよな。これだけ思いつめた顔をしてるってことは、やはりまたせきとりと朝稽古を再開したいとかそんなことかな。まさか……。

「……またした?」

玄関先で寺原は恐る恐る尋ねた。緊迫した空気が流れた。

「え?」

「いや、不安そうな顔してるから。急な話なんだろ?」

「あ、いや、すみません。違うんです。思いついたが吉日でなんも考えず来ちまいました」

火ノ丸は再び改まった顔をして言った。

「柴木山部屋Tシャツ、売ってもらうことはできんじゃろうか」

寺原は一気に緊張がけてよろよろと倒れそうになった。そして火ノ丸の肩をパーンと叩いた。

「なんだ、やめてよ、ほんと驚かすなよ! 稽古か怪我かそれとももっと悪い知らせかとか考えちゃったじゃねぇか!」

きょとんとした火ノ丸が、自分があまりに真剣な表情をしていたのに気づいて、緊張をゆるめて頭をかいた。寺原は喜んで火ノ丸を部屋に上げた。ちょうど食事時だった部屋にはちゃんこのいいにおいがただよい、下位の力士が料理をかこんで楽しそうに夕飯を食べていた。寺原はグッズが置いてある棚をあさってTシャツを探した。

「おお、潮君! 元気そうだね!」

「インターハイまであとどのぐらいなの?」

「こんばんは。お食事中すんません。あとひと月でインターハイです」

「絶対勝ってよね。みんな応援してんだから」

力士たちから次々とあたたかい言葉をかけられて、火ノ丸は心からありがたいと思った。自然と顔がほころぶ。柴木山部屋で受けた稽古、親方が便べんを図ってくれた数々の恩恵を想い、やはりこの戦いは自分一人でいどむものではない、仲間や応援してくれる人たちあってのいまの自分なのだときもめいじた。

「ないや、ちょうど切らしちゃってる」

寺原が困った顔をして火ノ丸を振り返った。

「次は来月末にならないと入ってこないんだよ。Tシャツ入荷したらあげるから取りに来てくれる?」

「そうですか……」

火ノ丸ががっくりしてしまったのを見た寺原が「ストラップじゃだめ?」といた。

「実は部長に感謝の意をこめてサプライズでプレゼントしようってみんなで話し合ったんです。ワシが柴木山部屋Tシャツ着とるのをうらやましがってたんで、それがいいと思って。じゃあ、何か他のものを考えます」

なあんだそういうことかと皆思ったものの、その日にはTシャツは間に合わない。何かいいものはないかと寺原が一緒になって考え始めたとき、奥の扉が開いた。

「火ノ丸ちゃん、なにどうしたのこんな時間に」

火ノ丸が口を開くより先に、柴木山親方は、手を取らんばかりにして火ノ丸をちゃんこの前に座らせた。

「なに? 困ったことがあった? いいからちゃんこ食べていきなさい」

それを聞いたちゃんこ番の薫富士かおるふじが電光石火で皿とはしを取ってを言わさず火ノ丸に握らせると、すぐさま白米をてんこ盛りにし始めた。

「あ、いや」

遠慮する間もなかった。ちゃんこのたっぷり入ったどんぶりを渡され、またたく間に食事のたくととのうと、その意気にされて火ノ丸はちゃんこのツユを一口飲んだ。それはが効いていて、とりあぶらが甘くし、本当に味わい深いちゃんこだった。

「うまい! いただきます!」

吹っ切れたようにリラックスして目の前の食べ物に箸を伸ばし始めた火ノ丸を見て、皆笑った。わいわいとおしゃべりをしながらの食事は、いつも家で静かに取る食事と対照的で、余計にたくさん食べられ、滋養が染みこんで身になっていくような気がした。

「部長にプレゼントなんて、ほんとに君たちは仲がいいんだねえ」

座りこんだ柴木山親方が感心した声を出した。

「ワシらは本当にいくつもの試練を一緒に乗り越えてきた同じ相撲部の仲間じゃから。そんじょそこらのチームメイトや友達とはわけが違うんです」

うん、と柴木山親方がうなずいた。

「アマチュアは団体戦があるから特にね。それがなつかしい、いまだに好きだという力士もいるぐらいだよ」

それを聞いた火ノ丸は余計に、このダチ高での相撲が大事でかけがえのないものに思えてきた。三年の小関と佑真は来年の春卒業だ。このメンツで戦えるのは今年が最後、そう思うと心がふるち体中に力がみなぎるのを感じた。

「プレゼントね。心配しなくて大丈夫。いい知らせがきっとあるから、どーんと構えて待ってなさい」

柴木山親方の落ち着き払った態度に、火ノ丸も、小関のことはなにかいい方向にいくだろうという気がしてきて、安心してちゃんこに食らいついた。

 

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