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■ #7 ■


「……橘が、心配してるぞ」

 保健室は、中庭に面した校舎の一階にある。

 怪我だ病気だと言えば即、各家の主治医が出張って来るこの学院において、保健室の稼働率は極めて低い。

 しかし今日は珍しく、百合の刺繍で彩られたクリーム色のカーテンが、急病人用のベッドを覆っている。

 狭く薄暗いその空間で、マヨは一人、ひざを抱えていた。

「ごめんなさい、先生。嘘つかせて」

 今日の登校後、丸一日行方不明となっているマヨを探すユカリがまずやって来たのが、この保健室だった。

 マヨの行方を問うユカリに対し、國枝は背後のカーテンにマヨを隠しながら「ここには居ない」と答えてくれた。

 國枝は、中庭に面した窓のカーテンを閉じ、ベッドの方へ向き直る。

「私はいいんだよ。橘もな。神無原、今はお前が心配だ」

「うん……」

「今からでも、断れないのか?」

 クリーム色の布に仕切られ外界から遮断されたその中で、マヨはひざを抱え、うつむいている。頬に涙が伝っているわけでもないし、声が震えているわけでもない。だが、誰の視線もないというのに伏せられた瞼の奥の、瞳の色は暗かった。

「ユカリにも、そう言われたよ。違約金なんて嘘だって……断った方がいいって……でも、結局、やるって、あたしが自分で決めたから。悪役だって一応、ヒロインではあるし。破格のバイト代も出るし……すごい金額なんだよ、ホント」

 そう言う割には決して弾まないマヨの声に、早百合はため息をつく。

「なあ、神無原。金で買えないものもあるんだぞ。イヤだったら、辞めた方がいい」

「イヤじゃないよ。楽しいよ。これでも、けっこう」

「救いのない、憎まれ役の悪役でも? 小比類巻たちのための新型強化制服の、テストパイロットとして動かされていても?」

「……」

 マヨは、答えない。そしてそれこそが、何よりも雄弁な答えだ。

「神無原」

 國枝は、マヨが隠れるベッドへ近づき、カーテンに手をかけた。

「早百合先生も、お嬢様なんだよね。この学校出身の」

 カーテン越しの唐突な問いに、國枝は戸惑いながらも、

「一応は、な」

 と答える。

「だったら、あたしの気持ちは、分かんないよ」

「神無原」

 國枝の声に、我知らずマヨの発言を咎める響きが混じる。それに対しマヨは、堰を切ったように、言葉を続けた。

「あたしにとってすごくったって、先生にとっては大したお金じゃないよ。でも、金額を聞いた時、あたしは思ったもん。それだけあれば、施設に仕送りができるって。それだけあれば、あたしの後輩達が、新しい洋服買ってもらって、新しい筆記用具も買ってもらって、月に何回かはケーキが食べられるかもしれないって。あたしみたいに運良くこの学校に合格できなかった子でも、高校に通わせてもらえるかもしれないって。それに比べたら、憧れの高校にも通えて、毎日の暮らしにも困らないあたしが、いじめていたやつらの踏み台になるくらいは、なんでもないって。つまりあたしは、お金が貰えるなら、悪人でもなんでもいいんだなって思ってるんだって。愛と正義を名乗るにはお金が必要で、貧乏人は悪人になるしかないんだなって」

 國枝はカーテンを放す。先ほど、ほんの僅かでも非難の気持ちを見せてしまったことを、今ではひどく後悔していた。

「神無原」

 その次の言葉を口にするよりも早く、マヨが言った。

「ごめんなさい、先生。言い過ぎた」

「神無原、違う! お前が謝ることじゃない。私こそ」

 再びカーテンをつかみ、國枝はそのまま沈黙する。

 口では何とでも言える。なんとでも。だが、何を言えば傷つけずにすむのか、分からなかった。

 橘ユカリ。もしかしたら彼女は、マヨがこう言うのが分かっていて、ここにはいないという國枝の嘘を信じたふりをしてくれたのかもしれない。そう思った。

 彼女もまた、國枝と同じ立場の人間だから。 

 國枝が迷っている間に、マヨは何度も、ごめんなさい、と謝った。

 最後は多分、泣きながら。

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