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僕のヒーローアカデミア 雄英白書 祭

僕のヒーローアカデミア 雄英白書 祭

原作:堀越耕平
著者:誉司アンリ
雄英高校に「文化祭」の季節がやってきた! デクたちA組の活躍のみならず、B組の「演劇」や、美を競い合う「ミスコン」に迫った物語を収録! 他にも、「お祭り」をテーマにしたエピソードをお届けするぞ!!

 

Part.2 準備

 

 さきひきいていたはつさいかいによる、〝個性〟を消すクスリによって世の中を支配するもくろみは、クスリの原料として治崎が利用していた女の子・エリを救出、保護する作戦によって失敗に終わった。無事エリを保護できたが、そのだいしようとしてサー・ナイトアイを失い、ミリオの〝個性〟が消され、数少ないクスリの完成品をヴイラン連合のがらとむらたちの襲撃によって奪われた。

 あまりに大きな代償に、警察への非難と、ヒーロー社会への不満が世間につのっていくのは無理からぬことだった。

 そして、感情をかき乱された季節はうそのように静かに移りゆき、風の肌寒さがこくしよの傷をなぐさめるようにやってきていた。

 生物の構造そのものを巻き戻す〝個性〟をコントロールできないエリは病院にかくされていたが、エネルギーの放出源であるらしいひたいにあるつのは現状落ち着いている。とはいえ、いつまでも病院で隔離というわけにもいかないので、引き取り先を検討している最中だった。その候補の一つにゆうえい高校があがっているのは、ほかでもないあいざわしようたがいることが大きい。今のところただ一人、有効な〝個性〟であるまつしようを持っているからだ。

 エリの〝個性〟がいつまた暴走してしまうかは誰にもわからない。相澤はあいを見ては面会に来ていた。

「あの……」

「なんだい?」

 体をもてあます大きなベッドの上で、ちうちうとジュースを飲んでいたエリが相澤をうかがうように見た。

「……デクさん、どんな踊りするの……?」

 その目にはかすかな期待の色が浮かんでいる。

 六歳の女の子が経験するには重すぎる過去は、すぐに消えるものではない。突然変異の〝個性〟が発現してから、ずっとこくな日常を送ってきたのだ。

 けれど、いずの発案でエリを文化祭に連れていくことになった。突然、文化祭当日では驚いてしまうだろうとつい先日、雄英高校を見学に訪れたあとから、エリに少しずつ変化が見られるようになった。自分より年上のお兄さん、お姉さんたちが、文化祭というお祭りに向けて一生懸命楽しそうに準備している光景は、傷ついた心に小さなワクワクのたねを植えつけた。発芽するかどうかは、出し物の出来にかかっている。

「……当日までのお楽しみだよ」

 相澤がそう言うと、エリは納得したのか、自分に言い聞かせるように「そっか……お楽しみだ」と真剣な顔で小さく何度もうなずく。

 学校をあけることが多くなった相澤だったが、生徒たちががんばっているようは耳に入ってきていた。ほかのクラスの反応などの心配は多少はあるが、出し物の出来自体は心配していない。誰かのためでも、自分たちのためでもいい。精いっぱいやりきれば、誰かの心に届くはずだ。



 数日後の日曜日。全寮制になってから、雄英高校では休日でも生徒たちのにぎやかな声がえることはなかったが、ここしばらくはいつも以上に騒がしい。文化祭が近づくにつれ、準備は時間との勝負なので、休日は朝から晩まで賑やかな声と作業する音がやまない。

 とくに快晴の今日は、絶好の準備日和びよりだ。

 校舎近くの庭で、普通科の1年C組も出し物であるお化け屋敷『心霊迷宮』作りに全員で精を出していた。

しんそう、ここ押さえてー」

「いいよ」

 柱にくぎを打とうとしているクラスメイトに言われ、心操ひと使は片づけようとしていた木材をいったん置いて近づき、柱につけようとしている柱時計を支えた。カンカンと釘を打ちつける振動が心操のきたえられた腕をわずかにくすぐる。

「ねー、みんな。柱時計、この位置でだいじようぶか?」

 つけ終えた柱時計をみんなでわらわらと確認する。古い屋敷の設定の中で、柱時計は少しれいすぎて浮いていた。

「この時計から赤ちゃんの泣き声出すんなら、もう少し古めかしくしといたほうがいいんじゃないか?」

 心操の言葉に、ほかのクラスメイトも「あーそうだな」などと頷いた。

「ダメージとりようまだあったっけ?」

「いや、もうない」

「あ、教室に一個あるわ」

「なぁ、この時計の少し手前の廊下にさ、赤ちゃんの手形つけといたらこわくねぇ? 赤いペンキで!」

こええ! 絶対ビビるわ!」

「なら柱時計の向こうの廊下とか壁にも、いっぱい手形つけようよ! エキセントリックに!」

「いいねー! ヒーロー科のヤツら泣かそうぜ」

「ひらめいた! めのおむつも置こうぜ!」

「それ怖いかぁ?」

 笑い合うC組の仲間たちを見ながら、心操は一人、不要になった木材を持ち直した。

「ペンキ、ゴミ捨てついでに取ってくる」

「ありがとなー」などの声を背で受けながら、心操は黙って歩いていく。

 いつもと変わらないクラスのんだ空気に、ほんの少しの後ろめたさを感じはじめたのは編入希望届を出したあとからだ。

 いつ言おうか、それとも編入が決まってからでも遅くはないか──。

 心操は自分の〝個性〟であるせんのうが、ヒーロー向きではないことは自覚していた。それでもヒーローになる夢をあきらめず、雄英高校を受験した。けれど機械相手の実戦形式の試験では〝個性〟を発揮できず、ヒーロー科は落ちた。それを見越して普通科も受験していた。成績次第ではヒーロー科への編入も許可されるからだ。

 体育祭での活躍でヒーロー科への編入希望を認めてもらえた。だが、あくまで希望を認められただけで編入を許可されたわけではない。初めからヒーロー科で訓練にはげんできた生徒たちとは大きな差がある。同等に訓練できるようになるまで自力で〝個性〟を鍛えなければならない。自分と似たものを感じたのか、相澤がその訓練に協力していた。

 これはめったにないチャンスなのだ。死にものぐるいでつかんでみせる。

 けれど、そう思いながらも、その裏ではつねに不安がつきまとっていた。

 心操は青い空を見上げ、息を吐く。涼しい風が薄い雲を流していった。

 本当にヒーロー科に編入できるだろうか。

 一歩踏み出した足は、どこに着地するのだろう。どっちつかずの自分はまるで風に流される雲のようだ。このまま、流されて見えなくなりそうで怖い。

 自信のなさから、クラスメイトたちに編入希望を出したことをまだ言えずにいる。

 弱気になっている自分に気づき、心操は小さく首を振ってふたたび歩きだす。

「先生方のバルーンの配置、これで合ってるよね?」

「看板の文字間違ってるよー!?」

「一番収益が上がるのは、やっぱり屋台だと思うんだよ」

「1年A組、バンドだって?」

「ミスコン、やっぱけんらんざきさん三れんかねー」

「先生たちの出し物、今年ないんだー。楽しみにしてたのになー」

 敷地内のそこかしこから作業しながらの生徒たちの会話が聞こえてくる。校舎内のうきあしつ空気はこれから当日に向けてどんどん濃密になっていくのだろう。

 どこの学校でも文化祭は生徒たちの息抜きだ。勉強だけでは学べないこともある。

 心操はそんな風景を見渡しながら、ふと考える。

 C組のみんなと一緒にやる、最初で最後の文化祭になるかもしれないのか。

「…………」

 また寄ってきそうな弱気の気配を心操は、無表情のまま歩き振り払う。考えたってしかたのないことを考えるより、やるべきことをやるだけだ。

 とにかく先にゴミを捨てにいこうと、校舎の裏にあるゴミ捨て場へと歩く。だが、中庭に出たところに大きなドラゴンがいた。もちろん作り物だが、人が乗れるほど大きい。

(……あぁ、たしかB組は劇やるんだったな)

 B組の生徒たちがドラゴンの顔や、城や岩場などのセットに色をっている。

もの、もういいんじゃねーの? もうリアルさは追求したろ?」

「リアルさはね。次は迫力を追求するんだよ」

 もう立派なドラゴンになっているが、それだけでは物間ねいは満足していないようだ。その近くであきれたように言ったあわようせつの肩をてつてつてつてつが「まぁいいじゃねーか」とたたいた。

「そういうこだわりは大事だよな!」

「わかってるじゃないか、鉄哲」

 物間はそう言いながら、で塗ったとは思えぬせんさいさでドラゴンに大胆にいんえいをつけげていく。今にも動きだしそうなドラゴンが完成した。

「おおー、いいじゃん!」

 その近くで岩を塗っていたかげせつかんたんの声をあげる。その反応に気をよくしたのか、物間は「ハハハハハ!」と高笑いして続けた。

「今にもA組を食らうようなドラゴンだろう!? バンドかダンスかパリピ空間だか知らないけど、文化祭といえば演劇が王道中の王道!! 話題をかっさらうのは僕らB組さぁ!!!」

 なにか病名のつく精神状態なんじゃないかと思うほどのせまる物間の横を、少し離れて心操は通り過ぎる。

(もし編入できたらクラスメイトになるかもしれないのか……)

 相澤が訓練に協力してくれているから、もしそうなったときはA組の可能性が高いが、B組の可能性もある。

 気が早いかと思いながらしばらく歩いていると、開けた場所でダンス練習しているグループを見かけた。A組のあしに、おちや梅雨つゆ、そして浮いた服ではがくれとおるがいることがわかる。その近くできゆうけいしているのはきりしまみねみのるはんとうりきどうしようじぞうこうこうだ。

「信じられねー職務たいまんだ!」

 一人ふんがいする峰田を、切島がまぁまぁとなだめる。

「そんなに怒んなよ。先生だって故意に……まぁ隠してたけど」

「ミスコンの開催なんて、台風で休校になるかならないかくらい重要なお知らせだろうが!! 断固、オイラは抗議する!」

「先生のひとにらみですぐ大人おとなしくなったくせに」

 いかめやらぬ峰田を瀬呂がからかうと、峰田はうぐっと顔をしかめた。その隣から砂藤が言う。

「あんときの先生、怖かったよなぁ?『出し物一つ決めるのに時間かかったお前らに、ミスコンのこと教えたらまたムダな時間がかかるだろうが』」

 真似まねをしているのか、カッと目を開きながら言う砂藤。瀬呂もそれに続く。

「『わかったか、峰田』」

「やめろぉ! またチビったらどうしてくれる!」

「またもらしたのか? 峰田」

「障子! オイラをおもらしキャラにすんじゃねぇ!」

 障子に抗議する峰田の近くで口田もそのときの相澤を思い出したのか、ぶるっと大きな体を震わせた。

 耳に入ってくる話に、心操は内心首をかしげた。訓練中の相澤はきびしいが、まだそこまで本気でしかられたことはない。叱られていることにわずかなうらやましさを感じるのはどうしてだろう。

「峰田、油売ってないで練習するよ!」

「峰田くんの見せ場なんやから!」

 女子だけでだんりを確認していた芦戸とお茶子が峰田を呼ぶと、峰田は一転、満足そうなみを浮かべた。

「まず見本みせてくれよ、オイラのハーレムダンサーズ。まず全体像をあくしねーとな」

「じゃあ見ててよ?」

 芦戸のリズムに合わせて女子たちが踊る。峰田を中心にして、峰田を引き立たせるキュートなダンスに男子たちが「いいじゃん」と声をあげた。だが、峰田は不満そうな顔で口を開く。

「まだまだ甘い! ハーレムだぞ? もっとハーレムっぽい振りつけにしろよ」

「ハーレムっぽい振りつけ?」

 口の下に指を当て、きょとんとする梅雨。峰田が女子たちの前に出る。

「全員オイラにれてる感じでうねうねと体をこすりつけるような振りつけだよ! もちろん本番の衣装はきわどいスケスケだ! ようし、オイラが今から見本を──!」

 変質者の見本のように息荒く血走った目で近づいてくる峰田を、梅雨が舌で確保し地面に叩きつけた。

「もう! すきあらばだね!!」

 プンプンと怒っているらしい葉隠。芦戸もぷんすかと詰め寄る。

「エロばっか考えてるなら、ハーレムパートけずっちゃうよ!?」

「モウニドトエロイコトハカンガエマセン」

「棒読みの見本!」

 ブプーッと吹き出すお茶子の声を背で聞きながら、心操は思った。

峰田アイツ、いつかセクハラで退学になるんじゃないか……?)

 そんな心配をしながらゴミを捨て、ペンキが置いてあるだろう教室に向かう。休日は基本、校舎には立ち入れないが、文化祭の準備のため特別に開放していた。

 通りかかった教室からふと声が聞こえてきた。ドアの窓から見えたのは、ドラムやキーボードやギターなどの楽器と、A組のばくごうかみなりでんとこやみろうきようかおよろずももだった。休憩中なのか八百万がみんなにすいとうからいだお茶を配っている。

「ふへー、ホッとするわ~」

 などと言いながら味わう上鳴の横で、爆豪はなんの感傷もなくカッとす。

「爆豪、もっと味わえよ。高級なお茶だぞ?」

「茶は茶だろうが! 昨日きのうのヤツよりあめえ」

「まぁ、さすが爆豪さん。違いがわかりますの? 今日のダージリンはセカンドフラッシュで、昨日のはファーストフラッシュでしたの」

「セカンドとファーストって何が違うの?」

 耳郎に聞かれて八百万は「セカンドが夏にんだちや、ファーストが春に摘んだ茶葉ですわ」と答えながら、別の水筒から注いだ飲み物を渡す。自分だけ別なのを渡され、不思議そうな顔をする耳郎に八百万は微笑ほほえんだ。

「油分がのどねんまくを保護してくれるミルクティーにしてみましたの。昨日、少し喉を気にされてましたでしょう?」

「ありがと……うん、おいし」

 美味おいしそうにほおゆるませる耳郎を見て、八百万も自分の喉をうるおす。少し離れてコードを確認していた常闇が、「ん?」と反応すると体から黒影ダークシヤドウが出てきて叫んだ。

「フミカゲ、俺もなにかやりタイ!」

黒影ダークシヤドウ、昨日言っただろう。ステージはまぶしい照明が当たる。お前が一番嫌いなところだぞ」

「でも俺だけナニもしてナイ! 俺もヤル!!」

「いーじゃんやれば。三人でギターやる?」

 軽い調子で誘う上鳴に、耳郎が少しあわてた。

「それはちょっとバランス悪いかも。ベースなら……?」

「いや、細かな指使いは相当練習を積まねばならない。今からじゃとても間に合わないぞ」

 常闇からさとすように言われ、黒影ダークシヤドウはムウゥッと顔をしかめた。

「でもやりタイ! みんなと一緒に文化祭しタイ……!!」

 ぐずる子供のような黒影ダークシヤドウに、常闇たちが困った顔をしたそのとき、爆豪が「うるせえ!」といつかつした。

「やりてえからさわぐなんてガキか! ガキはガキらしく何か叩いとけや!」

 その言葉に耳郎がハッとした。

「打楽器……あ、じゃあタンバリンは? それなら簡単だし、いいアクセントになるかも」

「タンバリン……ヤルー!」

 八百万が「ちょっとお待ちになって」と〝個性〟のそうぞうで出したタンバリンを渡すと、黒影ダークシヤドウはバシャーンとうれしそうに叩いた。爆豪は「ケッ」と毒づきながら言う。

「俺のジャマだけはすんなよ」

まかセロ!」

 バシャーン、バシャーン、バシャーン! ととして鳴らされる音に、「うるせえ!」という爆豪のごえを聞きながら、心操は教室へと入っていった。

爆豪アイツ、体育祭のときより少し丸くなったような……?)

 そんなことを思いながら、ペンキを持ち教室を出る。校舎を出る頃には、バンドの練習を再開したのか演奏する音が聞こえてきた。何度もつっかえては最初から始まる。

 小さくなっていくその音を聞きながら、心操はふと不思議に思った。

 受験する前は、休日に勉強以外のことにこんなに真剣に取り組むなんて考えもしなかった。雄英に入ったら、ヒーロー科にもし合格できたら、きっとヒーローになるための勉強や訓練で休む暇もないんだと思っていた。

 もちろん雄英の授業は厳しい。ヒーロー科はもっと厳しいだろう。けれど、学校行事は厳しいものばかりではなく、こうして楽しむための行事ももよおしてくれる。

 みんな普通の高校生なんだな。──俺も含めて。

 あこがれが強すぎて見過ごしていた当たり前のことに、心操は改めて気づいたような気がした。

 そんなことを考えながら庭へと続く校舎の角を曲がろうとしたとき、向こう側から声が聞こえてきた。

「では、白いといえば?」

「ごはん!」

「白く輝く雪原のような僕の肌☆」

 聞き覚えのある声に心操は思わず息をひそめた。そしてそっと盗み見るようにのぞいた先にいたのは、みどりや出久。

あおやまくん、白く輝く肌って! そんなの思い浮かばないよ~!」

 

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