ジャンプ×ノベル JUMP j BOOKS

01/02

来 訪 の 時 間

「まあまあ皆さん、そんなに落ち込まないでください!」
 冬休みが明けたE組では、元気なくしょげている生徒が多数いた。殺(ころ)せんせーがそんな生徒達を必死に励ましている。
「だってさー、俺らだけ王女様に会えないんだぜ、ずりぃよー」
 椅子の背にもたれた前原(まえはら)が、天井を仰いで愚痴を言った。

 今日の1時間目、椚ヶ丘(くぬぎがおか)中学本校舎の講堂で全校集会が行われた。
「すっごいイケメンだわー」
「プラチナブロンドに青い目! 背も高いし、完璧!」
「若くてイケメンで大使って、超エリートだよな」
 女子からも男子からも褒め言葉しか出てこない。そんな生徒達の賞賛を一身に受けた外国人の男が、講堂の壇上で話し始めた。
「椚ヶ丘中学のみなさん、こんにちは。私は駐日ノルゴ王国大使のステルドと申します。この度、浅野(あさの)理事長のご厚意で、私の祖国ノルゴ王国のレア王女があなた達の英語ディベート大会に参加させていただくことになりました」
 駐日大使が独特なアクセントのある流暢な日本語で挨拶すると、講堂にいる生徒達がざわめいた。
「レア王女は、皆さんと同じ15歳です。今回のディベートのテーマ『国際平和への貢献とは何か』について皆さんと同じようにたいへん強い関心を持っていて、皆さんと会えるのを楽しみにしています」
「うわー、マジか」
「じゃあ、王女と直接しゃべるチャンスあるんじゃね?」
「すげーな! この学校に来てよかったー」
 大使は生徒達の無邪気な反応を満足そうに眺めた。
「さらに、レア王女のディベート参加に先立って椚ヶ丘中学の代表をひとり、王女のお相手として静養先にお招きいたします」
 壇上に一人の生徒が上がった。浅野学秀(あさのがくしゅう)だ。壇上に降り注ぐ照明を浴びながら、浅野は堂々とした態度でマイクの前に立った。
「レア王女のエスコート役を仰せつかって光栄です。王女に静養を楽しんでいただくよう、頑張ります」
 自信にあふれた表情で大使に向かって宣言した。

「で、俺らE組は『外部受験対策に専念させる』という理由でディベート大会に参加出来ない、ってわけ」
 前原は頬杖をついた。
「まあ、いつものことだよね……」
 あきらめ口調で渚がぼやくと、思わず中村(なかむら)が本音を口にする。
「こんな時だけはA組も浅野君もうらやましいなぁ」
 それを聞いた殺せんせーはちょっと考えて、黒板にさっとノルゴ王国の地図を描いた。
「ノルゴ王国はヨーロッパの北、いわゆる北欧にあります。面積はそんなに広くないですが、山あり、湖あり、平原あり、の実に美しい土地です。ノルゴ人は、背が高くて金髪、青い眼の人が多いですね。全校集会に参加した大使も、レア王女もそうです」
「来日のニュースでレア王女見たけど、すっごいキレイで憧れちゃう」
 矢田(やだ)が王女への憧れを口にする。磯貝(いそがい)も王女のことを褒め讃えた。
「あの歳で国際平和について発言したりしてんだぜ。立場が立場だけに、ふつう慎重になってはっきりした主張を言えないと思うけど、勇気あるよなあ」
「磯貝君、それには理由があるようですよ」
 殺せんせーはノルゴ王国を起点に、地図を一気に広げて描く。海に挟まれた狭い地域を指した。
「ここは大陸の交差点と呼ばれる地域で、残念ながら紛争が絶えません。レア王女のお母さんはここの出身で、難民としてノルゴ王国にたどり着いたあと、大恋愛の末、現在の国王と結ばれました。王女が平和を強く願うのはよく理解できますねぇ」
 うんうんと磯貝がうなずく。
「とってもロマンチック!」
 矢田がため息をつくと、中村も頭の上に腕を組んで嘆いた。
「聞けば聞くほど会ってみたいなぁ。ウチらだけ参加できないってひどいよー」
「こればかりは先生でもどうしようもないですからねぇ」
 生徒達の嘆きに応えることができず、殺せんせーもしょんぼりしてしまった。そこにビッチ先生がやってきた。
「あんた達まだ落ち込んでるの? しょうがないわね。じゃ、特別に私がノルゴ王国で仕事したときのこと話してあげるわ。そうね、あの時、暗殺の標的に近づくために、私が狙いを定めたのは若い外交官だったわ。国王主催のパーティーで人目を盗んでキスをしたら、彼ったらメロメロのギンギンになっちゃって……」
 ビッチ先生は、そこで話を止めると生徒達の顔を見回した。
「……ったく、ノってないわね。あんたたち、ちゃんと聞きなさいよ!」
 ビッチ先生はむくれて話題を変えた。

 一方、浅野学秀は東京郊外に位置するラグジュアリーホテルのフロントに来ていた。レア王女をエスコートするという重要な役割を与えられ、奮い立っていた。日本の芸能人や要人などに会うのは日常茶飯事だったが、さすがに外国の王族と会うのはめったにない機会だ。ホテルのフロントが浅野の身分についてスタッフに照会している間、自分に言い聞かせた。
 ――何があってもあわてず、王女をもてなすことに徹しろ。王族という肩書きに臆するようでは、これから上に立っていく者として失格だ。
 エレベーターの横に設置されている大きな鏡でもう一度身だしなみを確認してから、王女のいるスイートルームへと向かった。

 浅野は部屋の中に通されると、王女が現れるのを待った。あたりを見回すと、そのスイートルームは落ち着いた色調で統一され、格調の高い雰囲気だ。
『こんにちは、ガクシュー』
 奥の部屋から姿を見せたレア王女は、フリルのついた白いブラウスに赤いスカートをはいていた。その色は真っ白な肌の色を引き立てている。瞳の色は、空を思わせるような鮮やかな青だ。浅野は思わずその瞳を見つめたが、失礼にならないよう視線を軽く外した。
【初めまして、レア王女】
【あら、ノルゴ語がお出来になるの?】
 レアは浅野のノルゴ語の挨拶に目を丸くした。
『いえいえ、挨拶だけです。名前をお呼びいただいて光栄です。この後は英語でお願いします』
『堅苦しい挨拶は抜きにして、どうぞ座ってください』
 レアはソファに座るよう浅野にうながした。
『あなたのことを待っていたんですよ。私、同じ年頃の子と普通のお話をする機会が少ないんですもの。今度、椚ヶ丘中学に行くのをとても楽しみにしています。大きな学校と聞いていますが、生徒は全部で何人ですか? それに外国人もいるのかしら?』
『僕の学年は188人います。全校では600弱ですね。秋にはアメリカやブラジルからも留学生を受け入れました。椚ヶ丘中学は日本でも名高い進学校ですので、海外にも名はよく知られています』 『……皆さんとても優秀なのね』
『それでも英語のディベートをするにはまだ拙いところもありますが、王女を手本にしてしっかり議論を戦わせたいです。どうかお手柔らかに』
『あら、わたしだって英語は母国語ではないから、おあいこですよ。英語の授業は週に何回くらいなの?』
『読解と英会話あわせて週に7回です。ただ、僕みたいにすらすらしゃべることができるのは残念ながら少数ですよ。今度のディベートのテーマは【国際平和への貢献】です。王女が国際平和について積極的に発言されているのは、よく存じ上げています。日本の中学生はいくら勉強したところで、平和の大切さを肌で感じることは難しいです。ぜひ、王女の姿勢を見習って、国際平和への真の貢献とは何かを、学ばせてください』
『わたしだって、そんな難しいことわからないわ。そんなに堅苦しくなるのはよしましょう。せっかくこうやっていろんなことを話せる機会なのだから』
 レアはティーカップの中をスプーンでかき回した。
『ディベートはもちろん楽しみにしているけれど、みなさんとお会いすること自体が楽しみだわ。たとえば、ふだんどんな遊びをしているかなんてことにも興味あるし。日本はテレビゲームが盛んでしょうけど、それ以外にはどんな遊びをしているの?』
『そうですね、クラスの手下……じゃなくて仲間と一緒にCDリリースに向けてバンドの練習をしたり、社交パーティーに参加したりと忙しく過ごしていますよ』
 浅野の返事に、レアは笑顔を引きつらせた。笑顔のまま固まっているレアの様子に気づいた浅野は、自分がなにかまずいことを言ったかと思い、王女に声をかけた。
『王女……なにか失礼がありましたでしょうか? おわび申し上げます』 
『失礼なんてなにもなかったわ。完璧よ。英語も完璧、態度も完璧、身だしなみも申し分ないわ』
 王女の言っていることが理解できず、浅野は戸惑った。
『わたしはね、普通の中学生と交流したかったのよ。ふだんつきあう人達は限られた人ばかりで、新鮮味がないの。あーあ、せっかく日本に来たんだから普通の中学生と話したかった』
『僕もみんなと同じ普通の中学生です』
『なら、普通の中学生みたいに、何か面白いこと言ってみてくれる?』
 レアが駄々をこねた。ふだんなら、浅野は面白い話の一つや二つすらすらと出てくる。
 ――気の利いた笑い話ならパッと思いつく。でも、いまそれを披露したら、よけいに僕の完璧さを強調してしまう。それに、ノルゴ王国の笑いのセンスってどんなだったろう? たしか、日本と違って突拍子もない力業の笑いがウケると聞いたことはあるけれど……。
 浅野が答えに困っていると、レアは突然立ち上がった。
『もういいわ。外に出ましょう』
 レアはさっさと歩き出した。呆気にとられて浅野はレアの様子を見守っていたが、レアがコートを羽織って本当に外に出ていくつもりだとわかると、急いでその後を追った。
浅野が廊下に出ると、護衛があわてて追って来る。エレベーターの扉が開き、浅野と護衛はギリギリ滑り込んだ。エレベーターに間に合って浅野はほっと一息つく。レアの表情はさきほど部屋にいた時と違って、楽しげだ。
 エレベーターを下りると、レアはホテルの敷地内にある庭園に向かった。
 その庭園の中心には池があり、鮮やかな色の錦鯉が泳いでいる。大きな岩や松の木などが奥行きのある風景を形作っている。レアは護衛を連れながら、その池にかかる石橋を渡った。
『日本式の庭園は、大好きだわ。ちょっと起伏がついていたり、自然な形を活かしてあったり、たくさん変化があってとても素敵』
 レアは蝶が花々を移っていくように、庭園のあちこちを軽やかに歩き回っていく。浅野はしかたなくその後をついていった。庭の中央に位置する大きな奇岩で左に曲がったが、その先にレアがいない。辺りを見回してもレアの姿はない。護衛も同じようにレアを見失ってあわてている。
『王女さま、王女さま!?』
 護衛は急いで庭園の出口に向かって王女を探しにいく。その隙をついて、浅野の後ろから声がかかった。
『こっちよ』
 さっきまで姿のなかったレアが浅野を手招きしている。そのまますっと庭園の奥に姿を消してしまい、浅野はずっとレアのペースに引きずられていることを自覚しながら、仕方なくレアの姿を追いかけた。
 レアと浅野がたどり着いたのは、ホテルの駐車場だ。宿泊客用のではなく、ホテルの什器や備品を運搬する業者のためのスペースだ。
『さあ、これでわたし達、自由だわ。外に行きましょう!』
 浅野はやっとレアの意図が分かった。
『護衛をまく手際、ずいぶん慣れていらっしゃいますね』 
『そう? ありがとう!』
 浅野が嫌味のつもりで言った言葉を、レアは素直に受け取った。ホテルの通用口から抜け、道路に出るとレアは通りがかったタクシーを呼び止めた。
『さあ、行きましょう。あなたの街へ』
 レアはうれしそうにタクシーに乗り込む。
『僕の街? 護衛の人間をまいてあなたを離れた街に連れ出したら、問題になるし、僕も困ります』
 浅野はレアに振り回されてだんだんイライラしてきた。
『大丈夫、大丈夫。わたしが姿を消すなんてしょっちゅうだから』
『しょっちゅう?』
『そう。だって、どこに行くにも護衛がついてくるんだもの。息苦しいわ』
 手慣れていると浅野が直感したのは的中だった。
「クヌギガオカ、お願いします」
 タクシーの運転手に行き先を伝えたのはレアだ。
『日本語、話せるんですか?』
『この一言だけね』
 タクシーが走り出すと、レアは『やった!』と小躍りした。
『大成功! すごく楽しいわ』
 浅野は思わずそんなレアに対して小言を言い始める。
『あなたが重要な人物だからこそ、護衛の人達は職務を果たしているのです。ご自分の地位を考えて、軽率な行動は謹んだ方がいいです』
 丁寧な言い方だが、はっきりとレアを諭した。
『たまにはこういうハプニングがあってもいいじゃない。誰にだって人生を楽しむ権利はあってよ』
『自分の責務の重さを感じているのなら、楽しみを犠牲にすることも知るべきでしょう』
 レアは浅野の顔をまじまじと見たあと、首を横に振って窓の外に視線を向けた。
『……会いたかったのは、英語もつたなくて、言うこともどこか幼いところがあって、でも活き活きとしている子、つまり普通の中学生なの。どうして、あなたみたいなミスターパーフェクトが来ちゃったのかしら』
 浅野はレアに理不尽なことを言われ、ムッとして黙った。
移りゆく風景にレアはいちいち感心する。
『どこまでも住宅街が続くのね』
『きれいな公園。とっても雰囲気よさそう』
 タクシーは高級住宅街を通り抜け、ベッドタウンまでたどり着いた。 
『駅だわ!』
『ここが椚ヶ丘の街ですよ』
 なんの変哲もない、ありふれた駅前の風景だ。だが、レアは街の様子を興味深そうに見回した。
『ここで降りましょ。街を案内して』
 浅野はレアの言うまま、タクシーを停めて街に降り立った。レアが歩道の真ん中で駅前に並ぶビルの雑多な看板を眺める。
『漢字がたくさん。それに派手な色のものが多いわ。こういうの、日本っぽくって好き。ついにアジアに来たのね』
『もっと有名な街はありますよ。浅草や、原宿……』
『こんな普通の街に来られる機会は、めったにないわ。それに、平和で静かな街ね、ここは。さあ、どこにいきましょ?』
 浅野は皮肉混じりに答える。
『さっきみたいに、お一人で行かれてもいいんですよ』
『そうね。そうしたら、またついてきてくれるでしょ?』
 浅野の皮肉を切り返して、レアは椚ヶ丘の商店が密集している通りを目指した。途中の郵便局やファミレスを楽しげに見ながら、浅野に尋ねた。
『ねえ、学校帰りにはどんなお店に寄るの? ラーメン食べたりするのかしら』
『ラーメンは食べません。あまりここらには来ないですね。客人をもてなすのに値する店は、友人がオーナーのあそこくらいです』
 浅野は椚ヶ丘随一の高級カフェを指した。「ザ・セレブカフェ」といった感じのその店は、レンガの壁と木材を組み合わせたシックな外観で、店の中ではシャンデリアの下で上品なマダムがコーヒーを楽しんでいる。レアは店をちらっと見ただけで通り過ぎた。
『もっと中学生が集まりそうなお店、ないの?』
 しばらく先に進んだところで、レアが足を止める。
『ここ、素敵なお店! 入りましょう』
 レアが目をつけた喫茶・丘は昔ながらの喫茶店で、壁がツタに覆われている 。「モーニングセット500円 ゆで玉子おかわり無料」という貼り紙がランチタイムを過ぎても貼り出されている。
『ここは……やめましょう』
 浅野は一目でその店を避けたがった。
 ――こんな吹きだまりの店……どうせ内装はガチャガチャでソファは色あせているに決まっている。それに、この値段設定だとうちの学校の生徒も来てしまいそうだ。
 ところが、レアが食い下がってくる。
『どうしてどうして?』
『あなたにはふさわしくない、庶民的すぎる店です。お忍びで来ているのに、騒がれてしまうかも』
『いいのよ、そんなことは。それとも騒がれるのが怖いのかしら?』
『僕は構いませんよ』
『わたしも平気だわ』
『なら入りましょうか』
 浅野は半分どうにでもなれ、という気持ちで喫茶店の中へ入っていった。
 店の中は浅野の予想通り、雑然とテーブルが並んでいた。大きな観葉植物が座席同士の隙間を埋めて、それぞれの席のプライバシーを確保している。レジの横には熱帯魚の泳ぐ水槽があり、ごちゃっとした雰囲気はレアの滞在しているスイートルームの洗練されたものと対極にある。
『中も素敵ね!』
 レアはその雰囲気を喜んで、さっそくソファに腰を下ろした。
『素敵?』
 思わず聞き返した浅野を尻目に、レアはメニューを手にしてのぞき込む。
『メニュー、何が書いてあるのか教えて』
 メニューには一切英語がなく、カタカナで書かれている。
 ――さっきのカフェなら全て英語が併記されていたのに。
 面倒に思いながら、浅野はレアにいちいちメニューを説明していった。


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