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 とても容認できる話ではなかった。我々は、歯向かうべくして歯向かったのだ。たとえその先に、約束された死があったとしても。ウィルソン上等兵は改めてそう思う。下士官が中心になって起こされた今回の反乱。すでに多くの賛同者は傷付き倒れた。作戦開始から三〇分。このわずかな時間で、恐らく賛同者の半数は戦死したであろう。事実、基地前ゲートの占拠を任されたウィルソン上等兵他五名のうち、現在生き残っているのはウィルソンとあと一名、ファター上等兵だけであった。弾薬の残りも少ない。再び相手が突撃してくることがあれば自動小銃の連射は二分と続かないであろう。そう長くは持たない。

 何よりもいかれているのは。ウィルソン上等兵は、そう心の中で唱えた。改めて自分の姿を見る。頭には、ヘルメットの代わりに兎の耳を模したヘッドセットをつけていた。服装も、誇り高き海兵隊の制服を身につけてはいない。肩部を完全に露出した黒いレオタード状の服装で、足には網タイツを着用し、首元のつけ襟には、上等兵を表す食いかけの人参三本が描かれたカフスが身につけられていた。その姿はいわゆる、バニーガールと呼ばれるものの服装であった。ウィルソン上等兵だけでない。隣で自動小銃を構え周囲の警戒に務めているファターもまた、バニーガールの服装に身を包んでいた。ここにたどり着くまでに散っていった仲間たちも皆、バニーガールの格好のまま戦い、そして死んでいった。

 我々だけではない。我々のかつての上官でもある、今まさに戦いを繰り広げている相手もまた、一様にバニーガールだった。我々下士官が黒い制服を着用しているのに対し、士官である上官たちは赤いバニースーツに身を包んでいた。

 ウィルソンは自分の目頭が熱くなるのを感じた。何だこれは。あんまりだ。我々は、こんな風になりたかったわけではない。いや。だからこそ。我々は勝たねばならないのだ。理不尽に抗うため。海兵隊員の誇りを取り戻すため。


 本土から西海岸に出ておよそ二〇〇キロメートル、群立する孤島の中の一つ、セントブライアン島にウィルソンらの基地はあった。負傷兵の療養と再訓練を目的にした基地というのが表向きだが、本当の目的は、合衆国内外に関わらず問題を起こした兵士の隔離にあった。海兵隊はその入隊の厳しさとともに、除隊後も栄誉ある海兵隊員であったという誇りを失わず、合衆国民の規範となれと教育されている。それゆえ、問題行動を起こした兵士は厳しく再教育される。そして、その問題行動が著しく酷いと判断されれば、隔離されたまま一生本土の地を踏むことがないまま退役を迎える。このセントブライアン基地も、そんな隔離施設のうちの一つであった。ウィルソン上等兵は今日も考える。自分は、軍人としての一生をここで終えるのだろうか、と。

 目覚まし時計が鳴る前に起床する。ウィルソンはこの基地に配属になって三年になる。不満が募るばかりの生活だが、規律正しい軍人でいようという気持ちには変わりがない。ベッドから抜け出し、歯を磨きに洗面所へ。やがて、目覚まし時計が鳴るのが聞こえる。歯磨きを終え部屋に戻ると同時に、同室のファター上等兵によって目覚まし時計が止められた。

「お。おはよう。ウィルソン」

「おはよう、ファター上等兵」

 ファターはアフリカ系アメリカ人で、同室になって一年以上となる。明るく能天気な性格で、それでいて情が厚い。少し抜けた所はあるが、ウィルソンにとってこの基地の中で一番の友人であった。

 二人して制服に着替える。誇り高き海兵隊の制服だ。

「最近、基地内が慌ただしいねえ」

 ファターがウィルソンに話しかける。

「新しい人員でも来るんじゃないか」

「しばらく新しい人は来てないもんねえ。俺たちが同室になったころに来たダミアンくらいじゃないかな」

「確かに、去る者はいても補充はないな」

 このセントブライアン基地は、巨大な牢獄のようなものだ。が、除隊する権利はある。必然的に年に数名は除隊するが、ウィルソンは除隊する気はなかった。このセントブライアン島から除隊すれば、二度と軍人にはなれないし予備役にもつけない。それだけでなく、いわゆる不名誉除隊処分となり、医療保険や市民権などが停止となる。

 まあもともと、ここに来た連中は通常なら不名誉除隊扱いになるはずだった者たちが拾われたのだから当たり前の話と言えばそれまでなのだが。この基地にいるほぼ全員が、重大な軍規違反を起こした者たちだ。合衆国民に伝えられる不名誉除隊者数は、通常の十分の一ほど。数が多過ぎるのだ。それゆえ、大局的な事件に加担した者を除いた多くの軍規違反者、戦犯者は各地に存在するこのような隔離施設に送られる。

 ウィルソンは隣でもたもたと制服を着ているファターを見る。この温厚そうな男が、不名誉除隊に匹敵するような軍規違反を起こすような人間には見えなかった。この基地のルールとして、各々の犯した違反、つまりはこの基地に来た理由を詮索しない、というものがある。お陰でウィルソン自身も自らの罪を告白しないですむのだが。ファターに関しては、噂では本土での軍役中に黒人公民権運動に従事していたことが原因ということだが、それだけでこんな場所に来るはずがない。その組織の中でなんらかのテロ行為に加担したか、それとももっと大きな何かか。

「あれ、ウィルソンもう着替えたの?」

 話しかけられ我に返ったウィルソンは、ファターがいまだにノロノロと着替え続けていることに気がついた。

「……なにモタモタしてるんだファター。朝礼に遅れるぞ」

「悪い悪い。なんか昨日眠れなくってさあ。体が重くって……。よし、終わった。あれ、俺の時計は?」

「……ファター」

「うわぁ、どこやったかなあ。悪い! 先行ってて!」

 ウィルソンは溜め息をつくと、先に自室を後にした。


「いよお、ウィルソン。今日も早起きじゃねえか」

 朝礼の集合場所となる広場で、ウィルソン上等兵に髭面の男が話しかけてきた。

「……上官より早く行動するのが良い下士官だと思いますので」

「そりゃあ結構! しかしその割にはファター上等兵の姿が見えねえなあ」

「同室の奴の寝坊癖を治すことまでが、良い下士官の条件とは思いませんので」

 そういうと髭面の男は下品に笑って、

「じゃあそこは俺が教育してやるかな!」

 と言った。

 髭面の男はチャプリン少尉。ウィルソン上等兵の上官で、この基地への配属歴も長い。下品な男で、上官にはヘコヘコし部下にキツくあたるので、ウィルソンたち下士官には嫌われていた。ファターへの教育、というのも体罰同然のものだろう。

 遅れてファターが到着すると、先ほどのウィルソンの台詞をそのまま使って、上官より早く来るのが下士官の勤めじゃないのか、などとねちっこく迫りながらファターの尻を蹴り上げていた。

 しばらくするとジョンストン中尉がやって来た。それを見るとチャプリン少尉はファターを弄るのをやめ、早速ジョンストン中尉に挨拶に行った。ジョンストン中尉はウィルソンとファターの直接的な上官にあたり、赴任当時から教育係、相談役として二人を支えてくれた人物だ。この基地の中でも人格者と呼ぶに相応しい人で、下士官だけでなく上官にも信頼が厚い。チャプリン少尉の転身ぶりを見ていると、解放されたファターが近くにやってきた。

「いやぁ……まいったよ。別に軍規で決まってるわけでもないのにさ」

「災難だったな。……お、ほら。お前以上に遅れてた奴がやって来たぞ」

「え……おいおい、ダミアン! 先輩より遅れてくるとは何事だー!」

「え、痛、痛い。なんですか、ファターさんは階級は僕と同じ上等兵じゃないですか」

「うるさい! 若造の癖に生意気言うなー!」

 ファターが指導、というよりからかいに行ったのはダミアン上等兵。日系人で基地で一番年少でもある。ファターが先輩風を吹かせよく偉そうに振る舞うが、どうもファターは後輩の扱いは得意とはいえないらしく、まるでミドルスクールの学生がじゃれあっているかのようだった。ダミアン自身もそんなファターの扱いがわかってきたらしく、適当にあしらってはウィルソンと二人で陰でファターをからかっていた。とはいえ、少しおとなしいが裏表のない性格で、ファターもウィルソンもそんなダミアンを可愛がっていた。

「いやあ……今日のファターさんは当たりが強いですね。何かあったんですか?」

 ファターから抜け出したダミアンがそう聞きにきた。本当に色々なことを見ている。伸びをしているファターを横目に心配そうな顔を向ける。

「ちょっとチャプリン少尉にからかわれただけだ。気にするな」

 そうウィルソンが言うと安心した顔をして、再びファターの元に走っていった。

「まったく……お前らはいつも騒がしいな」

 そうウィルソンに話しかけてきたのはマークス上等兵。ドイツ系移民らしいが真面目を絵に描いたような人間で、今話している最中も、姿勢から服装までまるで隙がなかった。

「そう言うなよ。息抜きは必要だろ」

「少しは海兵隊員としての誇りを持て。国民の規範とならなければいかんのだ」

「まったく堅物だな……」

「なんとでも言え」

「おいマークス! 上官のジョンストン中尉やチャプリン少尉殿より遅れるとは何事だー!」

 マークスが来たことに気がついたファターが詰め寄ってきた。

「まだ五時四八分だ。朝礼までは一二分もある。何か問題があるとは思えないが」

「そうですよねー。まったくファターさんたら横暴で」

「うええ、おい! ダミアン! さっき心を入れ替えたって言っていただろー!」

 騒いでいるファターをなだめていると、ジョンストン中尉が近くにやってきた。

「おはようございます! ジョンストン中尉!」

 ウィルソンがそう言うとファター、マークス、ダミアンも後に続いた。

「うん、おはよう。今日も頑張ろうな」

「はい!」

 我々四人とチャプリン少尉、そしてジョンストン中尉の計六人が、第三小隊の面々であった。第一から第七まで、総勢四一名と、司令、教官、及び整備等の専門職を含めた六〇名程度の人数でこの基地は成り立っていた。任務と言っても訓練しかやることはなく、気力などとうに失せているが、ジョンストン中尉に声をかけられると不思議と一日一日を頑張ろうという気になった。

「今日は重大な発表があるらしい。俺も詳しくは聞いてはいないがな」

 重大な発表。ウィルソンはどこかで、自分の原隊、もしくは一般部隊への復帰を願った。が、それはないことだろう、とすぐに諦める。せめて、ジョンストン中尉の復帰は叶わないものか。中尉ほどの人格者ならば、過去に何があったとしても許されるべき人間だと思う。中尉はこの基地にかれこれ五年、在籍している。そのあいだ、本土の地を踏むことなど一切ない。自分はまだ三年だ。それでも、不名誉除隊処分を受けようともこの基地を出たいという者の気持ちは痛いほどわかった。

 しばらくすると、全体の教官でもあるラヴ大尉と、基地司令のカーター中佐がやってきた。皆一様に整列し、背筋を伸ばす。

「おはよう。今日は皆に報告がある」

 教官が話を始める。ウィルソンは若干の期待を持ちながら話を聞いた。

「えー、本日付で、司令であるカーター中佐が退役となる。今日の夕刻前には新しい司令が到着予定だ。一同、より一層気を引き締めつつ、カーター中佐の今後の門出を祈ろうではないか。敬礼!」

 合図とともに部隊員全員が敬礼をする。ウィルソンと同じ希望を抱いた者がいたのか、司令が退役するというのに心なしか敬礼に覇気がない者が数名見てとれた。恐らくはウィルソンもそのように見えたのであろうが。

 司令が退役するといっても、実際のところつい一年ほど前に赴任した基地司令で、ウィルソンたちと関わることもほぼなかった。軍規違反を犯した士官と違い、司令は恐らくは純粋潔白の身であった。元々退役が決まっている佐官を、わずかな期間だけお飾りの司令に据えるのがここの常であった。それゆえか、関わりがあったであろう各小隊長も、特にこれといった反応を示さなかった。早々と朝礼は終了し、朝食前の訓練になった。

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