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確率浮動の禁断転移 シュレディンガーのトイレポーテーション
  • ジャンプ小説新人賞テーマ部門受賞作

確率浮動の禁断転移 シュレディンガーのトイレポーテーション

著:kztk イラスト:ぴよもり
あらすじ
主人公の「俺」はあるきっかけで、世界中の個室トイレから個室トイレに自由にワープできる力を手に入れた。その能力を駆使して都内各所のトイレを移動して楽しむ「俺」。自宅のトイレで謎の金髪少女と出会い、自らの能力の意味を知ることになるまでは……。
ジャンプ小説新人賞テーマ部門、銀賞受賞作!!
 

 

 俺は選ばれた人間だ。
 この狭い日本をさらに狭苦しくしている凡百とは違う。
 明晰な頭脳や、恵まれた体躯を持つ人間も、俺の生まれ持った才能には敵うまい。
 なぜなら俺の持つ天から与えられし贈り物は「超能力」だからだ。
 しかも、テレビのオカルト特集でたまに出てくる、ちょろっと水を出すとか煙草に火がつけられる、とかいった適当な超能力ではない。
 俺の能力はワープ。
 俺は頭の中で思い浮かべることができる場所ならどこにでも、空間的な制約なしに一瞬で移動することが可能だ。
一度行ったことのある場所はもちろん、地図や写真で現地の景色がわかればオーケーだ。
新幹線も飛行機も必要ない。俺にかかれば空間座標など無意味なもの。
そう、今俺は物理法則を超越する人間!
「ははは! はは、はははははははっ!!!」

「うっせーぞっ!」

 バァンッ!
 盛大な音とともに、薄いベニヤ板が震えた。
「ひっ! ご、ごめんあさい!」
 俺は間仕切り越しに見知らぬ誰かに謝罪した。
「ったく、用くらい静かに足させろや」
 水洗の音の後に、荒々しく戸を閉める音が続いた。
 空気乾燥器の音が止んでから、俺はゆっくりと息を吐いた。
「……ふぅ」
 俺が今いるのは駅に併設されたデパート、その三階にある男子トイレの個室。
一階と二階にも男子トイレがあり、三階は婦人服売り場がそのほとんどの面積を占めるため、ここは安全地帯だと思っていた。それなのに、隣に人が入っていたとは我ながら迂闊だった。
 まあいい。
 この個室!
 この1平方メートルこそわがテリトリー!
 ここが俺のホームグラウンドだ!
 何人たりともわが行く手を阻むものはいない!
 俺は便座に腰かけながら『考える人』のようにヒザに肘をつき、哲学的姿勢をとった。
 そして、瞑想にふけるように、自宅二階にあるトイレを頭の中で思い浮かべた。
 まるで新緑を縫うように雪解け水を運ぶ、春の小川のせせらぎのような音。
 訪れる静寂。
「ここだっ!」
 タイミングを見計らい、小の方向にレバーを引く。
 小川は大河に交わり、荒々しい水音を立てる。
 やがて大海へと流れ込むその風景に思いをはせながら、意識が溶け落ちる。

 ゆっくり目を開けると、そこには二〇一五年の巨人軍のカレンダーが掛かっていた。
 六月だからなのか、背番号六の坂本勇人が自分で打った打球を見上げている写真が載っている。「躍動」というスローガンにぴったりの写真だ。
 右手に視線をずらす。座りながらすぐ手の届く高さに本棚があり、先月発売された雑誌や新刊のライトノベルが並んでいる。
 左手には、小さい窓があり、その窓枠にはダブルのトイレットペーパーが二ロール置いてある。
 俺がいたのは勝手知ったる我が家のトイレだった。
 俺は便座の上に先ほどの哲学的な姿勢のまま、静かに座っていた。
「完璧だ」
 駅から自宅までの七00メートル。その距離を瞬時に移動したのだ。ふふ、これくらいの距離の移動、俺にとっては造作もないことだがな。
 ふと、坂本勇人がゆっくりと遠ざかっていく。
 おや、と思っていると、
「げ……」
 轢殺されたミミズをもろに見てしまったかのような声がした。
 見上げると、妹の加奈が顔をひきつらせていた。
「お前、またアレやったの?」
 アレとはもちろん俺のテレポーテーションのことだ。
「ああ、持っている能力を行使しない理由がない」
「いや、あるでしょ。迷惑、私たちに」
「はは、完全無欠の瞬間移動だ。多少の犠牲は致し方あるまい?」
「完全無欠? いつもケツまるだしじゃん」
「おっと」
 彼女から見えない角度で急いでズボンとパンツをずり上げ、チャックを閉じる。何が見えないかは言わずもがな。
 加奈がこれ見よがしにため息をつく。

「まったく、瞬間移動っていっても、トイレとトイレの間限定なんでしょ?」

「ま、そうなんだけど」
 そう超能力とはいえ、制約はある。
 瞬間移動とはいえ、任意のポイント間を無条件で行き来できるわけではない。移動元と移動先は個室のトイレでなければいけないのだ。
またトイレの状態や種類によって、微妙に条件も異なるのだが、今は置いておこう。
「すごいのかすごくないのか、よくわからない。お前の煮え切らない人間性が顕現したような能力だよね」
「なんで壮絶にディスられたの、俺?」
「さっさとどかないからだよ! なんで私がドアを開けたと思っているんだ!」
 見ると彼女は前のめりで大腿部に力が入っている。
 まあ、トイレのドアを開けたらすることは一つだよな。
「ああ、すまんすまん」
 俺は彼女のために便座を譲った。
「温めておきました」
 現代の藤吉郎とは俺のことさ。
「おまっ!」
 乱暴に閉められるドア。
 どうしてみんなもっと優しく戸を閉められないのだろうか?
「うわっ! ほんとに温い! きもっ!」
 数秒して、個室の中からは加奈の罵声が聞こえてきた。

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