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小説『おそ松さん』 -タテ松- 【童貞外来】

小説『おそ松さん』 -タテ松- 【童貞外来】

原作:赤塚不二夫「おそ松くん」
小説:石原宙
あらすじ
あの大人気TVアニメ『おそ松さん』オリジナルノベライズ、待望の続編刊行決定! 今回もおそ松さん製作委員会が監修!! 『オレたち、恥ずかしながらまだまだニート(童貞)生活満喫中!』 相変わらずの6つ子たちが大暴れ! 6人それぞれがメインのストーリーに加え、オールキャラのドタバタギャグの全8編! 続編でも全員大活躍!! TVアニメ描き下ろしイラストを使用したピンズチャーム6種付き! 松ボーイ&松ガールの家宝決定版! ※通常版も同時発売予定です。

――『成年改革法(昭和九一年十一月三十日法律第七七七号)』。

 それは、一連の超少子化社会対策に連なる個別法で、歯止めのきかない超少子化に終止符を打つべく投入された、抜本的かつ実効的な法律である。

 この法律の公布により、全国のいくつかの医療施設に、ある診療科の設置が義務付けられた。 

 

「じゃあそろそろ行くよ」

 松野家、6つ子たちの部屋。

 チョロ松は時計を見ると腰を上げ、出かける準備を始めた。

「どこ行くのチョロ松?」

 その背中に、おそ松が寝転がったまま声をかけた。

「病院の予約の時間だから」

「え? お前行くの? あんなの放っときゃいいじゃん」

「放っとけないでしょ。決まりなんだから」

「真面目だなあチョロ松は。なぁカラ松?」

「フン、そうだな。自分の人生くらい自分の力で切りひらきたい。誰かの力を借りた時、オレはオレでなくなってしまう気がする……」

「それはどうでもいいけどさ。一松もそう思うだろ?」

「そもそも医者と二人きりの空間っていうのがまず無理」

「あー、確かに。気ぃつかうよな」

「ボクも気が進まないな。それより西海岸から来たっていう駅前の新しいカフェに行きたいな」

「病院? 行ったことない! あはははは! なにそれ!」

 トド松と十四松も前向きではないようだ。

「はぁ……」

 チョロ松は兄弟たちの消極的な態度にため息をつく。

「確かに嫌なのはわかるよ。自分の本当の症状を知るのも怖い」

チョロ松がそう言うと、兄弟たちも同じ気持ちがあったのか、ごまかすように下を向く。

「……命に関わる場合だってある」

 チョロ松の言葉は思ったよりも重く響いた。いざという時のために、チョロ松は大事な人に宛てた手紙をしたためてもいた。

 兄弟たちが黙り込む。

 しかし行かなければならない。それが社会のルールだし、結局は自分のためでもある。

 チョロ松は決然と部屋のふすまを開けた。

「みんなも怒られる前に行きなよ。じゃあ行ってくるから」

 

 ――赤塚医院。

 昔からこの町にある小さな医院で、6つ子たちもよく世話になった。

 法律の公布に伴い、ここにも新たな診療科が設けられた。

 チョロ松の行き先はまさにそこだった。

 タイルが剥がれたままの床。

 患者用のパイプ椅子は、破れて土色の綿がのぞいていた。

 慣れ親しんだ診察室は、薬液の匂いより埃っぽさが目立っていた。

 新しい科といっても診察室は以前と変わらない。

 昔のままだ。でもそれが今日は、まるで別物みたいに思えた。

 空気が重い。

 彼女で三代目という美人女医が、短いタイトスカートから伸びる脚を組みかえた。

 昔は相当派手に遊んでいたという噂だが、二年前に引退した初代院長が「腕は確かだ」と言っていたからチョロ松は心配していない。

 チョロ松がどちらかと言うと気にかけていたのは、女医が足を組みかえた瞬間にちらりと見えた白いものが、パンティなのかスカートの裏地なのか、いったいどちらだったのかということだった。

 ともあれ。チョロ松は気を取り直す。

 今日は大事な用件がある。

 チョロ松は渇いた喉の奥から絞り出すように声を出した。

「はっきり言ってください」

 彼女がいつまでも口を開かないから痺れを切らした格好だ。

「……心の準備はできてますから」

 検査を終えて、チョロ松は今ここに座っている。

 彼女はまだ何も言わないが、彼女が見ているレントゲン写真や呪いを綴ったようなドイツ語の踊るカルテは、雄弁に真実を語っているのだろう。

 ここまできたら逃げることはできない。

 たとえそれが残酷な診断結果でも受け止めるしかない。

 どんな名医でも治せないものはある。

最後くらいは男らしくいたい。チョロ松をじっとその場に止まらせたのは、そんな一握りの意地だった。

彼女は言った。

 

「童貞です」

 

「やっぱり……ですか」

 チョロ松は大きく息を吐いた。

 ――そうくるか。

思いつく限り最悪の結果だった。

 

©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

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