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MIST GEARS GHOST

MIST GEARS GHOST

小説:田中創
イラスト:天野洋一
世界を絶望の霧が包む世界で、少年が手にしたものは「希望の鋼(ミストギア)」――!!
「煉獄の日」。その日、世界は災厄の霧(ミスト)に包まれた。生活に浸食していくミスト、そこから現れる異形の魔物。人
類は滅亡へと向かっていった。70年後。人々は、状況を打破すべく調査部隊GEARSを創設。そしてGEARSに入隊し、理不尽な世界に抗おうとするひとりの少年の物語が幕を開ける―!!
アプリゲーム内で使える主人公ウェズの装備一式+スタートダッシュアイテム特典付き!!【電子版も同時発売となります。】

※電子版の特典はジャンプBOOKストア!で購入時のみ付属となります。

プロローグ

 


 七十年前の〝れんごくの日〟、この世界は死んだ。


 すべてを壊したのは、どこからともなく現れた毒の霧――ミスト。

 ミストは人々を病におちいらせ、動物や植物を怪物の姿に変えた。

 千年続いた王国は混乱の最中に崩壊し、残った寄る辺はもはや王都のみ。

 生きながらえたわずかな人々は、ミストを恐れ、おびえて暮らさねばならなくなった。


 人々は嘆き悲しんだ。

 自分たちがいったいどんな罪を犯したというのか。

 どうしてこのような罰を受けなければならないというのか。


 まさに煉獄ともいうべき絶望の中で、人々は唯一の光明を生み出した。

 ミストをうち払い、それを力へと変える希望のはがね――ミストギア。


 勇敢な者たちはミストギアを手に、怪物との戦いに挑んだ。

 彼らの活躍により、人々はようやく理不尽にあらがう足掛かりを得たのだ。


 強大な怪物に恐れず立ち向かい、これをうち破った者。

 おのが身と引き換えに、多くの人々の命を守った者。

 数十年に及ぶミストとの戦いの中で、数々の英雄が生まれてきた。

 しかし、誰しもが英雄になれるわけではない。

 英雄が賞賛される陰で、人知れず散る命もある。

 名声をかつぼうしながら、それを手にできずに消えていく者たちもいる。


 彼らはいわば、とり憑かれた、、、、、、人間だ。

 名声という名の亡霊ゴーストにとりかれ、その挙句、自らも亡霊になってしまう者たち。

 理不尽まみれのこの世界は、そんな亡霊たちのえんの声であふれている。


 これは、そんなひとりの亡霊の物語。

 心の底では英雄にあこがれつつも、結局そうなれないままこの世界から消えざるを得なかった、おれの物語だ。


 それ、、、>は、「グロオッ、グロオッ」と、おぞましいうなり声を上げていた。

 目は炎のようにらんらんと輝き、岩場を踏みしだくその後ろ足は、鉄柱のごとくたくましい。口の両端に生えたまがまがしい二本の牙は、人間の身体からだなどいとも容易たやすつらぬいてしまうのだろう。

 目の前には、体高五メートルはあるオオジシがいた。

 大猪は口の端からしゆうあくよだれを垂らし、足元のものらいついていた。

「あ……あ、ああ……」

 恐怖のせいかのどはカラカラに渇き、悲鳴を上げることもできなかった。マスクの下で、こひゅー、こひゅーと情けない息がれるだけ。

 逃げたくても足がすくんで動けない。

 ウェズ・アーマライトは、むさぼり続けるけものの姿を、じっと見つめることしかできなかったのである。

 いったい、どうしてこんなことになってしまったのか。

 ここは王都からさほど遠くない、資源採掘用の岩場である。小山の斜面を切り開いて作られただけの簡素な採掘場。この十数年さしたる事故もなく、安全とされていたはずの場所だった。それこそ、ウェズのような見習い技師に対しても、簡単に採掘許可が下りるくらいの。

 しかしその〝安全な〟はずの岩場は今、ごくさながらの様相をていしていた。

 周辺には血なまぐさい空気が立ちこめており、岩々には生温かい肉片が散らばっている。

 それらの肉片はつい数分前まで、生きた人間だった。この岩場で共に採掘作業をしていたウェズの同僚たちの、変わり果てた姿なのである。

 ロン先輩は首だけが食べ残され、リーアムは下半身だけの姿になっていた。親方に至ってはまさに今、大猪に片足で踏みつけられながら、頭をかじられている真っ最中だ。バリバリと、がいこつが砕ける音がする。

 思わず、喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてきた。ウェズはとっさに目を背け、胃液が逆流するのをこらえる。

 こんなのあんまりだ。今朝、彼らと一緒に工房の門を出たときには、こんなことになってしまうなんて思ってもいなかったのに。

 本当なら今頃、資源の採掘を終え、王都に戻っていた頃合いだろう。

 行きつけの〝エッセン亭〟で前菜のポテトサラダをつまみながら、ロン先輩やリーアムと楽しく雑談に興じていたに違いない。「今夜のお勧めメニューは何か」とか、「看板娘のサニィちゃんには、もう恋人ができたのかどうか」とか。

 普段はだんまりの親方だって、あの店のエールを飲めば上機嫌になっていたはずだった。「ここの酒は混ぜものを使ってないから、本当にいんだよ」と。

 しかし現実は非情だった。ウェズが彼らと夕食を共にすることは二度とできないのだ。なぜなら彼らは一瞬のうちに、肉片にされてしまったのだから。

 大猪が、耳をつんざくようなほうこうを上げた。親方の上半身をすっかりたいらげたこの怪物は、次のごそう――ウェズに狙いを定めた。

「や、やられてたまるか……!」

 ウェズは無我夢中で手元の石を拾い上げ、大猪へと向かって投げつけた。投げた石はまっすぐに顔面に命中したのだが、しかし、大猪にはまるでこたえた様子はなかった。

 やっぱり無駄か、とウェズはらくたんする。あの怪物が投石程度でひるむはずがないことなど、最初からわかっていたのだ。ミストによって硬質化した連中、、、は、鉄のやいばすら弾いてしまうのだから。

 あの大猪は、ミストエネミー――ミストによってへんぼうした、異形の獣。その一種だ。ミストエネミーは、異常な身体能力とどうもうな本能を発現させた、その名通りの人類の敵なのである。

 ウェズは距離を取ろうと後ずさるも、ついには岩壁にぶつかり、追いこまれてしまう。

「グロアアアッ! グロアアアッ!」

 大猪はみにくく鼻を鳴らし、ウェズを見下ろした。ひと息にこちらを押しつぶすつもりなのだろう。後ろ足で地面をり、強烈な体当たりを仕掛けてきたのである。

「う、うあああああっ!?」

 ウェズは震える身体をむち打ち、思い切り横に飛びのいた。

 岩場にいつくばることで、すんでのところで体当たりから逃れることに成功する。ああ、危なかった……!

 しかし、まるで状況は好転していなかった。大猪の体当たりにより、衝撃で岩山の一部が崩れてしまった。そして崩れた岩石はウェズのあしの上に落下してきたのである。

 脚に衝撃が走り、ウェズは「ううっ」と顔をしかめる。

 まずい。岩のすきに脚が挟まってしまった。骨が折れたりしているわけではないようだが、これでは簡単に動くことはできない。

 大猪はウェズのすぐ頭上で、こちらをあざ笑うかのように「グロッ、グロッ」と唸り声を上げている。口の端からこぼれた涎が、ウェズの体を濡らした。ひどい臭いがする。

 ウェズは息をんだ。自分はこれから、いったいどうなってしまうのか。

 あの鋭い牙に貫かれるか、あのきようじんな足に踏みにじられるか。それとも頭から丸齧りにされてしまうか――。予想できるおのれの末路は、どれもさんなものだった。

「い、嫌だ……。怖い……。死にたくない……!」

 声を震わせるウェズの脳裏に、とある言葉がよみがえった。

『〝鋼鉄はがねの英雄〟の息子が、そんな簡単に泣くもんじゃないぞ』

 それはウェズがいつも、父に言われていた言葉だった。庭にはちの巣ができたときも、ウェズが王都のドブ川でおぼれかけたときも、父はそう言って、泣きじゃくるウェズをなぐさめてくれた。ウェズの頭をでる手が、とても大きかったことを覚えている。

 ウェズの父、グレグソン・アーマライトは王都の英雄だった。誰よりも強く、誰よりも優しい、そんな憧れの父親だったのだ。

 しかし、そんな父ももうこの世にはいない。五年前、ミストエネミーとの戦いの中で、名誉の戦死をげてしまったのである。

 もうじき自分も、父のもとに行くことになるだろう。目の前のミストエネミーに対し、なんの抵抗もできずに殺されたとしたら、父を落胆させてしまうだろうか。

 でもそれは仕方のないことなのだ。自分は英雄と呼ばれた父とは違う。ただの無力な人間なのだから。

 大猪は牙をぶるりと震わせ、大きな前足を持ち上げてみせた。どうやらウェズを踏みつぶし、息の根を止めるつもりのようだ。

 もうダメだ……! ウェズが反射的に身をこわばらせた、そのときだった。

「――彼から、離れなさいっ!」

 空から突然、りんとした声が響いた。ウェズは体をひねって岩場のいただきを見上げる。

「え――!?」

 目をらしてみれば、きやしやたいの少女だった。両手で身の丈に合わぬ長いやりを構えている。

 少女は上空から流星のごとく、大猪を目がけてまっすぐに落ちてきたのである。

「たあああああああっ!」

 体重を乗せた少女の槍は、大猪の背の中央を刺し穿うがった。見るからに強烈な一撃だ。

 岩場全体に、「グギャアアアアアアアアア!」と大猪の悲鳴が響き渡る。毛むくじゃらの巨体はびくびくとけいれんしながら、そのまま横倒しになった。

 少女はひらりと岩場に飛び降りる。肩口にまとった丈の短いがいとうが、軽やかにひるがえった。

「任務完了、ですね」

 青水晶のように深いブルーの瞳が印象的な、端整な面持ちの少女だ。アップにまとめられたブロンドは夕日にきらめき、淡い赤みを帯びている。

 れいだ――とウェズは思った。自分とそう変わらない年齢だろう。それなのに、纏う雰囲気は常人とはかけ離れている。

 威厳に溢れているというか、高貴というか。血だまりの中に降り立った彼女はまるで、古い神話に描かれるいくさ天使のようにも思われた。

 少女が大猪の身体から、長槍を引き抜いた。槍の穂先には、紋章のような意匠がほどこされている。その洗練されたデザインは、実用的な武具というよりは、芸術品に近いしろもののようだ。

 

 


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