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■ #5 ■


「そういえば佐江島<さえじま>さん、聞きました?」

「聞いてない」

 よれよれのトレンチコートに無精ヒゲ。パトライトが点滅したパトカーの屋根に体を預け、口には短くなった咥えタバコ。首都圏緊急事態対策部付警部である佐江島一俊<かずとし>は、昭和の刑事ドラマから抜け出してきたような男である。  その、頑迷な性格も。

「一体なんだよ。もったいぶらずに早く言え」

「今日から、新しいヒロインが登場するらしいですよ」

「現場指揮の俺が知らないことを、由井<ゆい>。なんでお前が知ってんだ」

 パトカーの反対側に立っている由井高水<たかみず>は、最近部下として配属された、キャリア組から来たピカピカの新米刑事である。その由井に対し、佐江島は不機嫌に尋ねた。

 不機嫌、とはいっても、由井が気に入らないとか、言っていることに腹を立てたとか、そういうわけではない。不機嫌であることが、佐江島の常態なのである。部下達の間では、佐江島がもし上機嫌になる時があったら、日本が沈没するんじゃないかという冗談まで飛び交っている。

「佐江島さん、そろそろ現場指揮を外されるんじゃないんですかね。ヒロインの邪魔ばっかりするから」

「あの小娘たちはありがたいと思ってるさ。あいつらが世に現れてから、確かに検挙率はあがってるんだ。邪魔なのは、小娘の尻をおっかけまわしてる報道カメラだよ」

「カメラに写るのも彼女たちの仕事――セレブなお嬢様がたの、ボランティアのうちですから。アイドル顔負けの美少女たちが悪漢を追いつめる艶姿を全て無料でお茶の間にお届けだなんて、日本は進んだ国ですよねえ。彼女たちのファンクラブにこっそり加入している警察官も少なくないって話ですよ」

「俺の部下だったら、即減俸だな」

 冗談とも本気ともつかない口調でそういいながら、佐江島の視線は、事件現場である廃ビルに注がれている。

 郊外にポツンと立つそのビルは、オフィス街に爆破予告を送りつけてきたテロリストの根城である。事件発生前にこの場所をつきとめたはいいが、重火器を抱えこんだテロリストがビルに立てこもっているとかで、もう半日近く膠着状態が続いていた。立てこもっているのは一人だけで人質もいない今、相手の体力が切れるのを待つのが警察の常套手段である。が、おそらくはそろそろヒロイン達が登場し、スーパーパワーで事件を解決するになるであろうことは、佐江島にも分かっていた。

 最終的には「小娘」に頼らなければならないにしても、事件解決のその瞬間までは、できることをできるだけやっておく、というのが、佐江島の性分である。

「ま、佐江島さんが飛ばされるんじゃないかってのは冗談ですよ。キャリア組には、横のつながりってもんがありましてね。そこからの情報です」

「つながりね……」

「そんなことより新しいヒロインの話、聞きますか」

「……一応、聞いてやる」

 佐江島の、更に不機嫌さを増した表情を気に留めず、由井はパトカーの窓から手を入れて、後部座席に置きっぱなしのタブレット端末を取り上げた。

「名前は、ダークカラード。詰め襟型の強化制服だそうです」

 手元のタッチパネルを操作し、由井は内容を読み上げ始めた。

 と、思ったら、顔を上げる。

「なかなかいいデザインですよ。画像、見ます?」

「見た目なんぞどうでもいい。それで?」

「はいはい。えー、ライトニングセーラーとブレザーシャドウの敵役として登場。ふうん、次のニューヒロインはライトニングとシャドウの四代目と聞いていたんですが。何かあったんですかね」

「どうでもいい。続けろ」

「はいはい。えー。完成間近の強化制服を盗んだダークカラードは」

「窃盗か?」

「いっときますけど、そういう『シナリオ』ですから。実際には、関係者合意の上で着てるんですからね。逮捕しちゃダメですよ。えー、で、盗んだ強化制服で犯罪をたくらむダークカラードは、その手始めとして本日の事件でライトニングセーラーとブレザーシャドウが追いつめた犯人を逃がし……」

「逃走幇助か?!」

「だから、これは」

「だからじゃねえ! これはシナリオだとか言ってもだまされねえぞ。なんとかとかいう小娘のデビューのために、目の前にいる凶悪犯罪者を見逃せってのか!」

「だから、今日の事件、ダミーなんじゃないですか」

「……どういうことだ?」

「…………聞いてませんか?」

 タブレット端末を元の場所に戻しながら、由井が眉根を寄せた。

「ダミーってのはなんだ?! あの小娘たちのテレビデビューを派手にするための八百長に、警察が駆り出されたとでも」

「えーと、まあ、そういうことですよね。八百長っていうと人聞きが悪いですけど、その、デモンストレーションっていうか、台本のある真剣勝負、的な? 嫌いじゃないですよ、僕、そういうの。ねえ、佐江島さん? 怒ると、体に悪いですよ」

 佐江島の怒りをその手がはじいてくれるとでもいわんばかりに両手を前にかざした由井を見ながら。佐江島は、眉間に幾層もの皺を寄せ、頭を掻き、上を見て、下を見て、右と左を見て、手を口元にやった。そこにタバコが無いことに気づくと再び頭を掻いて、罪なき由井をにらみつける。

 そして。

「帰るぞ」

「えっ」

「全員に告げろ。撤収だ」

 もたれかかっていたパトカーのドアを開け、中へ乗りこんでしまった。由井は慌ててそれを止める。

「ちょっと、ダメですったら!」

「こうしている間に、本当の重大事件が起こっている。マスコミ的演出なんぞに、つきあっている場合じゃない」

「いやいや、事件を解決するばかりが警察の仕事じゃありませんから。可憐なヒロインが自分たちのために戦ってくれている、ということを市民のみなさんに知らしめ、日々安心して生活できるお手伝いをするのもまた、我々警察の大切なお仕事でございまーす」

「選挙演説している政治家みてえな口調はやめろ! そもそも、大の大人が小娘どもに助けられて平気な顔してるって今のやり方自体が、おかしいんだよ!」

「いや、でも、お偉いさんもそれを良しとしてますんで! 警察は階級組織! 上の人間の命令は絶対ですから。宮仕えの身は辛いですね、お互いに。だから、今日も、お仕事がんばりましょう。ね?」

 由井の捨て身の説得が功を奏したのか、激高しながらも、佐江島は再びパトカーから出てきた。いやむしろ、激高したからこそ出てきた、というべきか。鬼の佐江島と異名を取り、幾多の犯人を締め上げてきたその固い拳で、パトカーの屋根をガツン、と殴る。殴られたところは見事にへこんでいた。パトカー内部でその怒りを爆発させて、ハンドルなどの中枢機関をぶっ壊してしまう、という事態を回避するだけの理性は、幸いに残してくれているようだった。

「ヒロインが出てくるから警察が出動、だと? いつから警察は尻の青い小娘のファンクラブに成り下がった」

「尻が青くなければいいんですか? いいですねえ、熟女モノ」

「そういうことじゃねえ!」

「ああ、はい、もう、何を言っても、そろそろ時間ですから! まずはいつも通りのタイミングでライトニングとシャドウが登場します。新人さんの見せ場を作るためにも、二人がピンチに陥っても警察は手を出さない方針で」

 話を聞いて、佐江島は地面に唾を吐き捨てた。そして、ポケットから残り少ないタバコの箱を取り出し、中の一本を口に咥える。

「路上に唾を吐くなんて、行儀が悪いです、警部」

「やってられるか! 胸くそ悪い!」

「新人さんの引き立て役になるために、警察も悪人にやられてくれ、と言われなかっただけマシじゃありませんか。そろそろそういうオーダーがきそうな気がしてるんですよね、僕」

 やってられるか、ともう一度言って、佐江島は火もつけず、ただ咥えただけのタバコを、地面へ放り投げた。

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