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双星の陰陽師―士牙繭闢―

双星の陰陽師―士牙繭闢―

原作: 助野嘉昭 小説: 田中 創
あらすじ
陰陽師たちの住まう島、土御門島に入った天若清弦の娘・
音海繭良。繭良は島に到着後、天若家の新当主として苦難の
日々を過ごしていた。ろくろと同じ舞台『御前試合』を目指し、
修行に励む彼女の側には、十二天将・朱雀の斑鳩士門の姿が!?
繭良と士門、二人の原作未公開エピソードが小説で解禁!!
『ジャンプSQ.CROWN 』に掲載された特別プロローグ漫画9P収録!!

 周囲を見回し、私はごくりと息をむ。

 ここはあまわか家の敷地内に設置された修練場。木製の壁や板張りに囲まれた、古風な武道場のような建物だった。広さは前の高校の体育館くらいだろうか。

 もっとも、けわしい顔つきの男のひとたちがずらりと並んでいるこの光景は、学校の体育館などとは比べようもないほどの威圧感を放っているのだけれど。

「……うう、き、緊張する……」

 数十ついの鋭い目にすくめられて、私の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。

 目の前にいるこの面々は、天若家に属するおんみようじの方々である。

 聞いた話によるとこの天若家は、古くからつちかどじまの暗部に属し、異端者を始末する仕事を任されていたのだという。お父さんに言わせれば、「おんみようれん直属の忍者みたいなもの」なのだそうだ。

 確かに、誰も彼も、雰囲気がただ者じゃないというか、怖そうなひとたちばかりだった。目つきが鋭くて、いかにもぶっそうな感じである。誰ひとり口を開こうとしない様子は、もはや不気味なくらいだ。

 そんな天若の陰陽師集団にじっと見つめられながら、私はぶるりとすじを震わせていた。こうして彼らと向かい合っているだけで、自分がいかに場違いかをまざまざと思い知らされてしまうのである。

 なにせこの私────おとまゆは、修行を始めて二年そこそこの駆け出しにすぎない。島で活躍中の彼らに比べれば、陰陽師としてまだまだ未熟。

 かたわらに控えていた黒髪の女性が、私の表情をのぞきこんできた。

「繭良様、どうかなされましたか。顔色がすぐれないようですが」

 りんとした表情が魅力的な、黒い服を着た美人だ。左目に残る大きな傷は、長い間天若家を支えてきた歴戦のあかしなのだろう。

 彼女、天若づるさんは、私がこの島に来た当初から、なにかと面倒を見てくれているひとだった。

 私は「あのう」と恐縮しながら、彼女にたずねる。

「本当に私、このひとたちの代表になっちゃったんですか……?」

「ええ、もちろんです」表情を変えずに、夕弦さんがうなずいた。「なにせ今のあなたは、この天若家のおさ。十代目当主なのですから」

 当主という言葉が、私の肩に重くのしかかる。

 おさななじみのろくろに追いつきたい。そんな思いに任せて私が土御門島にやってきたのが、つい一週間ほど前のことだった。

 陰陽師として目覚ましい成長を続ける幼馴染・えんどうろくろ。

 そもそも私が陰陽師を目指したのは、彼と対等でありたかったからという理由しかない。そんな私にとって、“一家の当主”というのは分不相応な肩書きだった。

 当然、最初は断ろうと思ったのだが、夕弦さんいわく、

「この島で生きていく限りは、島中の人間があなたを“天若せいげんの娘”として見るでしょう。そうでなくともあなたはしきがみじゆうにてんしようびやつこ”を継承した身……。誰もがあなたに当主たる人物として期待をし、あこがれを抱くはず。なにしろあの方の娘なんです。きっとできると私は信じます!」

 ということらしく、彼女の圧倒的熱意に押し切られる形になってしまった。

 どうせいずれ当主となるなら、早いうちから名乗っておいた方がいい────。そんな風に付け加えられ、今に至るのであった。

 数ある陰陽師の家柄の中でも、この天若家は、天将十二家と呼ばれる名家中の名家なのだそうだ。そう陰陽連でも、重要な立場にある……らしい。

 当然、その当主という立場に課せられる責任は重い。少し前まで普通の女子高生をやっていた私からすれば、正直実感の湧かない話ではある。

「繭良様もおっしゃっていたではありませんか。清弦様の……お父様の生家の役に立ちたいと」

 夕弦さんの視線が、じっと私をえた。

「なのに繭良様は、どうしてそんなに自信なさげなご様子なのですか?」

「だって」そんなの、理由はひとつしかない。「これから私、ここにいるひとたちと戦わなくちゃいけないんですよね……。それとこれとは話が全然別、というか」

 視界には、思い思いの武器を持った数十人の屈強な陰陽師たち。どうやら、ここにいる人間全員と戦うのが、私の当主としての初仕事らしい。

「そもそも本当に、模擬戦なんて必要なんですか?」

「天若家は、特に実力を重んじる家系です。繭良様はまだ当主になられたばかり。まずはしもじもの者たちに当主の威厳を示すことで、統制を取ることから始めねばなりません」

 そう言われても、にわかに頷き返すことはできなかった。

 陰陽師としての修行を二年ほどこなしただけのじやくはいものが、果たして島の精鋭陰陽師たちを相手に打ち勝てるものなのだろうか。自信なんてまったくなかった。

「正直に申しますと、天若家の者の中にはいまだ、本土から来たあなたの実力に疑問を持つ者が多く……この模擬戦は、そうした者たちからの提案なのです」

「ええっ!? み……みんなが当主として期待してるって言ってませんでしたっけ……!?」

「期待してる“はず”と申しただけです」夕弦さんがさらりと答える。「当主であることの理由の如何いかんにかかわらず、今ここではっきりと実力を示しておかないと、今後肩身の狭い思いをすることに変わりはないと思われますが?」

「うう……」

 私がけんしわを寄せていると、集団の中から「では」と、低い声が響いた。

「一番手は、この自分が」

 声を上げたのは、背の高い男性だった。年齢は二十代後半くらいだろうか。二色に染めた髪に、左ほおの大きな傷。黒い色眼鏡をかけた、こわもての人物である。

 その不気味な雰囲気は、他の者たちの比ではない。ひとにらみされただけで、身が竦んでしまいそうになるのだ。

 昔お母さんから聞いた、天若家の「りつ」という暗殺集団の話を思い出す。この男性は、まさにその殺し屋のイメージにピッタリだった。

「おお、隊長……」「早々に出るのですか」「さあ、早く隊長に道を開けろ」

 周りからも一目置かれているのだろう。その男性が足を踏み出すと、集団がさっと左右に分かたれていく。

「よろしいか、繭良様」

 彼は私の前で足を止め、軽く目礼をした。言動こそていねいに見えるけれど、その表情には笑みひとつない。すごく気難しそうなひとだ。

 夕弦さんが、私にそっと耳打ちする。

「彼の名は依羅よさみじん。天若の実働部隊の隊長です。天若家さんの中では、最も腕の立つ男ですよ」

「も、最も腕が立つって……いきなり一番強いひと……と!?」

「順番など大した違いはないでしょう。そもそもこの模擬戦、繭良様の実力を皆に示すことが目的なのですから、むしろ最初に強い者と戦っておいた方が手間がはぶけるでしょう」

「はあ……」

 私は覚悟を決め、その男────刃夜さんを見上げる。

「え、ええと……その、どうかお手柔らかに……」

 彼は「はい」と頷くと、腰のホルダーかられいを一枚引き抜いてみせた。

きゅうきゆうによりつりよう」のじゆもんと共に、彼の両腕を黒いこうおおう。

 あのにぶく光る黒い爪は確か、“こくれんしゆこう”という名のじゆそうだったはず。天若の陰陽師たちが好んで使う、標準装備だと聞いたことがある。

「どうぞ。繭良様も“白虎”の力を呪装なさるといい」

「え、いいんですか」

「手加減は無用。この修練場内にも結界を張っていますからね。あなたの全力を見せていただきたい」

 十二天将の力の象徴、式神・白虎。学校では使用を禁じられているほどの強力な霊符である。

 私は、「それなら」と霊符を手に呪文をつむいだ。

「じゅ、じゆうそうげんっ! びやくれんほう、喼急如律令っ……!」

 私の両腕に、力強く輝く白銀の爪が現れる。お父さんから受け継いだ、私のとっておきの呪装である。果たしてこの力で、どこまで戦えるものだろうか。

「それでは一本目……始め!!」

 夕弦さんの合図を皮切りに、他の陰陽師たちが一斉に距離を取った。

 ついに戦闘開始だ。もう逃げられない。

「い、行きますっ……!」ひざの震えを押し隠しつつ、刃夜さんを睨みつける。

 対する彼は私の呪装に目を落とし、眉をひそめていた。

「聞けば繭良様は、その白蓮虎砲でともやりあったとか」

「知ってるんですか」

「島の者は皆知っていますよ」刃夜さんが頷く。「しかしそのとき繭良様は、結局敵を仕留めきれず、そうせいの少年や“ざく”の十二天将の力を借りることになった、と」

「は……はい」

「情けないことです。あの清弦様なら、きっとそんな失態は犯さなかったでしょう」

 刃夜さんの挑発的な物言いに、私は思わずむっとしてしまう。

「なにが言いたいんですか……!」

「その白虎の爪が、ただのお飾りだということです」

「お飾り……!?」

 次の瞬間、胃のあたりに強烈な衝撃が走った。

「うく……はっ……?」

 いったい何が起こったのか。まったくわからなかった。

 気づけば刃夜さんの身体からだは、すぐ目の前に接近していたのだ。彼の手甲がこちらの腹部にじこまれるまで、私はそれを認識することすらできなかったのである。

「天若のルーツは暗殺稼業。先手を取るのはじようせきです」

 のどからかすれた吐息がれる。今にも胃の中のものが逆流しそうな気分だった。私は歯を食いしばりながら、なんとか痛みをこらえる。

 相手の速度に全然反応できなかった。まさか身を守る暇すら与えられないなんて。

 とにかく、まずは防御を固めなければ話にならない。あんな攻撃、もう一発もらったら間違いなく意識が飛んでしまう。

「が、がいほうごうっ!喼急如律────」

 私は発動の呪文を口にしようとしたのだが、

「無駄です」

 刃夜さんの巨大な爪が、私の手にしていた霊符を切り裂いてしまった。

「えっ」とあつに取られている暇もない。次の瞬間、黒い手甲による裏が私の横っ面に叩きこまれていたのだ。

「うっ……かはっっ!?」

 目の奥で火花が弾けるような衝撃。頭の中がぐわんぐわんと大きく揺れる。

「全ての行動がワンテンポ遅いっ……!」

 そう言いつつ、刃夜さんは再び私のボディに手甲を叩きこんだ。

「うっ……!」強烈な痛みと共に、胃液が喉を駆け上る。

 ────は……反撃しな……きゃ!

 そう思ったときにはすでに、私の身体は修練場の板張りの上にうつ伏せに倒れていた。

 誰がどう見ても、完全にノックアウトという状況だった。当主の威厳など、もはや欠片かけらもない。

 夕弦さんの「そこまで」という声が、無情にも場内に響き渡った。

「弱い……。十二天将の力を持っていながらこの程度ですか」

 ため息をつきながら、刃夜さんが私を見下ろした。

「先代様の足元にも及びません。やはり、繭良様に天若家当主の名は荷が重すぎるようだ」

「うう……」

「正直に言って、あなたがこの先、土御門島での戦いをくぐり抜けられるとは思えない」

 何も言い返せなかった。たった数十秒間の攻防で、私は立ち上がることさえできなくなってしまったのだから。

「その爪がこちらの喉元まで届かなかったのは、あなたに命がけの覚悟がなかったせいだ」

「い、命がけの、覚悟……?」

「この島ではね……常に命をかけたやり取りが行われてるんですよ。命を奪う覚悟も命を捨てる覚悟もない人間に、陰陽師は向いていません。自分に言えるのはそれだけです」

 それはまさに、心をえぐられるくらいショックな一言だった。

 私だって幾度かの実戦を経験している。これでも自分なりに、陰陽師として戦う覚悟を持って島に来たのだ。少なくとも、自分ではそう思っていた。思っていた……のに……。

「……それじゃ、ダメだったの……?」

 みをしながら、床板に目を落とす。

「命が惜しいなら、さっさとこの島から出ていくことですね」

 私には興味を失ったとばかりに、刃夜さんは「失礼」ときびすを返した。彼はそのまま修練場の敷居をまたぎ、外に出ていってしまう。

「期待外れだったな」「清弦様の娘といっても、こんなものか」

 様子をうかがっていた他の陰陽師たちも、一様に冷めたおもちだった。床にいつくばる私を虫けらのようにいちべつし、そのまま修練場をあとにしてしまう。

「あ、あのっ……! ま……待っ……て!」

 必死に喉から声を絞り出しても、彼らが振り向くことはなかった。まるで何も聞こえていないかのように、おもの方へと戻っていく。

「もう十分、繭良様の実力はわかった────ということでしょうね」

 夕弦さんが肩を竦める。

 私にはもはや、去る者たちの背中を見送りながら、ぐっと歯嚙みすることしかできなかった。

 出ていった彼らの気持ちもわからないではないのだ。たったひとりの陰陽師を相手に手も足も出なかった当主に、誰がついていきたいのかという話である。

 両腕の白虎の呪装に目を落とし、私は深いため息をついた。

 どうやら天若家十代目当主の前途は、とてつもなく多難らしい。

 

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