プロローグ
校長室——
大きなデスクにハタ校長が座り、その斜め後ろには、タブレット端末 を手にした教頭のじいが立っている。
デスクの前の応接ソファでは、3年Z組の担任教師、坂田銀八 が、ゆるみきった顔でジャンプを読んでおり、ここで、「坂田君」と、ハタが苦々 しく口を開けば、おなじみの校長室のシーンとなるのだが——今日は違った。
ハタ校長から見て、応接ソファの向こう、ドアを背にして五人の生徒が立っている。呼び出しを受けて、ここに集められた五人だ。
高杉晋助、河上万斉、武市変平太、来島また子、岡田似蔵 ——の五人である。
全員が3Zの生徒。そして有り体 に言ってしまうと、全員が「不良」「ヤンキー」のレッテルを貼られた生徒である。
「今日、君たちをここに呼んだ理由は他でもない」と、ハタがしかめっ面 で言った。「君たちの生活態度について、今一度きっちりと話をしておかねばならんと思ったからじゃ。——教頭」
と、ハタは傍らのじいに声をかけた。
「こないだ集計したデータを、こいつらに聞かせてやってくれ」
「ええ? 今ですか?」タブレットを持つ教頭は露骨に嫌そうな顔をした。「今、『ジャンプ+』読んでんですけど」
「あとにしろ」と、ハタは怒りの血管を額に浮かべる。
はいはい、とため息まじりに返し、教頭はタブレットを操作した。そして、開いたページを読み上げ始める。
「——遅刻、七十四件。無断早退、四十九件。無断欠席、六十五件。課題の未提出、百十二件。自転車の二人乗り、六十二件。登下校中における他校の生徒とのメンチの切り合い、三十八件。購買部でのコロッケパンの買い占 め、十七件。渡り廊下での無許可ストリートライブ、七件。担当編集の丸坊主、三件」
教頭が言葉を切ると、ハタが続けた。
「この一か月間で、君たちのやった校則違反や問題行動の件数じゃ。はっきり言って目に余る」
「いや、最後のは連載中に空知がやったことっスよね!?」すぐに反論したのは来島また子だ。「あと、コロッケパンとストリートライブは似蔵と万斉先輩だし!」
だが、ハタは取り合わない。
「誰が何をやったか、詳細はこの際どうでもよい。君たちは日頃グループで行動しとるんじゃ。個別に呼び出して指導するほど、我々も暇じゃない」
「暇じゃねえなら——」と口を開いたのは、高杉晋助だ。「さっさと処分下しゃあいいじゃねえか。つまんねー数字読み上げてねえでよ」
冷血硬派、最強カリスマヤンキーの冷たい声音 に、ハタは一瞬、う、と怯む。
口元に薄い笑みを浮かべた高杉の隣で、
「さて、どんな処分になるやら……」と、他人事のように言ったのは武市。
「拙者の予想、ま、停学二週間……ってところか」と万斉が続け、
「できれば反省文提出なんかで済ませてもらいたいねェ」と似蔵がニヤリと笑う。
「そ……そのどれでもなーい!」
高杉たちにびびりつつも、ハタ校長は声を張り上げた。そして、高杉にビシリと指を突きつけると、
「高杉晋助!ほか四名! 君たちに下す処分は……い、一か月間の校内奉仕活動じゃ!」
「校内奉仕活動……?」
高杉の、眼帯に隠されていないほうの目がキュッと細くなった。他のメンバーも訝しげな顔になる。
そこへ、ジャンプを閉じた銀八が言った。
「ま、要するに、てめーら全員、校則違反の罰として、学校でボランティアしろっつーことだ」
アンニュイな視線を高杉に向け、銀八は続ける。
「だいたいてめーら、停学食らったとしても、どうせ休暇ぐらいにしか思わねーだろ。だったらちゃんと登校させて、学校のためになるような活動させたほうがいいんじゃねーかって職員会議で決まったんだよ」
「具体的に、何をさせるつもりですか? その、校内奉仕活動とやらは」武市が聞く。
「何っておめー、たとえば、俺の肩もんだり、俺の代わりにジャンプ買いに行ったり、俺の代わりにドラクエのレベル上げしたり……」
「それ全部アンタへの奉仕活動っスよね!」また子がつっこむ。
うるせーな、という顔で銀八は小指で耳をほじりながら、
「だからまあアレだよ、奉仕活動っつーのは、グラウンドの草むしりとか?」
「それが済んだら?」と、聞いたのは高杉だ。「奉仕期間は一か月あるんだろ?」
「済んだら? 済んだら、そのー……アレだ。次は、中庭の草むしりだな」
「それが済んだら?」
「す、済んだら? えーと、だからアレだよ、そう、次は体育館の裏の草むしりだな」
「それが済んだら?」
「ぐ……」と、言葉に詰まると、銀八は校長のデスクに近寄り、ヒソヒソと声をかけた。
「おい、あの眼帯野郎、すげー『済んだら済んだら』って言ってくるぞ。他になんかやらせることねーのかよ」
「そ、そんなこと言われても……」ハタが困り顔になる。「こっちはグラウンドの草むしりぐらいしか考えてなかったし……」
「なんでもっと考えとかねーんだよ。一か月あるんだぞ。他に草生えてそーな場所ねーのかよ」
「なんで草むしり限定なんじゃ! だいたい君も職員会議出てたんだから、そん時にいろいろ提案すりゃよかったじゃろーが!」
「俺が職員会議なんか出たって寝てるに決まってんだろーが!」
「威張るんじゃない!」
その時、教頭がプッと吹き出した。「おもしれーな、『悪魔のメムメムちゃん』」
「ジジイてめー! 目ぇ離した隙に『ジャンプ+』読んでんじゃねーよ!」
「おもしろくて草生えるわ」
「草じゃなくて、てめーの触角むしるぞジジイ!」
「だったらこうしねーか?」
と、教師たちの小競り合いに割って入ったのは高杉の声だった。
銀八たちは、ん? と、そちらを向く。
「俺たちがどんな奉仕活動をするかは、依頼人次第……てのはどうだ」
「依頼人?」銀八が片眉を上げる。
ああ、と頷くと、高杉は不敵な笑みとともに続けた。
「これから一か月間、俺たちは『校内奉仕活動部』ってのを立ち上げる。俺たちに何かやらせたい奴がいれば、俺たちはそいつの依頼に応えるってわけだ」
「依頼に応える、か……」銀八は繰り返すと、腕を組んだ。「ま、要するにアレか、『スケット・ダンス』高杉版をやろうってことか」
「そういう形ならアンタらも楽でいいんじゃねーか? 俺たちにやらせることをいちいち考えなくて済むんだからよ」
「ま、楽っちゃ楽だけどよ……」銀八はハタに顔を向けた。「どーすか? 校長。校内奉仕活動部」
「うーむ」とハタは思案顔になる。「悪くはないと思うが……」
「いいんじゃないですか」と言ったのは教頭だ。「生徒の自主性を重んじるという意味でも、いっそ部活にして、コイツらに活動内容を委ねるというのは」
迷っていたハタだが、やがて「そう……じゃな」と頷いた。そして高杉たちに向き直る。
「いいじゃろう。今日から一か月、君たち五人を校内奉仕活動部として認めよう」
要求が通ったことに満足したのか、高杉の口元の笑みが濃くなった。
「サボるなよ」銀八が釘をさすように言う。「そういうクラブを作った以上、おめーら、本家のスケット団ばりに働くんだぞ」
「言われるまでもねーよ」
と返す高杉の頭には、いつのまにか赤い帽子とゴーグルが載っている。
「いや、晋助様、コスプレ早っ! ボッスンならぬタッスンっスか!? 素敵っス!」
*
校長室を出ると、高杉たちは体育館の裏手に向かった。
そこに、高杉たちが溜まり場として使っているプレハブ小屋があるのだ。元は何かのクラブの部室だったプレハブ小屋である。
「どういうつもりでござるか、晋助」歩きながら万斉が聞いた。「校内奉仕活動部とは」
「別に。大したことは考えてねーよ」先頭を行く高杉が言った。「あいつらの言いなりになって草なんぞむしってるより、こうするほうがおもしれーと思ったまでだ」
「しかし、私たちのもとに依頼人など来ますかね」と言ったのは武市だ。
「確かにねェ」と似蔵も続ける。「校内のフダ付きのワルに、頼み事をしようなんて酔狂な奴が果たしてどれだけいることやら……」
「ふっ、意外といるかもしれねーぞ?」高杉が鼻を鳴らす。「酔狂な奴が集まってんのが、この銀魂高校ってところだからな」
そして、五人は溜まり場のプレハブ小屋の前に着いた。
古びた小屋で、トタンの屋根や壁には錆が浮き始めている。小屋の入り口はアルミサッシの引き戸で、元々上半分はガラスが嵌 っていたのだが、それも割れてなくなり、今は代わりにベニヤ板が張りつけられている。
その引き戸の前で高杉は立ち止まり、しかし中に入ろうとはしなかった。
「晋助殿?」
武市が声をかけると、高杉はようやく口を開いた。
「……やるからには、クラブの看板出しといたほうがいいだろうな」
そう言うと高杉は腰を屈め、引き戸の近くに転がっていた黒のスプレー缶を拾 い上げた。
カラカラと缶を振ると、引き戸のベニヤ板の部分に何やら文字を書き始める。
校内奉仕活動部——とは書かなかった。
「これは……」と、武市が呟いた。
高杉が書いたのは、三文字。荒々しい書きぶりで、
『万事部』
「こっちのほうがシンプルでいいだろ」
高杉は言って、薄く笑った。
確かに、意味するところが同じなら、三文字のほうが話は早い。高杉の洒落っ気に、また子たちもニヤついた。
ちょうどそこへ通りかかったのが、同じクラスの神楽だった。
「ん? お前たち、何アルか。クラブ作ったアルか。えーと……」
と、神楽は引き戸の文字を読んだ。
「まんことぶ」
「いや、『よろずぶ』っスよ!」