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■ #2 ■


「――――――――マヨ?」

 橘<たちばな>ユカリの声で、神無原<かんなばら>マヨはようやく現実へと引き戻された。

「ねえ、マヨってば」

「ご、ごめん、何か言った?」

「おにぎり、つぶれちゃってるわよ」

 持っていた箸を膝の上に置いてユカリが指差したその先では、ねずみ色のぶかぶかジャージから伸びたマヨの手の中で、具の無い塩おにぎりが跡形もなく握りつぶされていた。

「あああ! もったいない!」

 マヨは思わずそう叫ぶと、なんとか形が残っている部分をまとめて口の中に放りこむ。指にはりついた米粒は、一粒一粒、丁寧につまみとる。そんな様子を見ていたユカリもまた、こじんまりとした、しかしよく見れば贅を尽くしたお弁当に、再び箸をつけはじめた。

「私が見ていた分には、ライトニングセーラーとブレザーシャドウが登場したところで、ぐしゃっ、といってたわ」

「そのとき言って欲しかった……」

「いくらなんでも自分で気がつくかと思ったのよ。そうしたら、いつまでも画面に見入ってるんですもの」

 マヨの昼時の指定席である中庭の片隅からは、中庭中央に配置されている全方位型の巨大ディスプレイがよく見える。昼休みになると、ここ数か月のヒロインの活躍の再放送を流しているディスプレイだ。

 そのディスプレイが最も見やすいのは、それを取り囲むように作られたイギリス式のガーデンテラスにしつらえられている、オフホワイトのガーデンテーブルだ。柔肌がUVにさらされるのが心配だという繊細な生まれ育ちの女生徒達のために、光と温度を感知して自動開閉する日よけパラソルも各テーブルに設置されている。

 が、しかし。

 名門の制服に身を包み、ほのかに香料の香る絹糸のような髪をなびかせ、人体工学に配慮して設計された欧州製の椅子に優雅に腰掛ける女生徒たち。

 

 一方マヨはと言えば、毎日の新聞配達で日に焼けて浅黒くなった肌に、ヘアスタイルは自分で短くカットしたざんばら頭。身につけているものは、少なくとも十年は前の、サイズの合わない型落ちしたねずみ色の学校ジャージ。

 女生徒達にまぎれて、いや、まぎれることもできずテラス席に腰掛けているよりは、この、誰の目にも留まらない庭のすみっこの方が、マヨにとってはよほど居心地の良い観覧席なのだった。

「これ、前の日曜日の中継の、再放送の再放送でしょ? よくもまあ、そんなに夢中になれるものねえ」

 唇で米粒を拾いながらもディスプレイから目を離さないマヨを横目に、ユカリは少しあきれ顔で言った。

「ユカリの方が、変わってるんだよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」

 上流階級とやらの情報にはまったく疎いマヨだが、それでも、この友人――橘ユカリが、そこそこの家柄の子女なのであろうことは容易に推測できる。だが、この上品な友人は、マヨとは違う世界の住人であることは当然ながら、他の女生徒達と比べても少し異質な存在だ。

 そもそも、他の女生徒達は居ないも同然のように接するマヨと、望んで毎日のランチを共にしている、というだけでも、相当の変わり者だと言っていい。

 ユカリと出会うまで、日々の昼食を、あまり食事にはふさわしくない場所で摂っていたマヨだったのだが、そんなマヨに、「これから毎日、ランチをご一緒しませんこと?」と誘いかけたのは、ユカリだった。

 あまつさえ、その申し出を渋るマヨに、「昼休みの中庭で、ヒロインの活躍が見られるのをご存知? 一緒に見ましょうよ」という殺し文句を発動してまで、だ。

 それを聞いた時には、マヨはてっきり、ユカリもまたヒロインのファンなのかと思ったのだけれど。ユカリは、ヒロインというものに対し、むしろ否定的な意見の持ち主であるようだった。

 毎日、中庭でヒロイン番組を見てくれるのは、ただ昼休みにマヨと一緒に昼食を食べて過ごしたいために、仕方なくつきあってくれているような気配すら感じる。

「ヒロインが好きじゃないなんて、変わってるよ」

 マヨはそう言って、ガーデンテラスの方を向いた。テーブル席から溢れた良家の子女たちが、さらに周囲に壁を作って、何やらかしましげな会話にいそしんでいる。

 彼女たちの多くは、各々でとっくに録画済みのヒロイン映像に惹かれて来たのではない。

 お目当ては、テラス席の中でも、一段高くなったところ。なにものにも遮られずディスプレイを眺めることができる最も良い席で、テーブルの中央に今朝咲いたばかりの花を飾り、食後の紅茶を味わっている二人の上級生だ。

 ここ、アルテミス学院は、新時代を担うにふさわしい子女の育成を目的として設立された私立の女子校である。

 設立したのは当時の政財界のフィクサーだった男だと噂されており、当然のように、女生徒には日本有数の資産家の子女がそろっている。十分な寄付金と政財界へのコネを背景に、充実した教育環境の中で高い水準の学問を修めると同時に、将来人の上に立つ人間としてふさわしい道徳観念を身につけさせていた。

 その道徳観念の中に、『持たざる者への無償奉仕は持てる者のたしなみ』という条項がある。

 はじめは近所のゴミ拾いなど通常の社会貢献活動の推進に過ぎなかったこの条項が、各生徒の親が持つコネや財力、あるいは自分の娘を自慢したいという親心を背景に、『強化制服<アーマード・ユニフォーム>に身を包んだ愛と正義の美少女戦士<ヒロイン>が、力なき民衆<みんな>のために戦う』という、今のヒロイン制度の確立に繋がった。

 正義のヒロインの正体は、表向き秘密ということになっている。日常生活におけるヒロインたち本人の、身の安全を考えてのことだ。

 が、全寮制のこの女子校において。めざとい女生徒達が朝から晩まで一緒に過ごしているこの環境においては、誰がどのヒロインをやっているのかというのを隠し通すなど、事実上不可能だった。

 長く続くヒロイン制度において幾多の名を名乗るヒロインが現れては消えていき、やがて、新たに現れるヒロインは、過去の人気ヒロインの名前を継ぎ、何代目、と名乗ることが多くなった。

 ヒロインネームの中では最も有名な、光と影の戦士。ライトニングセーラーとブレザーシャドウ。その三代目を継ぎ、数年前から不動のトップ人気を確保している二人のヒロイン。

 その正体こそ、たった今、白いソーサーに優美な手つきでカップを置いた現高等部生徒会長である三年A組の日永<ひなが>揚羽<あげは>と、黙ってそこに追加の紅茶を注ぐ、同じく副会長、三年C組の月代<つきしろ>梓乃<しの>だった。

 ディスプレイに映るライトニングセーラーとブレザーシャドウ同様、そこに座る二人の上級生もまた、何がしかをにこやかに話しかける日永揚羽に対し、月代梓乃が無表情に返事をしている。

 指向性マイクの無いここでは、残念ながら二人が何を話しているのかは分からない。たまたま近くの席に座るという幸運を得たほんの一握りの女生徒だけが、その会話を漏れ聞き、更に僥倖に恵まれた生徒は、気まぐれに二言三言話しかけていただける、という光栄にあずかれるのだ。

「馬鹿らしいわ」

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