「親子の日ぃ?」
中途半端に開封された段ボール箱や巻物で雑然とした火影室に、七代目火影、うずまきナルトの声が響いた。
読み上げた書類をばさりと机に置き、顔を上げる。困惑の色濃い瞳を向けた先には、火影の相談役を務める男――奈良シカマルの姿が。
「ああ。新しい休日に名前をつけろとさ。新市街の連中からの要望だ」
シカマルの補足を聞いても腑に落ちず、ナルトは問いを重ねた。
「休日に名前って……どういうことだってばよ?」
「さあな。祭りの呼び方みたいなもんだろ。そもそも、連中と俺たちとじゃ休日の意味合いが変わってくる」
「ふーん……」
生返事をし、ナルトは火影室の扉を眺めた。
その先にそびえる火影岩を、さらに向こうに広がる新市街を見つめるように。
十数年前、第四次忍界大戦に先駆けて行われたペインの襲撃により、木ノ葉隠れの里は文字通り更地の荒野と化した。ひしゃげた家屋にえぐれた大地。里の基盤は根こそぎ吹き飛ばされたのだ。
だが、潰えずに残ったものもある。火影岩だ。
火影岩あるところに木ノ葉あり。自分たちを長年見守ってくれていた歴代の火影に背を向け、新たな土地で木ノ葉を興すなど、里の者たちには考えられなかった。
必ずやこの地で再興するのだ!
その想いは里の復興、そして、驚異的な発展へと繫がっていく。
里の創設時から営業を続けていた雑貨屋は二十四時間営業のよろず屋へと姿を変え、日が沈もうと暖簾を下ろすことはない。
里の内外には鋼鉄のレールが敷かれ、その上を雷車と呼ばれる細長い鉄の箱が走りはじめた。往来に数日を要していた他里との交流も、これにより一段と楽になった。
火影岩の後方には高いビルが建ち並び、その壁面に備えられた巨大モニターからは火の国のみならず、各国のニュースが流れている。『火影岩を見下ろす建物など言語道断』――ご意見番の老人たちはそう反対していたが、利便性は捨てがたく、次第に声も小さくなっていった。
数百人の居住を可能とするマンションはさらなる移住者を里に呼び、今や里の人口は忍よりもそうでない者のほうが多いとさえ言われている。ナルトが卒業した忍者学校ですら忍術科が定員割れを起こし、普通科の併設を余儀なくされる時代だ。平和になった証といえばそれまでだが。
もはや木ノ葉隠れの里は隠れることをやめ、火の国一の大都市となっていた。
高層ビルが連なる一画を、ナルトたちは新市街と呼んでいた。
もちろん便宜上そう呼んでいるだけで、木ノ葉に新だの旧だのといった格差はない。たとえ新市街で暮らす人々の多くが忍でなくとも、ナルトにとって里の者は皆等しく家族なのだ。
もっとも、忍とそうでない者とでは、どうしても生活サイクルに違いが出る。
そのひとつが休日だ。
忍の世界は不安定であり、且つ不条理。決められた勤務時間があるわけでもなく、特定の日に休むというのは難しい。それゆえ、忍にとっての休日とは『たまたま任務がない日』となる。いつ訪れるかわからない休日を特別視する忍は少なかった。
しかし、そうでない者にとっての休日とは『定期的に訪れる骨休みの日』だ。彼らは週に一度の休日に加え、なんらかの記念日も休みにならないか要求していた。今回の案件も、それに関わるものだ。
「まあ、カレンダーの日付を赤くするだけじゃ寂しいしな」
ナルトは火影の判子を手に取り、
「名前があってもいいんじゃねーか。反対する理由はねーってばよ」
手もとの書類に、ポンッと印を押した。
「決まりだな」
すぐさまシカマルの手によって、書類が『可決箱』へと放り込まれる。
かくして、木ノ葉隠れの里に『親子の日』なる休日が設けられた。
「……けどよ、親子の日って……具体的にどういう日なんだ?」
「申請書によると、親子の絆を深める日だそうだ。大層なお題目だが、要は買い物やら旅行やらで親子揃ってはしゃげってことだろ」
「親子の絆……か」
ナルトの表情に影が落ちる。頭にあるのは子供ふたりのことだった。ボルトとヒマワリ。彼らと最後に親子の時間を過ごしたのは、いったいいつだったろうか。
「ま、オレたちも家族サービスといこうじゃねーの」
それを察してか、シカマルの声はことさら明るいものへと変じていた。
「たまには家でゆっくりしろよ。どうせ帰っても寝てばっかで、ろくにガキ共と話せてねーんだろ? スケジュールに都合がつくよう、オレも手伝うからよ」
「シカマル……へへ、サンキュー」
朗らかに笑みを交わすナルトとシカマルだが、ふたりの視線はじわじわと床に下がっていった。
そこには机からこぼれ落ち、床の模様かと見紛うほど散らばった書類の山が。
「……都合、つくよな?」
シカマルの声に虚しいものが混じるが。
「ああ」
ナルトの返事は力強かった。
「親子の日……いいじゃねえか。絶対に帰ってみせるってばよ!」