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たがやすゾンビさま

たがやすゾンビさま

小説:ぞんちょ
イラスト:もけお
魔王城から左遷されてきた新しい上司は、釣りが趣味で、野菜を育てる、熱いお茶が大好物の、変なゾンビ。
名前はラグラン。エルフ族だけど、色々はみ出してる。腸とか。
魔王軍はちょっぴりブラック。わりと無茶なダンジョン建造がまたはじまる… かと思いきや、新任のラグランは働かずにスローライフを満喫しはじめた。
蛇娘の秘書アシナさんは、働くことがなくなってちょっとそわそわしてしまう。お茶でも淹れればいいのかな。
そんなとき、人間のお姫様が就職面接にあらわれ、勇者の大隊が押しかけてきて…!? 食料&肥料〜〜!!
…ほんわかスローな異世界ファンタジー、腸ゆるめでお届けします。

〔上司が過労で死んじゃいまして♪〕

 そんなおっかない見出しを業務日誌という名の日記帳に書いてから、そろそろ二週間になるだろうか。両手で抱えた木の板にちらりと視線を落とし、女はため息をついた。

 過労死した上司をいたんでのため息……ではない。断じてない。上司を思って口から出るものがあるとすれば、それは乾いた笑いだけだ。

『今月の給料全賭けドキドキクイーズ。はいの趣味を我が輩より多く言ってみろゲコ』

『そこに古い書類の山があるゲコ。明日までに全部破いておくゲコ』

昨日きのうの書類は全部破けたゲコ? じゃあ今日はその書類を全部くっつけるゲコ』

『我が輩が働いてるのに、先に休むゲコって? あり得ないゲコ。ここに子供用の計算問題集があるから、我が輩が良しと言うまで解き続けるゲコ』

『我が輩のパワハラが目に余る? やれやれゲコね。今までのは茶番ゲコ。これからお見せするモノこそが本番。バリエーション豊富なハラスメントに、震え上がるがいいゲコ』

 といった感じの上司が過労死したところで、心にうれいがあるはずもなく。

 なんなら日記の見出しを〔上司が過労で死んじゃいまして♥〕にしようかと、二〇分ほど悩んだくらいだ。どうにか我慢したけど。〔死んじゃいまして♥〕じゃなくって〔死んじゃいまして♪〕で妥協したけど。

 しかし、上司を思ってのため息……という点はあながち間違ってはいなかった。過労死した元上司に代わり、今日、新上司が派遣されてくるのだ。彼女が抱えた木の板には、丸味を帯びた文字でこう書かれていた。

〔ようこそ。ロドノーク湿原へ〕

 …………

 背後を見やる。あたりには紫色の霧が立ち込めていて、自分の蛇尾すらよく見えない。馬車停留所の目印であるポールと旗がかろうじて確認できる程度だ。ここいらもロドノーク湿原の一部ではあるのだが、勤め先はこの濃霧を抜けた向こうにあった。

 ロドノーク湿原は大陸の最西端に位置しており、所謂いわゆる辺境にあたる。派遣といえば聞こえはいいが、こんな場所に送られるということはつまり――せんだ。ろく魔族がやってくるとは思えなかった。

 そんな懸念を裏づけるように、今朝けさ、新上司の情報が短文で届いた。人事担当者が多忙だったのか、はたまた面倒臭かったのか、情報はえらく簡潔なものだったが。

じゆつであり、自分自身もゾンビ。名前はラグラン〕

 加えて、特記事項にぽつりと以下の一文。

〔エンドレス過労死〕

 すごく嫌な感じがした。屍術師は大丈夫。死体を操ったり、死者をよみがえらせたりする屍術が得意な魔法使いのことだ。ゾンビも大丈夫。ロドノーク湿原で一緒に働いている仲間に、何体かゾンビがいるから。けれど特記事項のエンドレス過労死は……

 エンドレス。エンドレス過労死。果てしなく続く、過労死。

 手紙ではなく魔法の石版宛てに送られた短文だったため、筆圧などから担当者の感情を読み取ることもできない。けれども何故なぜだか、ものさわるようにタイプされた文字のように思われた。

 何度も読み返すうちに〔過労死〕の文字が本当に〔過労死〕なのか不安になり、試しに自分で〔過労死〕とように書いてみた。間違いなく〔過労死〕だった。

 そんなエンドレス過労死が、もうすぐここにやってくる。

(やだなぁ……会いたくないなぁ……)

 ため息以外になにか口から出せと言われたら、今朝食べた草ぐらいしか出せそうにない。

 こんなことなら、誰かに出迎えを付き添ってもらえばよかった――そう思ったとき。

 バヒュィフョロボボボ……

 馬のいななきが聞こえた。ぬかるんだ地面をえぐるひづめの音も。

 すぐに濃霧をけるようにして、巨大な馬車が現れた。黄ばんだほろの側面をこちらに向けて急停車し、双頭のばんが蒸気のような鼻息を吹き出す。それもすぐに濃霧に混ざり、見えなくなった。

「…………ほあぁ」

 いきなりの登場に圧倒されて、思わず目を見開いてしまう。が、幌の中から座席のきしむ音が聞こえ、あわてて表情を引きしめた。この中にいる。エンドレス過労死が。

 と――

「こ――こンのゾンビ野郎! ちんたら荷物まとめてんじゃねェ!」

 ぎよしや台からうわった声が響いた。続けてせかせかと後部へ歩く音。そして。

 乗車口をおおっていた幌が勢いよくね上がり、中から重箱のような物が飛び出してきた。

「え……ええっ!?

 とつに木の板を捨てて受け止める。思ったより重い。危うくつんのめりそうになった。

「ンぐうぅ……っ!」

 どうにか腰を入れたところで、改めて見やる。それはあさなわしばられた年代物の本の束だった。しわの寄ったザラついた表紙に、見たこともない文字。おそらく、古代文字で記された呪文書のたぐいか。魔法の石版の〔古代文字解読機能〕を使えば容易に読めるだろうが……

(……ちょっと待って。この手触りって)

 表紙を指先ででる。似たような感触を、彼女はつい二週間前に味わっていた。

(そーだ。これって、倒れてた元上司を起こそうとして触ったときと同じ……)

 元上司はカエル族だった。月二〇〇時間を越える残業に悲鳴をあげつつ、連日朝の五時まで魔族長会議に参加。休日もダンジョンの企画書執筆に取り組んでいた。すべてはへきから魔王城への栄転のために。しかし、彼の努力はむくわれることなく、ついには……

 発見したときにはすでに体中の水分が抜けきって、カピカピにらびていた。ちょうどこの古書の表紙みたいに。

(この本、ひょっとして……誰かの皮膚で作られてる……? うわ、わわわっ!)

 慌てて古書の束を手放し、彼女はにょろりと後退あとずさった。あっさりとぬかるみに落ちた古書が、泥のまつを散らす。陽に焼けたページにじんわりと茶色い染みが広がり、どろまりに波紋が描かれた。

(うぅぅ……やだなぁ。こんな気味の悪い呪文書を持ち歩いてるなんて……)

 馬車から誰も降りてこないうちに帰ろうかと悩むが。

「なんで俺がこんな貧乏くじを……な、なに見てんだ! さっさと降りろよッ!」

 再度、御者であろう者の声が響いて――また馬車からなにか飛び出してきた。

 本ではない。今度は男だ。銀色の髪に、長い耳。エルフだった。この男が――

(エンドレス過労死!)

 まず目についたのは、手首とひざを丸めた妙ちくりんな姿勢。まるで首根っこをつかまれて、放り投げられた猫のような……(たぶん、ホントに首根っこをつかまれて放り投げられたんだと思う)それと、赤ん坊でも背負うみたいに背中にくくりつけられた、ねんの入った丸い卓袱ちやぶだい。鼻先までえりが届く黒いロングコート。いくつものがいこつがぶらさげられたネックレス……

 悪趣味のごんみたいなかつこうをしたその男は、丸めていたをシュッと伸ばし、目の前に降り立った。両手を左右に広げたポーズなんかを取りつつ。

 どう反応したものか困っていると、彼の足下に革のかばんがばちゃりと叩きつけられた。

「こちとら明朝までに魔王城に戻んなきゃ賃金がパァだってのに……いいか! 次また俺様の馬車に乗りやがったら、タダじゃおかねェからなッ!」

 それが台詞ぜりふとばかりに、馬車は大きな弧を描いて転回すると、今来たばかりの道を引き返していった。すぐさま濃霧にまれ、馬の嘶きとむちの音だけが耳に残る。

 男は馬車が走り去った方向をいちべつしてから、足下の鞄を拾い上げた。付いた泥をはたき落とし、再び濃霧へと視線を戻す。

「労働者に嫌われている自覚はありましたが、よもや荷物を投げ捨てられるほどとは」

 どこか面白がるように、立てた襟の上からあごを撫でつけ、男は言葉を続ける。

「ここから魔王城まで普通の馬なら五日はかかるはず。急ぐ気持ちはわからなくもないですが、明朝までに帰るとなると……相当な負担をいられるでしょうね」

 果たして過労に倒れるのは御者か馬か。

 男は小声で付け加えると、んふふ……と独特な笑い声を発した。

「……おや?」

 ぎこちなく固まって眉をひそめるこちらの存在に、彼はやっと気づいたようだった。

「失礼」と一言添えて、手が差し出される。随分と細く、頼りなさそうな手だ。

「自己紹介がまだでしたね。どうのラグランと申します。どうぞよろしく」

「あっ、はい」

 エンドレス過労死って二つ名じゃなかったのか――そんな考えが頭をぎったが、おくびにも出さず手を返す。

「えっと、アシナっていいます。ご存知だとは思いますが、ロドノーク湿原の統治及び、ダンジョン建造を指揮するあなたを秘書として補佐するよう命じられており――って、アレ?」

 男は――ラグランは握手をうながすために手を差し出してきたのかと思ったが、どうやら違ったらしい。彼はこちらの手を無視して、地面の本を拾い上げた。

「むう。泥が染みている。いくつかのページが駄目になっていますね」

 残念そうな口調だが、決してそんなことはないであろうとんちやくな表情で、彼は本の束を揺すった。粘度の高そうな泥のしずくが辺りに飛び散る。

「う……すいません、受け止めたんですけど……うっかり落としちゃって」

「気にせずとも大丈夫ですよ。そんなに高価な本ではありませんから」

「はあ」

「ただ、表紙に人間のなめし皮を使い、ページにも赤子のうぶを織り込んであるから汚れづらい、という触れ込みだったのですが……古書店の主人に一杯食わされましたかね」

「ううぅ……やっぱり誰かの皮膚だったぁぁ……」

 ひとしきり泥を落とし終えると、本の状態を確認するためか、彼は縄を解いてページを開いた。見たいわけでもないのに目の前で開かれたものだから、つい見てしまう。

 果たしてどのような恐ろしい記述が記されているのか。怪しげな儀式の方法か。おどろおどろしい魔神のしようかん方法か。それとも――

「……えっ」

 開かれたそのページには、イラストが描かれていた。

〔鼻から脳みそを引きずり出す方法・図解入り〕だとか〔魔界一〇〇選・出会ったらだいたい死ねる昆虫図鑑〕だとか、そんな楽しくなさそうなイラストではなく――釣り人が池に糸を垂らしているイラストだった。盛大にパースが狂い、釣り人は首を一四〇度曲げてかなり無茶なカメラ目線になっている。が、それなりに楽しそうなイイ笑顔をしていた。

「あの、ラグラン……さん。その本って……屍術の呪文書とかじゃなかったんですか?」

「違いますよ。ご覧の通り、釣りのハウツー本です。ちなみにタイトルは〔バババンゴでもできる浅瀬釣り〕……暇になったらやってみたかったんですよね、釣り」

 あっけらかんと彼は言った。続けて、束ねていた別の本を示し、

「ちなみにこちらは〔バババンゴでもできる茶葉栽培〕と〔バババンゴでもできるログハウス造り〕です」

 バババンゴに託された過剰な期待はともかく、どうやらそれほどヤバい本ではなかったらしい。

(…………いやぁ?)

 浅瀬釣り? 茶葉栽培? ログハウス? なんだろう。ロドノーク湿原にある水場は毒の沼地だけだ。ダンジョン建造が上手うまくいかず、過労で死者も出ている。そんな劣悪な職場に左遷とばされたというのに、彼は――スローライフを送ろうとしている……?

「さて。そろそろ案内をお願いできますか。魔王城から座っていただけとはいえ、悪路の馬車旅はなかなかに疲れました」

 肩を回して関節を鳴らし、ラグランは返事も待たずに歩きだした。

「そうそう。道すがらで結構です」

 が、すぐに立ち止まり、

「釣りのオススメスポット、教えていただけます?」

 そう言って、顔の下半分を覆った襟越しにもわかる笑顔を、彼は浮かべた。

*この続きは製品版でお楽しみください。

 

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