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風のナル
  • ジャンプ小説新人賞受賞作品
  • テーマ部門
  • 中央アジアファンタジー

風のナル

小説:川越義之 イラスト:mujiha
あらすじ
風の集落、サルヒ・アイルに暮らす双子の兄妹、若き酋長のツェウェルと弓使いのナル。彼らは草原に暮らし、馬を駆け、自由に生きる草原の民だった。ある日、集落のはずれに謎の騎馬隊が現れ、ナルはツェウェルを守るために騎馬隊の一人を射殺してしまう。そのことが、かつてナルたちを襲った悲劇の記憶を呼び起こす…。
中央アジアの草原地帯を舞台に、風のように生きる兄妹を希代の新鋭が鮮やかに描く!
 
ーー風と共に生きよ
 

■ 烙印

 ゲル(天幕)の中は異様な熱気に包まれていた。中央の炉には火が焚かれ、馬や家畜に烙印を押すための鉄の棒が真っ赤に熱されている。炉の前には一人の背の高い男が立ち、その前で少女がまるで許しを請うように跪きうなだれていた。
 男は先程から微動だにせずに少女のことを見下ろしていた。炉の火に照らされたその顔はひどい汗をかいていたが、その顔はまるで死人のように青かった。
「本当にいいのか?」
 男はそう言ったつもりだったが、のどが渇き言葉はうまく出てこなかった。大きく深呼吸し、羊の胃袋でできた水入れから水を一口飲んだ。それでいくらかいつもの平静さをとりもどしたが、跪いた少女を見ると、これから行う自分の行為が正しいものかどうかまではわからなかった。
「本当にいいのか?」
男は再びそう言い、少女はわずかにうなずいた。男は遊牧民にとって貴人の証である青い絹の帽子を脱ぎ、汗をぬぐうと天井を見上げ深いため息をついた。それから朝方見た、雲一つない青空のことを思い出した。それ以降男は考えるのをやめた。正しいか正しくないかは自分ではなく天が決めるべきだと思ったからだ。
 男は炉にくべられた鉄棒を掻き寄せた。傍で手伝う老婆が少女の上着をめくるとその白い肩があらわになった。老婆は次に少女を羊のように四つん這いにさせ、その口に丸めた布を詰めた。少女はそれを噛むと静かに目を閉じた。男は熱せられた鉄棒を引き抜くとそのまま少女の肩に押し当てた。
「ンァァァァァ……」
 少女は喉の奥から声にならない叫び声をあげた。あまりの熱さに肩が逃げようとしたが老婆は腕をつかみそれをさせなかった。それは一瞬のことだったが少女には気の遠くなるほど長い時間に思えた。肉を焼く焦げたにおいがゲルに充満し、少女は自分の焼かれるにおいに強い吐き気を覚えた。冷汗が体中から吹き出しめまいがした。口に詰められた布をあまりに強く噛んだので、息を吸うことも吐くこともできなかった。薄れる意識の中で幼い日々のことが走馬灯のように目の前に浮かんだ。そしてそれらが自分から抜け落ち、大地に吸い込まれ二度と戻ってこないような気がした。遠くで誰かが自分の名を呼んでいる気がした。その声だけが少女の耳には草原の風のように心地良かった。

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