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転生勇者が実体験をもとに異世界小説を書いてみた(第3回)

作・乙一

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「この前、会ったときには、恥ずかしくて言えなかったけど、なぜか初対面という気がしませんでした」

 

 彼女からメールが来る。それはそうだろう、前世で殺し合った仲だし。だけどそのことを決して言ってはならない。彼女にユルトのことを思い出させてはいけなかった。記憶がもどり、前世とおなじことを彼女がはじめたなら、この世の終わりだ。今の俺には無尽蔵に魔法を行使できる肉体がないため、対抗策など存在しない。現代兵器さえもユルトに対して効果があるかどうか疑わしい。

 

「転生の話は、まだ半信半疑ですが、これからもよろしくお願いします」

 

 俺たちはメールのやりとりをつづける。内容は最近読んだ小説に関することだったり、学校のことだったりと多岐にわたる。シーリムに関係する話題はあえて伏せていた。小説『シーリム』の執筆も中断する。今はそれどころではないし、続きを読ませることで彼女の記憶を刺激しないほうがいい。

 

「転生の件は、わすれてください。俺の思いこみでした。また今度、会いましょう」

 

 彼女との親交を維持したのは観察するためだ。もしも前世の記憶がもどりそうだったなら対処しなくてはいけない。でも、一般市民の俺にどんな対処ができるだろう?

 

 ユルトの記憶がもどる前の彼女ならば、あるいは、普通の人間と同じように殺せるだろうか。俺は殺人という罪をおかすことになるけれど、この世界のためだ……。

 

 しかしその場合、今世の両親に多大な迷惑をかけてしまうかもしれないな。息子が犯罪者になってしまうのだから。

 両親は普通の人だ。前世の記憶がもどる以前の幼児期における彼らとの関係性が、現代日本人としての俺の精神を形成しているのはまちがいない。それなりに愛情や親近感を抱いている。しかしシーリムのことを思いだして以降、今世における両親との関係は変化せざるをえなかった。

 

「アオイ、ご飯よ。そろそろダイニングに来てくれる?」

 

「なあ、アオイ。今度、山登りに行かないか」

 

「最近、パソコンで何を書いてるの? お母さんに読ませてよ」

 

「学校はたのしいか? 試験はいつ?」

 

 何もしらない子どものふりをして彼らと過ごさなくてはいけなかった。今世の両親はまだ若く、前世における死亡時の俺の年齢にさえ達していない。記憶がもどるまでの幼児期の七年間で彼らと積み上げたものは、前世の数十年間という強烈な土台が突如として地中から出現し、その衝撃により吹っ飛んでしまったのだ。

 俺がミスをして、「うちの子は普通の子どもじゃないんじゃないか?」という疑惑を両親に持たれたこともある。

 そのときは、精神感応を行使して一部の記憶を消した。

 疑惑を抱いてない状態に矯正することもあった。

 親子喧嘩になりそうなとき、精神感応による沈静化をほどこして、その場を丸くおさめる。だからいつも我が家は平和だったけれど、これがある種の洗脳であることは自覚している。

 かんがえごとをするとき、夕焼けの土手に座り込んだ。邪魔が入らないように自分を中心とした半径百メートルの範囲から生命を遠ざける。精神感応系スキルだ。一定範囲内の魂に対して無意識下に命令を行使できる。

 一人になると前世の少年時代をおもいだす。

 忌み子として両親から嫌われ、冬の森で裸足にしもやけをつくりながら、食べ物を探してまわった。そのときの、親から捨てられたという記憶が強烈なあまり、俺はすこし人間不審だ。シーリムで異性に好意を抱かれることもあったけど土壇場になって逃げだした。また裏切られて孤独を味わうのが怖かったからだ。

 だから今世において、精神感応を乱用し、心が傷つかないような、一定の距離を保った関係性を心がけていた。たとえ両親が相手だとしても。正常なことではない。それはわかっている。でも、裸足で森の中をさまよった少年時代の記憶が癒やされないかぎり、俺はだれかと深いつながりを得ることはないだろう。

 

 小説『シーリム』の続きを投稿しなくなったことで、俺のアカウントあてに心配するメッセージが届くようになった。「学業が大変なので更新をストップします」とブログに書いておく。しかし再開の予定は今のところない。本を書くという前世から抱いていた夢は、中途半端な状態で頓挫してしまった。

 一方、柚子川から衝撃的な話を聞かされる。

 

「実は、クラスの女子から無視されているんです。たまに、聞こえるような声で、ウザいとか、キモいとか、言われます。だけどまあ、それはいいんです。中学のときも似たようなことがあったから。でも最近……」

 

 定期的に彼女と会うようになっていた。学校が終わると電車に乗り、どちらかの最寄り駅で合流する。いっしょに書店をながめたり、無意味に町を散策したりする。空が茜色になるころ、駅前ロータリーのベンチに腰かけて雑談していたら、彼女が打ち明けてくれた。

 

「……最近、そういうことがあると、目の奥がちかちかしてきて、何か、変なものが見えるんです」

 

「変なものって?」

 

「骸骨でできた馬車です。馬も御者も骸骨で、車輪に炎がまとわりついていて、轍の跡が燃えているんです。デロリアンが通ったみたいに。これって、何なんでしょうか?」

 

 俺は曖昧にわらって「ニコラス・ケイジの『ゴーストライダー』みたいだね。あれはバイクだったけど」などとごまかしたが、実は心当たりがあった。

 それはかつてユルトが召喚した冥府の使者にそっくりだ。

 召喚されたそいつは馬車一杯に人間の首を詰めこむまで帰らなかった。

 柚子川はため息をつく。駅前を通る男性が彼女に視線をむけて通りすぎた。きれいな顔の彼女が、憂いをおびた表情になると、周囲の視線の吸引力が上昇した。

 

「その馬車、以前はもっとぼんやり見えていたのに、回数を重ねるごとにはっきりと、輪郭が明瞭になってきたんです。実在感をともなって、いつか私の中から出てくるんじゃないかって、怖くてしかたないんです」

 

 ん? もしかして無意識のうちに召喚しようとしてる?

 あいつを呼び出そうとしてる? それは十分にあり得ることだった。クラスメイトからうける行為に対し、彼女の心は過度なストレスを抱えているようだ。抑圧から解放されたいと望み、冥府の使者に助けを求めているのかもしれない。

 俺は冷や汗を流す。まずい事態だ。

 

「赤城君に話したら、なんだかすっきりしました。いつもありがとう、私と話してくれて」

 

「う、うん、いつでも、話くらいなら」

 

 彼女は俺のことを「赤城君」と呼び、俺は彼女のことを「柚子川」と呼ぶようになっていた。お別れの時間になると彼女はなごり惜しそうに手をふって帰っていく。空は血のように赤く、制服姿の彼女は濃い影を長くのばしている。

 さあ、どうすればいい?

 彼女の抑圧を何とかして取りのぞかなくてはいけない。できるだけ柚子川の心がおだやかでいられるようにしなくては大勢が死ぬ。精神感応系スキルによって彼女の抑圧を消し去ることができたらかんたんだったのだが、彼女はそれをレジストしてしまうだろう。

 だから、彼女の周囲の者たちに働きかけることにする。

 彼女にストレスをかけている周囲のクラスメイトたちには精神感応が効くはずだ。

 その日から俺の暗躍がはじまった。

 

 柚子川の通っている高校は女子校だった。俺は自分の高校の制服のまま校舎内に入る。普通だったら警備員に止められるはずだ。しかしすれ違う女子生徒たちも、教師たちも、だれも俺のことを気にしない。半径数百メートルの範囲内の魂に対し、俺の存在を感知しないように命令を発していた。その状態であれば俺は透明人間のようなものだ。あらためて精神感応系スキルに感謝する。シーリムでは赤ん坊にさえ効くことがまれで、虫よけ程度にしか使えなかったのに。

 柚子川にだけは効かないはずだから、彼女に遭遇しないように気をつけなくてはいけなかった。職員室で名簿を確認し、柚子川のクラスメイトの名前や住所をコピーすると、すみやかに校舎から退散する。

 その後は一人ずつ、柚子川のクラスメイトをたずねて話しかけた。

 精神感応を使用して警戒心を解き、情報を聞き出す。

 

「どうして柚子川ユウのことを無視したり、陰口を言ったりするんだ?」

 

「意味なんてない。たのしいから。あいつ、クラスでもういてる。小説なんて読んでるの、キモいし。ちょっと顔がいいからって、いけすかない。それに変な噂もある」

 

「変な噂?」

 

「霊感があるって。見えちゃいけないものが見えるって。だからあいつが怖い」

 

 前世がユルトだったことと何か関係があるだろうか?

 それが原因で周囲との不和が生じ、中学時代に登校拒否していたのかもしれない。

 

 俺は彼女に言った。

 

「彼女のことをもう無視しないでほしい。ウザいとか、キモいとか、言わないでほしい。他のクラスメイトと同じように接してほしい。これは命令だ」

 

 話をした後は俺に関する記憶を消しておいた。

 休日に柚子川と映画を観ることになった。私服姿の彼女にはじめて会ったのだが、お金持ちのお嬢様といった雰囲気の服装だった。そういえば彼女の家の生活水準をしらない。シーリムにおいて、すさまじく裕福な商人や王侯貴族たちとつきあいがあったから、富裕層とのつきあい方は慣れているつもりだ。

 ハリウッドが製作した恋愛コメディ映画を観た後、近くのファミレスに入る。サラダにマヨネーズが添えられていたので俺はうれしくなった。

 シーリムのことをおもいだす七歳以前の記憶はおぼろげだが、昔からマヨネーズは好きだったようにおもう。ネット小説において、異世界に転生した者たちがマヨネーズ作りをやるのはテンプレート化しているが、それも仕方のないおいしさだ。

 さきほど観た映画の感想について話した。主人公はヒロインに恋愛感情を抱かれているのに、まったくそのことに気づかないという設定だったが、そんなラノベみたいなことってあり得るのだろうか。実際にそういう立場になったら、すぐに気づきそうなものだが。全体的にコメディ展開の質が高く、映画の様々な場面をおもいだして、俺たちは笑いをこらえながら話をした。

 

「そういえば最近、クラスのみんなが話しかけてきてくれるんです。それまでの態度は何だったのっていうくらい、親しくしてくれるんです。最初は戸惑ったんですけど、学校がたのしくなりました」

 

 その日の柚子川はずっと表情が明るかった。とても機嫌がいい。目をほそめて、やわらかく彼女が微笑むと、前世がユルトだということをわすれてしまいそうになる。

 

「骸骨の馬車は? まだ見る?」

 

「そういえば、見なくなりました」

 

「それは良かった、心から、ほんとうに……」

 

「……赤城君が、何かしてくれたんですか?」

 

「俺が? どうして?」

 

「だって、赤城君に打ち明けてから、みんながやさしくなったから」

 

「偶然だよ。もしかしたら柚子川さんがいないところで、先生が動いてくれたのかもしれない」

 

「そうでしょうか」

 

「もしも、また何か悩み事ができたら、正直に打ち明けてほしい。俺は柚子川の心の平穏を第一にかんがえて生きていきたいんだ」

 

「わ、わかりました……。ありがとうございます……」

 

 うつむいた柚子川の耳がすこしほてったようになっていたが、またさきほどの映画をおもいだして笑いをこらえているのかもしれない。

 顔をあげた彼女は、すこしだけ目が赤くなっていて、泣いているみたいだったけど、それくらいあの映画がツボに入ったということなのだろう。

 笑いすぎて泣くことってあるから。

 

 

 

 

(Page4に続く)

 

 

 

 

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