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しずるさんとうろこ雲(第4回)

著者:上遠野浩平
第4回電撃ゲーム小説大賞を受賞、電撃文庫から『ブギーポップは笑わない』でデビュー。
同作はライトノベルの潮流を変え、後続の作家にも多大な影響を与えた。『事件シリーズ』『ナイトウォッチ三部作』など著作多数。 Jブックスからは『JOJO』シリーズのノベライズ『恥知らずのパープルヘイズ』を刊行、30万部に迫るヒットとなる。

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「え──?」

「よーちゃんは、ナオっちとは昔からの知り合いで、あなたがどういう人なのか、彼女もよく知っているんでしょう?」

 

「……えーと、つまり……ナオっちは」

 私が混乱していると、しずるさんが

「この問題──最初の情報が微妙に制御されているのよね。言うべきことを言わず、特に必要のないことが付け足されている。これだけだと、どうしても不明瞭な回答を出さざるを得ない」

 と落ち着いた口調で、整理をしてくれる。

「何かを断言しようとすると、別の何かがそれを否定するような構造になっている。三人の登場人物のうち、誰が悪いのか、一概には決めつけられなくなっている」

「う、うん──」

「文句を言ってきた女の子が悪いのか、彼女にデリカシーのない反応をしたらしい男の子が悪いのか、それともナオっち自身に問題があるのか──それを決めるための素材が、話の最初から用意されていない。クイズとしては〝正解〟が出ないようになっている」

「じ、じゃあ──」

「そうね、これってどちらかというと〝心理テスト〟に近いものよね。これを聞いた人間が、どういう判断をするのか、それを確かめる機能がある。思考パターンを分析できる」

「分析……」

「まずナオっち自身を疑う場合、どんな話であってもすぐには受け入れずに、なんでも疑う猜疑心の強い者、という風に解釈できる」

 しずるさんは淡々と、考えを述べていく。そこには一切の淀みはない。

「そして文句をつけてきた女の子を強く非難する場合、これはとにかく、目の前に迫ってきている者をとにかく敵視し、排斥する攻撃的な傾向がある、と見なすことができる」

 彼女の声はとても澄んでいて、それはこういう風に、静かに話しているときにこそ、最も美しい響きを奏でる。それは私の心から、動揺と迷いを消し去ってしまう。

「そして男の子を悪者にする場合、論点から少しずれたところを強調して、常識にとらわれずに凡人とは違う視点を持っている、と誇示したい自意識過剰な面がある、ということがわかる──」

 しずるさんは、ここで私に微笑みかけてきて、

「よーちゃんは、どれでもなかったわね……全員を気遣って、結局答えを出さなかった。私は、どうしようかしら」

と訊いてきた。

「…………」

私はずっと黙っている。

 そう……さすがにここまで来たら、私にも事態が把握できる。

 こんな心理テストを私にする意味はない。必要もない。だとしたらこのテストは、誰に向けられたものなのか。

 私が難問を突きつけられたとき、まず誰に相談するのか──そのことを知っている者ならば、答えは簡単に出る。

(しずるさんをテストしている──でも、どうしてナオっちが?)

 彼女が手伝っているという〝家業〟に因るものなのか、それとも彼女自身が、しずるさんのことを知りたがっているのか──あるいは、この病院から頼まれて、こんな回りくどい形で〝検査〟をしているのか──私の頭の中で、様々な考えがぐるぐると回っていた。

(いったいどういうことなの、これって……?)

 私が半ばパニック状態に陥ってしまいそうになった、そのとき──

「よーちゃん──駄目よ?」

 しずるさんの声で、私ははっ、と我に返った。彼女は悪戯っぽく、私にウインクしてきて、

「そういうところが、よーちゃんの駄目なところ──あなたはとっても素晴らしい人だけど、そういう風に、妙に深刻に物事を考えてしまうところだけは、あんまりよくないわ。あなたにそういう顔は似合わない」

 と優しく言った。

「で、でも──しずるさん、私は」

 私は利用されて、しずるさんにつまらないスパイ行為みたいなことを仕掛けていたのかも知れない。それは彼女の尊厳を傷つけかねない、恐ろしく失礼なことであり──と私がさらに負の感情に引きずり込まれそうになっていたら、しずるさんはすかさず、

「ねえよーちゃん、言ってはなんだけど──この問題って、そもそも焦点にすべきところが間違っているんじゃないかしら?」

 と、私の言葉を途中で遮るように、落ち着いた調子で言った。

「しょ、焦点?」

「そう、あなたがナオっちに相談された、この話の内容──私たち、色々と推論してきたけれど、そもそも話の中身に、問題の焦点ってあったのかな、って気もしているのよ、私は」

 しずるさんはうん、とうなずいてみせて、そして改めて、

「よーちゃん、ナオっちには今、恋人とかいるのかな?」

 と訊いてきた。

「う、ううん──いないと思うけど。そんな話は聞いたことないし、様子もなかったけど」

「昔はどうなの。中学、高校時代には付き合っていた相手とかいたのかな」

「それも、ないと思う──そういうのと無縁で寂しかったから、いとこで年下の私とも仲良くなったんだろうし」

「ふうん、やっぱりね──」

 しずるさんはなんだか、一人で納得している。私にはなんのことだかわからず、

「でも、それがどうかしたの?」

「ねえ、よーちゃん──人はどんなときに、過去を振り返るのだと思う?」

「えーと、久しぶりに誰かと会って、とか?」

「そう、きっかけがあるわよね。なんの理由もなく、不意に思い出すというのは、単に無意識での活動を自覚できていないことが多い。記憶っていうのは物事の関連で積み上がっているので、ひとつ思い出すと連鎖的に色々と蘇ってくるけど、その最初のひとつがないと、なにも出てこない」

「それはそうね」

「今回の話も、いわば思い出話なわけだけど──その最初のきっかけって、なにかしら? どうしてナオっちは、この話を思い出したのか?」

「どうして、って──」

「たぶん、文句をつけてきた女の子をまず思い出したのではないわね。特に親しくもなく、接点もない相手のことをいきなり前触れなく思い出したりはしない。では、彼女はどうしてあんな話をよーちゃんにしたのか。他にも話はあったはずなのに──仮に心理テストをしたかったのだとして、わざわざこんな話にする必要はないし、下手な作り話だと内情を知っているよーちゃんに見抜かれるから、きっとある程度までは本当の話なんでしょうし──なんで、この話なのか」

「ええと──だから」

 私にも、その形がぼんやりと頭に浮かんできた。

「その思い出した理由が、ナオっち自身にもよくわかっていない、無意識なんだとしたら──」

「彼女はもう、高校時代とはかなり違う生活をしていて、そこに共通点はほとんどない。過去を振り返るきっかけなんて、おそらくほとんどない。大勢の人々の中で責任ある立場で判断を下している今と、クラスで目立たないように縮こまっていた昔と、何もかもが違いすぎる。では同じものがあるとしたら、そのきっかけというのは──何かしらね?」

「いや……それは」

 私はちょっとためらったけど、結局、

「つまり──ナオっちが今、恋をしている──ってこと?」

 と言ってしまった。しずるさんはにこにこしながら、

「もちろん決めつけられないけれど、でも恋に絡む話、自分の過去の中で唯一それっぽい話はそれしかなかったのだとしたら、まあ、思い出すでしょうね。しかもあんまり色っぽい話じゃないところが、今の彼女の、自覚の薄さを物語ってもいる」

 と私の言葉を補足してくれる。はあっ、と私は思わず大きく息を吐いてしまった。

「あーっ、なるほどねえ──ナオっち、あー……そうなんだ──」

 なんだか奇妙な感覚だった。すっきりしたような、ますますモヤモヤが募ったような。私がひたすら唸っていると、しずるさんが穏やかな口調で、

「まあ、ここまで来たら、あとはよーちゃんに任せるわ。彼女に私たちの話を伝えようがどうしようが、少なくともあなたの負担はもう、ないんじゃないかしら」

「あー、まあ、そうね──うん」

 私は苦笑して、肩をすくめながら、

「私が口出しできることじゃない、とか言っておくわ」

 そう言うと、しずるさんもうなずいて、

「賢明な判断ね」

 と同意してくれた。そして彼女は視線を窓の外に向ける。

「ああ──あれね、曇って」

 私も振り向いた。風の流れで、さっきまでは見えなかったうろこ雲が、しずるさんのベッドからも見える位置にまで移動しているのが見えた。

「面白い印象ね。よーちゃんが思わず足を止めたのも、わかる気がする」

「なんか、警備員さんは地震の前触れかも、とか言っていたんだけど……」

「ああ、それは違う雲よ。地震雲と呼ばれる現象とは、形が違うわ。一般に地震雲といわれるやつはもっと途切れ途切れで、空にひっかき傷をつけたような形をしているの。まあ、うろこ雲も含まれるって意見もあるので、完全に間違いとは言い切れないけど」

「なんで雲が地震と関係するの?」

「いや、地震雲というのは科学的に証明されているわけではなくて、いくつか事例が観測されているというだけ。磁場の乱れが地震の前に起きるから、その際に生じる電磁波の作用で雲ができるとか言われているけど、まあ、信憑性は低いわね」

「そうなんだ。噂話としては面白い、って感じなのかな」

「そんなところね。でも、あの雲は綺麗だわ」

「そうだね、光が透けて、キラキラしてる──」

 私はしずるさんと、他愛ない話を続けながら、うろこ雲が流れていくのを二人で眺めている。

 その雲は、なんの前兆でもないのかも知れないけれど、でも私としずるさんの、ささやかな会話のきっかけとしては、充分すぎる役割を果たしてくれた。これがなにかの未来につながってくれることを、私はひそかに祈っていた。

 

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