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転生勇者が実体験をもとに異世界小説を書いてみた(第4回)

作・乙一

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「最近、シーリムの話をしませんね」

 

 俺たちは対話する。学校が終わった後や休日に。

 会う時間が作れないときは電話をすることもあった。

 彼女の近況報告を聞き、クラスメイトの様子を確認する。

 柚子川が俺の進路のことを気にしていたので正直に答えた。

 将来は本を書いて暮らそうとおもっていたこと。

 だけどもう執筆を辞めて、何か別の生き方を模索するかもしれないこと。

 

「シーリムのことは、しばらくの間、かんがえないことにしたんだ」

 

「どうして? 赤城君の前世だったんでしょう?」

 

「今世のほうがずっと大事だから。ああ、そういえば、今度、動物園にでも行ってみない?」

 

 シーリムの話題が出ると、すぐに別の話題を出して意識をそらす。

 

「動物園? パンダ! 行きたいです!」

 

 パンダという単語が唐突にはさまれたのは、最近、パンダの赤ちゃんがニュースで話題になっていたからだろう。俺たちはパンダの赤ちゃんを見るために動物園へ行くことになった。

 次の週末、空は曇っていた。パンダを見るためには行列にならんで整理券をもらう必要があると聞いていたので、晴天よりは曇天のほうがいくらかありがたい。

 柚子川の最寄り駅前で待ち合わせた。煉瓦造りの駅舎はあいかわらず素敵だった。どことなくシーリムの建築様式をおもいだす。

 花壇のそばに立って、スマートフォンでネット小説を読んでいると、視線を感じた。

 すこし離れた位置に見知った顔がある。

 

「赤城君? どうしてこんなとこにいるの!?」

 

 昨年、高校一年生のときにクラスメイトだった女の子だ。通りかかって偶然に俺を見つけたらしい。当時、俺は学級委員をまかされており、彼女は副委員長としてサポートしてくれていた。いわゆる戦友のような関係だ。いそがしい時期などは、二人でおそくまで学校に居残りをして雑務処理をしたものだ。そういえば彼女の家もこの辺りにあったのだ、とおもいだす。

 

「ひさしぶりだね。すごい偶然」

 

 花壇のそばで彼女と立ち話をすることになった。

 最近の様子を聞かれたり、昨年の思い出話をしたりする。

 元副委員長は意外とボディータッチをする人で、会話の最中におもしろいことがあると、心からおかしそうに笑いながら俺の肩や腕に触れた。

 待ち合わせの時刻になっても柚子川は来なかった。時間を間違えたかな、とおもって周囲をよく見ると、すこし離れた植え込みのそばに柚子川が立っていた。

 なぜかわからないが、傷ついたような顔でこちらを見ている。

 

「そろそろ俺、予定あるから」

 

「私も。じゃあ、またね」

 

 副委員長が手をふって立ち去った。駅舎の方にむかう。

 俺は柚子川にちかづこうとして、異様な気配に気づいた。

 彼女は不安そうに俺を見ていたが、その瞳が、ちか、ちか、と何度も赤色に明滅して見えたのだ。

 

「柚子川? 大丈夫か?」

 

「あ、あの、私……、お邪魔だったのでは……」

 

「邪魔? なんで?」

 

「さっきの方は」

 

「同じ学校の子で、仲がいいんだ」

 

「仲がいい……。とても、親しそうでした」

 

「うん、どちらかというと親しいよ。戦友みたいな関係かな。頼ったり、頼られたり、していたんだ」

 

 柚子川の目が、ちか、ちか、と赤色になる。

 彼女の視線が定まっていないことに気づく。植え込みのそばに彼女はうずくまり、両手で顔をおおった。

 ぱちん、と火花が飛ぶような衝撃がある。

 身体的な接触があったわけではないのに魔力干渉が生じた。

 嫌な予感がして精神感応を行使する。

 周辺一帯のすべての魂に、ここから急いで遠ざかるように命令した。

 一刻も早く! 逃げろ! と。

 駅舎の屋根にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 行き交う人々が、はっとした顔を見せて走り出す。

 彼らはどうして自分たちが避難しようとしているのかを自覚してはいないだろう。植え込みの周辺にいた虫たち、土中の生物たちも、俺と柚子川から遠ざかる方へ移動を開始する。

 

「柚子川、どうした、立ちくらみ?」

 

「わからないんです。何か、急に……」

 

 彼女が顔をあげる。赤色の瞳に見覚えがあった。

 シーリムに生まれた絶望と同義語の存在がそういう目をしていた。

 

「胸がざわざわして、すごく不安になったんです。そしたら、あれが出てきたんです」

 

「あれって?」

 

「あそこにいるやつです」

 

 柚子川が指さした方を振り返ると同時に衝撃が起こった。

 地面がゆれて、赤煉瓦の駅舎の壁や屋根がひしゃげるように砕けて大量の土埃を巻き上げる。

 何か巨大なものがそこに降り立ったのを感じた。

 腹の底から震えるほどの破壊の衝撃がおそってくる。

 地面にひび割れを発生させながら、そいつが土埃の奥から姿を現した。

 骸骨でできた馬車だ。無数の人骨が寄せ集められて馬車を形成している。車輪は炎をまとわりつかせ、肌が焼けるような熱を放射している。

 柚子川はそれを目にすると、貧血をおこしたように気絶してしまった。倒れ込む彼女の体を受け止める。魔力干渉による、ぱちん、という衝撃はない。静電気と同じで、毎回、起こるわけではないらしい。

 がれきを散乱させながら、召喚された冥府の使者が馬車を前進させる。圧倒的な巨大さだ。路上駐車していた車は馬たちに踏みつぶされて金属のひしゃげる音をまきちらす。そいつはビルの外壁を削りながら移動した。轍は燃え上がり、破壊された車やアスファルトは溶けはじめる。

 馬車を御する骸骨は黒色の甲冑を着ていた。禍々しい気配を放っている。

 どうしてこいつが呼び出されたのかわからない。柚子川の心が抑圧状態にならないように気をつけていたはずなのに。

 避難はまだ十分に完了していない。逃げた人々が遠くのほうにいる。そちらにむかって骸骨の馬車が加速をはじめた。こいつをこのまま放置したら、町中の人間を殺戮するまで帰らないだろう。シーリムで暮らしていたとき、こいつに滅ぼされた都市を見たことがある。何とかして冥府に帰ってもらうしかない。その方法がひとつだけあった。

 召喚した主を大急ぎで殺害することだ。

 召喚の契約は破棄され、こいつは冥府にもどってくれるだろう。

 召喚した主とは、柚子川のことだ。俺は彼女の頭を両手ではさみこむ。艶のある黒髪が指の間からたれさがった。彼女の寝顔はとてもきれいだ。勢いよくひねって、首の骨を折るやり方は、経験がないわけじゃない。血なまぐさい生き方をした前世で、何度か悪党を相手にやったことがある。

 しかし、そのとき声が聞こえた。

 

「止めよ。おまえが力をこめるよりも前に、その腕を消し去ることなど造作もないぞ」

 

 威厳のある声だった。柚子川のくちびるがうごいている。

 彼女のまぶたが上がり、赤色の瞳が俺に向けられた。

 

「久しいな、人間の勇者よ」

 

     × × × 

 

 私が彼に恋愛感情を抱くようになったのはいつからだろう。

 会う前は緊張した。盗作を疑ったメールのことで怒られるんじゃないかとおもっていた。しかし彼は穏やかな物腰の男の子だった。

 彼はシーリムと呼ばれる異世界の存在を確信し、前世はそこで暮らしていたのだという。私もシーリムの住人だったのかもしれない、と言われたが、判断に迷うところだ。

 高校の教室で私はクラスメイトから無視されることがおおかった。声をかけても素通りされたとき、自分の存在が消されたようにおもえてくる。自分には存在価値がないんじゃないか。死んだ方がいいんじゃないか。そんなことを考えはじめると、食事ものどを通らなかった。

 最初に彼と会ったとき、ファミレスでパフェを食べた。甘みが口の中にひろがって、ひさしぶりに心から、おいしいとおもえた。むしろそうおもえたことで、最近、何を食べても味がしなかったのだと、ようやく気づいたくらいだ。

 不思議だ。まだそのときは、それほど言葉を交わしていたわけじゃないのに。

 彼が私の前でシーリムの話をしたのは最初だけで、その後は話題にあまり出なかった。そのかわりに私たちは、いろんな話をした。

 彼といると落ちつく。家族やクラスメイトといっしょにいるときは、なぜだかわからないが、自分が異邦人になったかのような疎外感を味わうのに。

 日本人として生まれてきたはずだけど、自分の母国はどこか他の場所にあるのではないかという違和感があった。だけど彼と話しているときは、それがない。心にうかんだ言葉を、そのまま正直に口にすることができた。

 教室で居場所がないことを話すのは勇気のいることだった。もしかしたら気持ちが悪いとおもわれて関係を断たれるのではとさえ心配した。しかし、教室で無視されたとき、まぶたの裏側におもいうかぶ、おぞましい骸骨の馬車が気になって、彼に相談してみることにしたのだ。

 彼の小説『シーリム』にも骸骨騎士のモンスターが登場したはずだ。何かしっているかもしれないと期待したが、彼にも心当たりがないらしい。

 相談をして数日後、クラスメイトたちが突然、私に話しかけてくれるようになった。劇的な変化にすこし怖くなったが、おかげで学校にいるとき、消え入りたくなるようなみじめな気持ちにならなくなった。

 クラスメイトの変化と、彼に相談したことに、何らかの関係はあるだろうか?

 偶然かもしれない。だけど私には、彼が一人ずつクラスメイトの家を訪ねて、諭してくれたんじゃないかという気がしてならなかった。彼と会って話しているとき、その光景が一瞬だけ垣間見えたのだ。

 ちいさなときから、そういうことがたまにある。見てはいないはずの光景がすこしだけ見えるのだ。そのせいで霊感があるなどと言われて中学時代は孤立したけれど。

 赤城アオイ。彼は私の話を聞いてくれる。

 存在を無視せずに、私の意思を尊重し、目を見て言葉を交わしてくれる。そうしてくれる人がいるというのが、奇跡なのだということを私はしっている。友だちでも、恋人でも、そうしてくれる人がいるだけで、人はさみしさから救われるのだ。

 彼に心から感謝した。だけど同時に不安にもなる。

 どうして彼は私なんかにかまってくれるのだろう?

 今は私のメールに対して返信してくれるし、電話にも出てくれる。だけどその関係性は永遠のものだろうか。そのうちに彼に、もっと親しい存在ができたら、私のことは忘れてしまうにちがいない。そうおもうと心細い気持ちになる。

 パンダを見に行く日、待ち合わせ場所に行くと、彼が親しそうに女の子と話をしていた。ただそれだけなのに、目の奥が、ちか、ちか、と明滅する。

 胸の奥にあるのは、たぶん、嫉妬だった。

 彼が女の子とわかれて、私に話しかけてくる。負の感情が膨れあがるのを抑えきれず、体が爆発しそうになったかとおもうと、世界がゆれて、彼の背後にあった駅舎が崩壊した。

 その後のことはおぼえていない。気絶していたらしい。

 気づくと私は彼に背負われて土手にいた。

 ヘリコプターの行き交う音や、消防車のサイレンのような音が遠くから聞こえていた。

 

     × × × 

 

「人間の勇者よ、ここはシーリムではない。前世の諍いを持ちこまなくとも良かろう?」

 

 俺は柚子川の首を折るために頭を両手ではさんでいる。しかし彼女の話によれば、俺が力をこめようとした瞬間に腕が消し飛ぶという。嘘ではない。俺は身動きできず、彼女の赤色の瞳から目がそらせない。

 ユルトと言葉を交わすのは、はじめてだ。前世においては、意思の疎通などできないほど、人間と魔族は言語体系がかけ離れていた。

 

「シーリムでの諍いを持ちこむなって?」

 

「その通りだ」

 

「人と敵対しないってこと?」

 

「その意思があったなら、すでにおまえは骸となっている」

 

 今世での俺は精神感応が仕えるだけの、ただの人間だ。

 一方で彼女は魂に膨大な魔力を固着させている。ユルトの記憶がもどったなら魔法も難なく使用できるはずだ。無詠唱で瞬時に俺を殺すことなど造作も無い。

 召喚された骸骨の馬車が、路面を粉々にしながら急停止した。突如、霞みのように消える。ユルトが冥府に帰してくれたらしい。それを確認してようやく柚子川の頭を離す気になった。

 彼女を植え込みのそばに座らせる。

 

「柚子川は……」

 

「今は寝ている」

 

「寝ている?」

 

「人格の統合は行わないことにした。今世の妾の人格では、前世の記憶に耐えられそうにない。そのため魂を分割し、別個に存在できるようにしておいた」

 

「じゃあ、柚子川は消えたわけじゃないんだな?」

 

 俺が安堵していると、赤い瞳の柚子川が、口もとを悪魔のように引きつらせて笑う。邪悪だがその表情は艶めかしく美しい。

 周囲はひどい惨状だ。半壊した駅舎から火の手があがっていた。駅舎にいた人々や、さっきまで話をしていた元副委員長は無事だろうか。そこら中のアスファルトがひび割れ、溶けている。精神感応で避難させた人々は視界の範囲には見当たらず、俺と柚子川だけがいた。

 彼女は立ち上がり、すこしだけ宙に浮いて俺を見下ろす。

 本来の容姿の美しさに、超然とした雰囲気が備わって神々しい。

 

「かつて人間の勇者だった者よ、妾の望みを聞いてくれないか」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「冥府の使者を呼び戻すまでだ」

 

「わかった、聞こう。何が望みだ?」

 

「今世の妾と、仲良くしてくれ」

 

「上から見下ろして、脅迫するように言う内容なのかそれ……」

 

「おまえが仲良くしてくれるかぎり、妾は無闇に力を行使せず、人類と敵対しないことを誓おう」

 

「前世では人間を滅ぼそうとしたのに?」

 

「前世の妾は、魔族を守ろうとした結果、人と敵対した。しかし今世に魔族は存在せず、妾は人として生を受けている。敵対の理由はない」

 

「わかったよ、俺も誓う。今世のおまえと仲良くするよ。そんなことが望みだなんて」

 

「生きていることのさみしさを薄れさせるためだ。おまえにもあるはずだ、さみしさの根源が」

 

 シーリムでの少年時代のことをおもいだす。

 冬の森で彷徨った夜のことを。

 

「ああ、そうだな。だれにでもそういうのはある」

 

「契約成立だ。妾を受け止め、丁重にあつかえ」

 

 邪悪な笑みをうかべたかとおもうと、彼女は目をつむり、体がわずかに発光する。宙に浮いていた柚子川が羽毛の落ちる速度で降下してきたので、そっと抱き留めた。彼女は痩せており、ほとんど体重を感じさせない。かとおもったらそれはユルトの魔法的なものだったらしく、すぐに彼女の重みが腕の中にのしかかる。

 柚子川を背中に負って俺たちはその場を離れた。

 川沿いに移動しているとき彼女が目を覚ます。

 ぼんやりとした顔で、頭上を飛びかう報道ヘリを見上げていた。

 駅舎の突然の崩壊はガス爆発によるものではないかと報道されていた。骸骨の馬車を目撃した者たちがスマートフォンで撮影してInstagramやTwitterに投稿していたが、あまり本気で相手にはされていないようだ。CGによる合成画像もしくは合成動画だと判断されたらしい。怪我人はいたものの、死者数はゼロだったという。

 

 柚子川とあらためてパンダの赤ちゃんを見に行った翌日、俺は小説『シーリム』の執筆を再開した。もともと柚子川がシーリムの記憶をおもいださないようにとの配慮で中断していたのだ。ユルトが覚醒した今となっては、執筆を中断する理由はない。

 書き上げたものを小説投稿サイトにアップロードすると、すぐに反応があり、感想が書きこまれる。「待ちわびた」「おもしろかった」「エタるのかとおもってました」。みんなのコメントに目を通しながら、俺は充足感につつまれる。

 柚子川からも感想をもらった。

 俺が小説の続きを書きはじめたことをよろこんでくれた。

 彼女との交流には細心の注意をはらわなくてはいけない。彼女の魂の一部分にユルトが存在しており、彼女は口出しこそしないが、おそらくすべて監視されているとおもったほうがいい。何か問題が生じたら出張ってくるはずだ。

 しかし、前世では人類に対して徹底抗戦の構えだった彼女が、今世においてはずいぶん丸くなったものだ。柚子川ユウとして生きてきた記憶が彼女を歩み寄らせたのかもしれない。

 

 柚子川は精神感応をレジストする。だから洗脳、強制的な説得、記憶の改ざんができない。コミュニケーションにおける失敗を帳消しにできず、ささいな喧嘩も起こった。俺は否応なく彼女と向き合わされる。一定の距離を保って、波風をたてないように過ごすことはできなかった。心に傷ができることもあるが、そのかわりに彼女との交流には真実の重みがある。心にかさぶたのようなものを作りながら、俺たちは付き合っていくことになる。

 

「赤城君を見ていると、時々、全身入れ墨の少年が見えるんです。『シーリム』の主人公ってあんな感じなんだろうなっておもいます」

 

 彼女はまだ、俺の前世の話に対し、半信半疑の立場をとっている。

 それでもかまわない。

 

「その子はたった一人で、冬の森の中を、裸足でさまよい歩いているんです。さみしさに泣きそうになりながら、ひもじさに耐えているんです」

 

 一人になりたいときは、あいからず夕焼けの土手に座った。

 半径百メートル以内にだれも入ってくるなという精神感応感領域を作る。

 すべての生命は俺のそばに入っては来られない。

 それでも平気で彼女だけはやってきた。

 俺のとなりに腰かけて、毛布をかけるみたいに腕をまわして抱きしめる。

 俺たちはいつからか、そういう関係性になっていた。

 

「もう大丈夫って、言ってあげたいです、その子に」

 

 

 

 

END

 

 

 

 

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