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小説『おそ松さん』 -前松- 【劇団カラ松】

「うーん……どうしよ……」
 ある日のこと。真っ昼間の往来で、うんうん悩んでいるのは三男チョロ松。
 そこへやってきたのはおそ松とカラ松の二人だ。
 目ざとく、悩む弟を見つけたカラ松は、曇っているのに装着した無意味なサングラスの位置を少し下げ、隙間から覗きこむようにして声をかけた。
「悩みがあるなら聞こうかブラザー?」
「ん?」
 声をかけられ、何の感動もない目で次兄を見ると、チョロ松は諦めたように答えた。
「……はぁ、もうカラ松兄さんでいいかな」
 ひどい言い草である。
 とはいえ、カラ松の声かけに素直に応じるのも珍しい。相当参ってんのかなと、拾った
競馬新聞片手におそ松は思う。
「実は次の水曜日、にゃーちゃんが遊園地でイベントをやるんだ。そこでプレゼントをあげたいんだけど、どうやって渡せばいいかわからなくてさ」
 んなことかよ、という顔をするおそ松。
 一方、カラ松は真面目に耳を傾け、
「ほうほう、そういうことか。好きな子へのプレゼント、緊張するよな。ちなみに、何をあげるつもりなんだ? お菓子か? アクセサリーか?」
「ああ、僕が過去にくりだした冴えてるコール集をあげようと思ってね」
「ッ!?」
 チョロ松はいたって爽やかにそう答え、ゴソゴソと鞄から大学ノートを取り出す。
「ノートにまとめたんだ。ほら」
「あ、あ……」と、手に取るカラ松。
 表紙にはご丁寧に『松野チョロ松 黄金のコール集』とサインペンで書かれ、すっかりくたくたになったノートからは、時間をかけて書き足されていったのだろう、高すぎる自意識とアイドルへの妄執がにじみでていた。一言で言えば気持ちが悪い。
「あ、あ……そう、か……」
 実の弟の暴挙を目の当たりにし、言葉を探すカラ松。
「え? 正気? 考えうる限り最高にキモいんだけど」
 しかし、そこを何の気兼ねもなく突っこめるのが長男おそ松の強さである。
「いや本当に冴えてるんだ。他の連中とは質が違う。何なら公式に採用してもらったって構わない」
「うわぁ……これいっちばんダメなこじらせ方だよ」
 おそ松は嫌悪感を丸出しにする。意識の高いアイドルオタクほどやっかいなものはない。
「え、何? 勝手なコールで場を乱したあげく、それをノートにまとめてアイドルに渡すの? 正気の沙汰じゃないよ? 他人のフリしていい?」
「おきまりのコールじゃ僕の気持ちは伝わらないんだ。だから僕は一人だけ、とびきり冴えたコールを打つ。そのおかげでアイドルからの認知ももらえている」
「それ悪目立ちしてるだけだから!ほんっとに気持ち悪いから!」
 チョロ松から距離を取るおそ松。
 このままでは、弟は人としての道を踏み外してしまう。以前からやばいやばいとは思っていたがいよいよやばい。職がないのにアイドルに入れこむ男にどんな未来があるというのだろうか。今のチョロ松は一人で崖に向かって突っ走っているような状態である。止めなければいろいろ危ない。
「もー、カラ松からも何か言ってやってよ」
 呆れ果てたおそ松は、次男としての立場からカラ松にもフォローを求める。
「そういうことか……チョロ松」
するとカラ松は事の重大さを理解したのか重々しく頷いた。
 そして、パッチィィン! と景気よく指を鳴らした。
「ならばこの元演劇部、松野カラ松に任せておけ! 最高のシチュエーションでアイドルにプレゼントを渡すぞ!」
「何でだよ! そういう流れじゃなかったでしょ!? お前馬鹿なの!?」
「ああそうだ。男はみんな馬鹿な生き物さ……」
「カラ松兄さん……!」
「馬鹿はお前ら二人だよ!!」

 ◇

 聞けばカラ松は、時々近所の公園で、ちびっ子を集めて芝居の稽古をしているらしい。
「カラ松チルドレンはみな芝居心に溢れた良い役者たちだ……!」
「なにその呼び名すげえ腹立つ」
 おそ松は目を細める。兄弟が構ってくれないから、まだ遊んでくれる小学生のほうが良いという痛々しい事実が透けて見えるが、あまりに辛すぎるので誰も口には出せない。
「そんなオレの腕の見せどころだ。任せておけ!」
「どんなオレだよ。不安しかないわ」
 しかしチョロ松としては、すがれるものがあるならすがりたい気持ちだ。
「じゃあカラ松兄さん、今回はその子たちに協力してもらって、僕の手助けをしてくれるってこと?」
「ああ、そうしたい……が、今回はNGだ」
「どうして? 優秀な子たちなんでしょ?」
 するとカラ松は遠い目をして答えた。
「水曜日ってのは……平日だからな」
「なんか僕たちにもダメージきたよ」
 平日の昼間にこれほど暇を持て余すのは、界隈では6つ子くらいのものである。学校に行っているぶん、小学生の方がまだ社会的なランクは上である。
 なのでやむなく、ほかの兄弟たちの助けを借りなくてはならない。
 おそ松が家へ弟たちを呼びに行き、待ち合わせ場所の公園へ戻ると、カラ松はベンチで足を組み、真剣な顔でノートに何かを書いていた。
 早速トド松が疑問をぶつける。
「カラ松兄さんは何してんの?」
「フフ、シノプシスを書いているのさ」
「……シノプシスってなんだよ、クソ松が」一松が尋ねる。
「変化球!? 変化球!? ベルトの位置から鋭く落ちるシノプシィィーース!」
「変化球じゃない、十四松。シノプシスというのは演劇のあらすじさ」
 弟たちに話して聞かせるカラ松は得意そうな表情。やっと自らの演劇部出身という経験を生かせるチャンスに恵まれ、水を得た魚のようだった。
「わかった!助っ人外国人だ!ドミニカからやってきた暴れん坊! シノプーーシスゥゥ!! フウゥゥゥ!!」
「助っ人外国人でもない、十四松」
 基本的に一度ではわかってくれない五男を軽くいなしつつ、「ふぅ」とカラ松は息を吐くと、サングラスをチャッ、と外した。
「よし、いいシノプシスができた」
 その言葉で、わらわらと集まってくる兄弟たち。
 そしてカラ松はタイトルを発表する。
「タイトルは……『オレ・マスト・ダイ』だ!」
「それお前が主役になってんじゃねえか。やり直せ」
「イッタイね〜! 何でそんなタイトル出てくんの? ボク血が出そうだよ助けて〜!」
「すぐ死ね。宣言したならすぐに死ね」
 チョロ松、トド松、一松の順で、流れるように叩かれる。しかし鋼のハートを持つカラ松はそんなことでは動じない。
「まぁ聞け。内容はちゃんとお前を中心にしてある。安心しろ」
 眉根を寄せるチョロ松に視線を送り、ニッと笑ってみせるカラ松。
「本当?」
「あぁ。せっかくだ。プレゼントを渡すだけじゃなく、あわよくばあの子猫ちゃんを振り向かせようじゃあないか?」
「そ、そんなことできるの?」
 途端に色めき立つチョロ松。
「あぁできるさ。少し長くなるが聞いてくれるか?」
「あぁ聞く聞く!頼むよ」
「よし。……ンン!」
 カラ松は咳払いすると、台本を片手に立ち上がる。それは一人芝居をするような大仰さで、自然と兄弟たちの視線と期待を集める。カラ松は、おもむろに語りはじめた。「まず子猫ちゃんが暴漢に襲われる。それをチョロ松が劇的に助け、その流れでプレゼントを渡せばイチコロって寸法さ。以上だ」
「短え!!」
「そしてダッサ!!」
「おい、腹立つからそのグラサン割らせろ。早く」
 再び三人から畳みかけるように叩かれる。
「奴は陽気なドミニカァン!四番DHシノペーニョォォーーーーーーーース!!」
「何がいけないんだ!? ホワイ!?」
 両手を広げ、アメリカンスタイルで疑問を呈するカラ松。バットを片手に奇声を上げて走り回る十四松には特に触れない。
 そこで、ずっと腕を組んで様子を見ていたおそ松が口を開いた。
「んー、まぁでも、古臭い展開だけど、王道っちゃ王道かもね」
「おお……! わかってくれるかおそ松……!」
「俺たちも暇だしさ、付き合ってやろうか? ちょっと面白そうだし?」
 言われると、兄弟たちも「まぁ暇つぶしくらいなら」という気持ちになってくる。
 そうして、他に代案が出るわけでもなく、ひとまずカラ松の筋書き通りに作戦を進めることに決定する。
 再びカラ松の指が、パチィィン! と音を響かせる。
「劇団カラ松――ショウタイムだ」

 

©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

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