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【古橋】 さて、ジャンプJブックス『百万光年のちょっと先』刊行特集ページということで、ここでは作者の古橋秀之が聞き手となって、担当編集・渡辺周平氏にお話を伺います。

【周平】 ふつう逆だと思いますが。編集者が出しゃばっても熱心な古橋ファンに石を投げられますよ。

【古橋】 まあ作者が語る機会はほかにもあるでしょうし、渡辺さんも、この本に掛ける情熱というか、いろいろと語りたいことがありそうですし。
それに私、広告的なアピールとか、あまり得意ではないので、その辺、編集さんからやっていただけたらなと。

【周平】 そういうことであれば、怒られない程度にやらせていただきます。
もちろん、語りたいことはあります!

【古橋】 ですよねー。


【古橋】 では、『百万光年のちょっと先』とはどういう作品なのか。
公式には、徳間書店さんの季刊SF誌『SFJapan』に2005年から2011年に掛けて連載された連作ショートショート、このたび、連載時の「プロローグ+47編」に「書き下ろし1編+エピローグ」を加えてJブックスから刊行……ということになりますが、まずは「なぜ、この作品を今」といったあたりの、事情や意図などをお聞かせいただけますか。

【周平】 個人的な話から入りますが、まず『百万光年のちょっと先』の存在を私が知ったのは大学1年生の頃、2007年です。
SF研に入った際、自分が未読の作家で、先輩方から「SFファンなら読んで損はない」と勧められたのが秋山瑞人先生、上遠野浩平先生、長谷敏司先生、古橋秀之先生の諸作品で、すぐに夢中になって読み漁りました。

【古橋】 その辺りの顔ぶれは、90年代末から2000年くらいにライトノベルレーベルからデビューした作家さんですね。
当時は「ラノベ」が最先端というか未分化の文芸ジャンルで、SFの人たちからは「ラノベは『なんでもあり』だから、SFもやれる」「新しい世代のSF作家はラノベから出てくるのでは」などと言われていました。

【周平】 大森望さんなどが書評で積極的にSFライトノベルを取り上げていらっしゃった頃ですね。
そういったレーベルで活躍される作家さんの、雑誌掲載の作品にも手を出していって、そこで知ったのが、『SFJapan』誌の『百万光年のちょっと先』でした。バックナンバーから順に集めたのですが、やはり連載第1回(「プロローグ」「死神と宇宙船」「卵を割らなきゃ、オムレツは」「勇敢でハンディなポータブル百科辞典」)のアイデアの多様さ、壮大なのに軽快な物語にまず驚きを受けました。作品ごとに魅せ方の凝った丹地陽子先生のイラストも印象的でした。「このクオリティのSFショートショートが雑誌に連載されているというのは凄いことではないか」「もっと多くの人に知られないと世界の損失ではないか」という話を、SF研のメンバーともしょっちゅうしていました。

【古橋】 ありがとうございます。私はオタク業界の隠れキャラ的な立ち位置にいるのですが、あちこちの方にそう言っていただくことで、どうにかこうにかやって来られた感じです。
ちなみに丹地陽子さんは逃げも隠れもせずにご活躍中ですが、『百万光年』の仕事はレアなので、ぜひ、どうにかしてみなさんに見ていただきたいです……やはり、雑誌のバックナンバーですか?

【周平】 そうですね、バックナンバーは、図書館になくてもAmazonで見つかったりするので、ぜひ……いえ、他社の本ばかり告知すると怒られますので、Jブックス版の方の話へ。

(※インタビュー後の渡辺注記:丹地陽子先生は、書籍版刊行時、twitterで『百万光年のちょっと先』連載時のイラストを公開し、書籍の宣伝をして下さりました。改めて感謝申し上げます)

画像:掲載誌『SFJapan』と『百万光年のちょっと先』書籍


【周平】 それで、自分が就職し、漫画の編集部に配属になった後も『SFJapan』を買い続けていましたが、2011年に掲載誌が休刊になった時はショックでした。別の作家さんの連載・短編にも、面白い作品が多かったですし、『百万光年のちょっと先』は、プロローグはあるのにエピローグがない、宙ぶらりんの状態で終わってしまっていましたし。

【古橋】 いやあ、私もショックでした。突然の休刊もそうですし、その直後に東日本大震災で日本中が大騒ぎになって、半年くらい担当さんと音信不通になって。

【周平】 ああ……震災の影響は大きかったでしょうね。
それでも、待っていればいずれは本になるはずだろう……そう信じて耐えしのいでいましたが、待てど暮らせど書籍化の知らせが来ない。このまま埋もれてしまうのでは? と他社のことながらやきもきしていました。

【古橋】 実はそれ以前から書籍化する計画までは立っていて、何度かスケジュールを切ったり入稿用の原稿を提出したりしていたのですが、その度にするりするりと延期になっていまして……。

【周平】 本が出ない間も、先生はきちんと本を出すために原稿を直されていたんですよね。かつて読者サイドで「古橋秀之はもう小説を書かないのではないか」と憶測で語っていた者の一人として、お詫びしたいです。
それで、自分が小説の部署に移った時、渡りに船と言うか満を持す気持ちで「他社から出ないのなら、うちで出そう」という決意を固めました。
特に、古橋先生とお会いして、雑誌未掲載だった『百万光年のちょっと先』のエピローグを読ませて頂いたのちは、「自分だけがエピローグを知っている」という状態になってしまったので、これは一刻も早く本を出さないとマズいと。

【古橋】 この作品以外にも何度か経験ありますが、「最後まで読むとすげえいい話にまとまってるのに、誰にも読んでもらえない」というのは、書き手として本当に辛いです。ほめられてもけなされても「いや、でもあんた、オチまで読んでないから……」という。まあ「最後まで読んでもらえるように持っていく」のも仕事のうちではありますが……。

【周平】 そこは、やはり作家の方と編集者の共同作業だと思います。私もこの業界に入って、伝説の未完作品などと言われながら「作者が書いていないのではなく実は編集者の手元に原稿がある」本をいくつも噂に聞いていたので、『百万光年のちょっと先』をそうしてはなるものか、と。お役に立ててよかったです。

【古橋】 本当にありがとうございます。
話を戻しますが、何度か延期を繰り返すうちに、連載時の編集さんの心が折れてきたというか、「うちで出せないとも言い切れないから可能性を模索してみる」くらいまでトーンが落ちていたところに、渡辺さんが「弊社で、というか俺が出したいです」と力強く言ってくださったので、「この人にお任せしよう」と思いました。

【周平】 光栄です。普段、作家さん相手に「俺」一人称で喋ることはないので、たぶん緊張で精神が高ぶり過ぎていたのだと思いますが。

【古橋】 え、私的には、渡辺さんは「俺」っていうイメージでしたけど。
熱意というか勢いというか「俺がやりたいです! うおー!」みたいな。

【周平】 すみません。古橋先生とお会いする時は興奮していることが多かったかもしれません。ファンなので……もちろん熱意は誰にも負けないつもりです。
ただ、他社の雑誌に連載されていたもので完結から何年も経っている本をそのままの形で出す、というのは、こちらとしても社内的に乗り越えないといけないハードルが高く……刊行にゴーサインが出るよう、様々な方針を検討しました。

【古橋】 やはり普通に考えると無理だったわけですね。企画中も、ストレートに「無理を通すための売り込み方が必要」という話をされていたので、大変たのもしかったです。
具体的にはどんなアプローチをされましたか。

【周平】 物語の「語り手」である自動家政婦の魅力を、Jブックスというレーベルの読者に最大限届けられるようにする。また、収録作のうちのある一本――読み終わられた方にはどれか見当がつくのではと思いますが――を効果的に見せる。そういった考えのもと、「Jブックス25周年企画の一冊として、矢吹健太朗先生に挿画をご依頼する」ことで無事に刊行が決定。ちょうど、矢吹先生も『To LOVEる-とらぶる-ダークネス』の連載にいったん区切りがついた頃で、タイミングよく、素晴らしいイラストを上げて頂くことができました。

【古橋】 例の語り手さんは、劇中の表現では「木製のASIMO」みたいな感じなんですけど、それだとさすがにヴィジュアル的なアピールはしにくいですしね。
逆に、せっかく矢吹先生の絵なんだから、もっとプリップリでもいいんですが。下半身をこう、帯で隠して……。

【周平】 いや、そこはやはり、作品性というものがありますので。



【古橋】 『百万光年』は、Jブックスのレーベルの中ではイレギュラーな点の多い作品だったと思いますが、書籍の製作中にも、なにかご苦労や、普段と変わった点などはありましたか。

【周平】 いえ、作業自体には苦労と言うほどのことは。
自分が慣れ親しんだ作品だったので、特に校了作業は普段よりラクな上に楽しかったです。校了のために何度も読み返して、初読時には印象が薄かったものが急に眼にとまるようになる、という体験をしたのも驚きでした。「五歳から、五歳まで」は、初めて読んだ時には「年老いたのちに若返る」世界設定に翻弄される感じが強かったですが、展開と結末を知ってから改めて読み返すと、じんわりと抒情を感じました。
それから、古橋先生が書籍化にあたって文章に手を入れている部分を見つけることもあり、役得と感じました。自分がすぐに気付いた箇所で言えば、「指折り数えて」の結末の文章は初出から少しだけ変わっています。『SFJapan』をお持ちの方はぜひ見比べてみてください。

【古橋】 私のほうは、基本的に数年前の時点で原稿の細部までチェックは済んでいたのですが、校正時に、言い回しなどところどころいじっていますね。その辺りも含め、落ち着いて作業できたので、刊行までの間が空いてしまったことは、作品の内容にとってはよかったと思います。

【周平】 それから、校了中に感動したのが、「古橋先生の新刊を出す」という噂が広まっていて、週刊少年ジャンプを始め、他部署の色んな人や、関連他社の人がやってきて『応援してます』『見本本ができたら下さい』と言ってくれたことです。「今まで全然知らなかったけれど、あなたも古橋先生のファンだったんですね」とか「僕はあの作品が好きです」みたいな話ができたのが嬉しくて。隠れ古橋ファンの人口はこんなにも多かったんだ、という喜びです。

【古橋】 それは嬉しいですね。隠れず積極的に出てきてもらえると、もっと嬉しいです。

【周平】 ファンのみなさんも、先生に対してそう思っているかと……。

【古橋】 すいません。では「俺もがんばるからみんなもがんばれ!」と。

【周平】 その後、校了が終盤になったところで、島田編集長とも、どの作品が好きかの話題になりましたが、島田さんが好きなのは「彗星の鉱夫」と「四次元竜と鍛冶屋の弟子」だそうです。前者については、特に子供をもつ親として胸を打たれる部分が大きいでしょうし、後者については、ラストに「人生」を考えさせられるからだと思います。

【古橋】 好きなタイトルは人によってけっこう変わるというか、読んだ方の考え方などが反映されて面白いですね。いろいろな人の「好みの作品」を聞いてみたいです。

【周平】 読者の方の反応でも、皆さんが好きな作品を挙げて下さり、それぞれ語って下さっていますね。Twitterでは、私は「卵を割らなきゃ、オムレツは」「最後の一冊」「彗星の鉱夫」をマイベスト3に挙げていますが、収録作すべてにそれぞれの魅力があり、割とその時の気分によってマイベストも変動します。

【古橋】 その時の生活や体調などでも変わりますよね。
先ほど挙がった「彗星の鉱夫」なども、自分で読み返すと「けっこうしんどい話だなコレ」と思ったりして、自分自身の中でも書いた時と感じ方が変化していると思います。

【周平】 あと、SFファンとしては、算数/数学SFが好きなので「指折り数えて」と、バカ話として知人と楽しく語り合った「パンを踏んで空を飛んだ娘」が印象に残っています。古橋先生の自選としてはどうですか。

【古橋】 基本的にどれも気に入っていますが、今日は「十億と七つの星」「歌と絵と、動かぬ巨人」「平和の運び手」あたりが好きですね。

【周平】 「今日は」。

【古橋】 今日の気分では。


【古橋】 さて、それでは最後に、読者のみなさんに向けて、担当編集者からひと言お願いします。

【周平】 いや、そこは先生から。

【古橋】 挨拶とか、ちゃんとまとめるの苦手なんですよ。
「いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」くらいしか言うことなくて。

【周平】 昔のあとがきとかではもっとワイルドにまとめられてたじゃないですか。

【古橋】 あー、「今回もいっぱい殺してやったぜ」的な。
あの頃はいろいろとパンクでしたね。自己主張というか、なにか世の中のシステムみたいなものと戦っていたというか。
ただそういうのって、どこかの時点で「毎回それで原稿料もらってるんだから、結局安定路線だな」って気づいちゃうんですよね。なので、主張としてはそこでおしまい。自分なりに切実な気持ちではあったので、「お客さんがよろこぶから、適当に暴言吐いとくか」とはならない。

【周平】 ああ……なんだかすごく真面目ですね。

【古橋】 結局「挨拶が苦手」なんですよ。「場の空気に合った、ほどほどの節度とユーモア」みたいなのが。それで「毒にも薬にもならないことを言う」か、「大ぼらや極論に走る」か、極端に振れちゃう。
なので今は、インタビューとかあとがきでは失礼のないようにして、反社会的なネタは本の中身のほうで書けばいいやと。『百万光年』の中でも、実はけっこう罰当たりな話は多いです。

【周平】 あっさり社会が崩壊したりしますよね。そういった破壊的なアイディアと、繊細な叙情性が同居しているのがすごいと思います。

【古橋】 「大きな社会」と「小さな自分」の対比、みたいな。ちょっと古い世代のSFの人には、わりとそういう感覚があるんじゃないかと思います。

【周平】 ともあれ、えー、では。
刊行した本書は大きな反響を頂き、売切続出につき増刷も決定しました。「もっと多くの人に知られるべき作品だ」という初心の第一段階を叶えられてひとまず安堵しています。
また、書評家の方、一般の読者の方からも、たくさんレビューを書いて頂き、非常に嬉しいです。読んで下さった方、宣伝して下さった方、本当に有難うございます。
学校の図書館に入荷の要望を入れました、という声もありました。確かに、本書はショートショート集なので「朝読」にはぴったりかと思います。学生の方でお小遣いが足りず買えないという方はぜひどしどし学校図書館への要望を入れて頂ければ。

【古橋】 図書館! いいですね。私が子供のころ好きだった本も、だいたい図書館で手に取った児童書でした。この本にも、そういう出会いがあるといいと思います。

【周平】 皆さんに更に支持して頂ければ、古橋先生の作品、それ以外の作家さんのSF作品も、ぞくぞく刊行していけるのではと思っています。古橋先生とは、既に次の本のお話しなどもさせていただいています。そういった「先の展開」のためにも、『百万光年のちょっと先』を更に広めて参りますので、どうかご声援よろしくお願いいたします。

【古橋】 よろしくお願いします。

画像:古橋先生のこれまでの小説著作。更なる新刊を祈って

 

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