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転生勇者が実体験をもとに異世界小説を書いてみた(第2回)

作・乙一

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 メールアドレスを交換してやりとりをした結果、例のメッセージの送信者は同い年の十七歳の女の子だと判明した。隣接した市に住んでいるらしく、最初のメッセージのやりとりから一週間後、会うことになった。

 

「直接、事情を説明させてください」

 

 本音を言うと小説が盗作かそうでないかというのはすでに問題ではない。俺は彼女に会って、確かめたいことがあった。彼女の方は、とても警戒していたけれど。

 当日、学校が終わって俺は電車で二十分ほどの場所にある彼女の地元の駅で降りた。街路樹の緑がきれいな雰囲気のいい町並みだ。駅舎は赤煉瓦で作られており、東京駅のミニサイズ版といったデザインだ。相手の顔がわからない状態だったので、スマートフォンの音声通話で連絡を取りあいながら、駅前に立っているお互いを探した。

 行き交う人たちのむこうに、スマートフォンを持ってだれかを探している女の子がいた。目が合って、彼女だとわかる。俺よりもすこしだけ背丈の低い、艶やかな黒髪の女の子だった。顔立ちがビスクドールのように整っており、彼女も学校帰りのためブレザーの制服を着ていた。会釈をしながら自己紹介する。

 

「どうも。『シーリム』を書いた赤城アオイです」

 

「……ゆ、柚子川ユウです」

 

 彼女は不安そうに目を泳がせる。ところで俺は日常的におこなわれる会釈という仕草を今回の人生でおぼえた。シーリムで暮らしていたころは、頭を下げるという仕草には重みがあり、王侯貴族に対して行う場合がほとんどだったからだ。だから異世界ファンタジー小説で会釈の日常描写を見かけたとき、すこしだけひっかかる。

 

 駅前のビルの二階にあるファミレスで俺たちはパフェを注文した。

 彼女はずっと落ちつかない様子だった。

 

「それで、柚子川さん。この前のメッセージのことなんだけど」

 

「あの、ご、ごめんなさい、盗作だなんて言って。だからゆるしてください。ほんとうにすみませんでした」

 

 今にも泣きそうな様子でいきなり謝られてしまう。声が震えていた。

 

「だ、だから、怒らないでください……」

 

「怒ってませんし。ちょっと、落ちついてください」

 

「でも、こんな風に呼び出したのは、怒ってるからですよね。謝罪を要求してるんですよね」

 

「ちがいますって。俺はただ、柚子川さんが転生者かもしれないとおもって、確認しに来たんです」

 

 彼女は怪訝な顔をして、だまりこんだ。

 長い沈黙の後、痛い人を見るような目を俺にむける。

 

「あの、前世の仲間を探すブームが大昔にあったらしいとネットで読んだことありますけど、それですか」

 

「よくわからないけど、それとはたぶんちがう」

 

 俺には前世の記憶があることを説明した。

 シーリムと呼ばれる世界で暮らしていたことや、そこでの体験を書いて投稿していたことを。

 

「俺の小説の地名に心当たりがあったんだよね? もしかしたら、はっきりと思いだしてないだけで、柚子川さんもシーリムで暮らしていたのかもしれないってかんがえたんだ」

 

 柚子川ユウはしばらく悩んでいた。

 

「……赤城さんの小説を読んでると、すこしなつかしい気がするんです。都市の名前を目にしたとき、その都市の成り立ちから、やがて滅亡するに至った経緯まで、なぜかぼんやりとわかるんです。小説にはどこにも書かれてはいないのに。でも、転生者だなんて……」

 

 そのとき、注文していたパフェが運ばれてきたので、スプーンを手に取り、クリームとアイスを均等な割合ですくって口に運ぶ。おいしさを味わうように目をつむり、満足そうに息を吐き出した。

 

「おいしすぎる」

 

 確信をこめて彼女は言った。それはおいしいだろう。現代日本ではありふれたパフェだけど、シーリムではこのようなすぐれた甘味を口にしたことはない。

 結局、俺の話を完全に信じてくれた様子は見られなかった。

 そこで俺は、特別な提案してみる。

 

「柚子川さん」

 

「何ですか?」

 

「そのパフェを床にぶちまけてみてください」

 

「え、いやですよ、そんなの。やるわけないじゃないですか」

 

「嘘です、冗談です」

 

 俺はおどろきを隠して返答する。

 スキルが、はじかれていた。

 彼女自身は気づいていないみたいだけど。【パフェを床にぶちまけて】という俺の言葉は、精神感応によって彼女の魂に命令したものだった。この世界の人間には確定で行使できたスキルが、しかし柚子川には効かない。おそらく彼女の魂の格は俺と同等かそれ以上。これではっきりとわかった。彼女はまぎれもなく転生者だ。

 

「……赤城さんて、変な人だって言われませんか?」

 

「落ちついてるって言われたことならあるけど」

 

 俺は彼女が転生者であることを確信し、彼女は俺が変な人であることを確信しているようだ。俺たちはそれから好きな小説の話をした。彼女は膨大な量のネット小説を読んでおり、最近ではスコッパーまがいのことをやっているという。スコッパーとは、まだ無名の読者がほとんどいないネット小説に目を通し、おもしろい作品を発掘したらSNSなどで報告する人々である。彼女は中学時代、登校拒否して自宅にいる時間が長かったとき、ネット小説ばかり読んでいたそうだ。

 窓の外が夕景へと変化する。そろそろ帰らなくてはいけない、と彼女は言った。パフェの代金は俺が支払うことにする。彼女は、同年代のだれかにおごってもらうことがはじめてだったみたいで恐縮していた。

 ファミレスはビルの二階にあり、彼女が先に階段を下りはじめた。そうなると柚子川の頭頂部が俺の視線の先にきたのだが、アホ毛があった。俺の視線を感じとったのかもしれない。彼女が手で頭頂部のアホ毛をそっと押さえたとき、たぶん足下がおろそかになったのだとおもうが、彼女は段を踏み外した。

 

「あ……!」

 

 姿勢を崩した彼女の手を咄嗟につかむ。

 触れた瞬間、ぱちん、という静電気のような衝撃があった。

 手から脳にかけて神経を焼き切るような負荷があり、目の裏側が熱くなる。しかしそれは一瞬のことだ。柚子川は俺の手にささえられたおかげで転ばずにすんでいた。俺を見上げて、すこしはずかしそうにする。

 

「ごめんなさい、ぼんやりしてました」

 

 その様子から、先ほどの負荷は俺にだけ生じたことだとわかった。

 今のが何だったのか、俺はしっている。

 外に出ると夕焼け空の下で帰宅途中の人々が駅前を行き交っていた。急に口数がすくなくなった俺を気にしながら、柚子川は帰っていった。

 

 シーリムには魔力という概念があった。人々の内側にそれらは蓄積され、ある種の力を行使する際に使用する。いわゆる魔法。体内の魔力を消費することで、何もないところから火や水を生み出すことができた。

 普通の人は、桶一杯分の水を出せば体内の魔力が枯渇して気を失う。ちなみに俺の場合は少々、事情が異なった。産まれたときから刻まれていた全身の入れ墨が、周囲の魔力を取り込んで無尽蔵に魔法が使用出来ることがわかったからだ。

 一方で魔族と呼ばれる者たちは異常な威力の魔法を行使することで有名だった。彼らは特別なやり方で魔力を体内に貯めこんでいたらしい。魔力の結晶化、および魂への固着化である。スマートフォンの大容量予備バッテリーみたいなものを自分の魂にくっつけているようなものだ。だからいつでも強大な魔法を連発できたらしい。

 魔族との戦闘中、体が接近すると、時々、ぱちんと雷が走ったような衝撃があった。相手の魂に蓄積されている魔力が、こちらの魂と干渉したことによる現象だ。ほとんどの場合、痛みも感じない程度のものだ。

 最大級の魔力干渉による、ぱちん、があったのは、シーリムの最果てで死んでしまうすこし前のことだった。神経が焼き切れるかと錯覚するほどの衝撃だった。その一瞬で、相手の魂に固着した膨大な魔力結晶の総量が把握できた。そいつの魂が宿していたのは、世界を三回は滅ぼせるほどの魔力だった。

 ユルト。彼女はそう呼ばれていた。

 シーリムの最果てに突如として生まれた特異点。魔族たちの王であり、それ以外の者たちにとっては絶望と同義語の存在だった。俺は否応なく人類側と彼女側との争いに巻きこまれて対峙することになり、最終的には相打ちという形でお互いに滅んだ。禁忌魔法による次元崩壊により大陸の一部は同時に消し飛んだはずだ。俺たちはその瞬間、お互いの肉体が分解して虚無の渦へと飲みこまれるのを見た。それが前世における最後の記憶だ。

 でも、虚無の向こう側にあったのがこの世界だったとしたら?

 絶望と同義語の彼女もまたこの世界に生まれていたのだとしたら?

 同時に俺たちは滅び、そして生まれ変わった。

 だから、同い年で、暮らしている地域も近いのではないか?

 柚子川ユウに触れたときの、ぱちん、という衝撃。あれはユルトのものだった。転生してもなお彼女の魂には膨大な魔力が備わっている。そのことが俺には恐怖でしかない。柚子川ユウという少女が、自覚のないままに、世界を消し飛ばせるほどの爆弾を抱えているように見えたからだ。

 

 

 

 

(Page4に続く)

 

 

 

 

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