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MIST GEARS GHOST

MIST GEARS GHOST

小説:田中創
イラスト:天野洋一
世界を絶望の霧が包む世界で、少年が手にしたものは「希望の鋼(ミストギア)」――!!
「煉獄の日」。その日、世界は災厄の霧(ミスト)に包まれた。生活に浸食していくミスト、そこから現れる異形の魔物。人
類は滅亡へと向かっていった。70年後。人々は、状況を打破すべく調査部隊GEARSを創設。そしてGEARSに入隊し、理不尽な世界に抗おうとするひとりの少年の物語が幕を開ける―!!
アプリゲーム内で使える主人公ウェズの装備一式+スタートダッシュアイテム特典付き!!【電子版も同時発売となります。

※電子版の特典はジャンプBOOKストア!で購入時のみ付属となります。

 

「というか、あの槍……」ウェズは眉をひそめた。

 いかに少女の技量が秀でていようと、ただの槍で大猪の装甲のように硬く厚い外皮を貫くことはできないだろう。

 しかしその外皮をいとも容易く突き破ったあの槍は、普通の武器ではない。刃に近い柄の部分には、 こうこう と光を放つ青い発光体が埋めこまれているのが見える。

 その光はウェズも 技師 、、 としての仕事柄、よく目にするものだった。

 ミスト結晶を凝縮したエネルギー体、ミストコアである。

 ミストコアが埋めこまれているとなると、あの少女が手にしている槍は――。

「ミストギア……?」

 人類の英知が生み出した、ミストに対抗するための唯一の手段。ミストを吸収する超高密度結晶体〝ミストコア〟を機関部に据え、爆発的なエネルギーを生み出す道具である。

 人類に有害なミストを吸収し、人類に必要なエネルギーへと変える。まさに人類の救世主たるシステムである。七十年前の〝煉獄の日〟以降、理不尽な世界に屈しかけた人々を救ったのも、このミストギアだった。

 ミストギアには様々な種類がある。街灯や暖房器具といった身近なものから、車両や工業用機械といった大型のものに至るまで、ウェズの暮らす王都には、多種多様なミストギアが溢れている。ミストギアはあらゆる機械製品の動力として組みこまれており、王都の人々の生活にとって必要不可欠なものなのである。

 壊れた世界を生き抜くために、世界を壊したその 元凶 ミスト をも利用する。ミストギアとは、人類不屈の理念の象徴なのだ――ミストギア技師向けの教練書には、必ずといっていいほど書かれているフレーズである。

 少女が手にした長槍をくるりと一振りし、刃先についた血を払った。

 あの長槍型のミストギアは、戦闘用である。その他の一般的なミストギアとは異なり、戦闘用ミストギアは、一般の人間が所持することは許されていない。それを持つことができるのは、選ばれた人間だけなのだ。

 少女はウェズに視線を向け、よく通る声で告げた。

「どうやら、大きな怪我はないようですね」

「え、えっと……君は?」

「私はヴァルクス王国王立軍ミスト調査隊、機動調査班第七小隊副隊長の、ディア・クレール少尉です。エネミー発生の しら せを受け、 とうばつ に参りました」

「ミスト調査隊……じゃあ君は、〝 GEARS ギアーズ 〟なのか」

 General Exceeding Armored Researchers――。通称〝GEARS〟。王立軍ミスト調査隊。世界を おお うミストの原因を究明し、その被害を食い止める目的で活動する組織である。

 彼らこそ、この国で唯一、戦闘用ミストギアの所持・使用を認められた者たちなのだ。

「よいしょ……っと」

 ウェズはなんとか岩の隙間から脚を抜き出すと、ディアと名乗った少女を仰ぎ見た。

「驚いた。GEARSには、君みたいな女の子もいるんだ」

「最近では別に、珍しくもありません。民間人は知らないことかもしれませんが」

 ディア・クレールと名乗った少女は、やや とげ のある口調で答えた。

「そもそもGEARS隊員に、年齢や性別はさほど関係ないのです。必要なのは、強い意志ですから」

「強い意志って」

「どんな強大なエネミーに対しても恐れることなく立ち向かい、この身を てい して人々を守る。言うなれば、英雄たらんとする強い意志です」

 英雄。その単語を聞くとウェズは、どうしても父親のことを思い出す。

〝鋼鉄の英雄〟グレグソン・アーマライト。

 父もかつてGEARSに所属していた。弱きを助け強きを くじ く、勇者の代名詞としても呼ばれていた。今だって母親が「心も身体も鋼のように強かった」と、誇らしげに語ることがあるくらいだ。

 英雄と呼ばれた以上は、その責任を果たさねばならない。それが父の口癖だった。

 父は五年前に戦死したときも、傷ついた仲間たちを かば って死んだのだという。最期の瞬間まで、父は英雄としての責任を果たしたのだ。

 もしおれが、父さんみたいなGEARSの英雄だったら――とウェズは思う。強大なエネミーが相手でも、恐れず立ち向かっていたのかもしれない。親方たちを救い、街のヒーローとしてもてはやされていたのかもしれない。

 だがそれが夢物語にすぎないことは、ちゃんと理解している。英雄として生きることができるのは、覚悟と才能を有したほんの一握りの人間だけなのだ。

 自分など、筋力も体力も人並み以下。得意なのはせいぜい機械いじりくらいのもの。父親のような生き方がまったく向いていないことはわかっている。

 だからこそウェズは、あえて父とは違う技師として生きる道を選んだのである。

「この世の理不尽から人々を守る。それが私の……私たちGEARSの役割です。そのためならば、何を失っても惜しくはありません」

 ウェズは思わず目を細めた。なぜか、このディアという少女が まぶ しく見えてしまったからだ。

「とにかく、ありがとう」ウェズが、ディアに向けて右手を差し出す。

 しかしディアは「当たり前のことをしただけです」と手を握り返すことはしなかった。

「それよりあなたは? こんなところでいったい何を?」

 急に問い返され、ウェズは「あ、えっと」と口ごもる。

「おれはファーレット工房の見習い技師で、ここには資源を取りに来たんだけど」

「なるほど、ミストギア技師でしたか」

 ウェズの なりわい は、ミストギアの製作である。

 とはいってもディアの持つ槍のような戦闘用ミストギアを作っているわけではなく、懐中時計やゴーグルなどの細々した日用品程度を扱う仕事にすぎない。そもそも軍用品は、王政府の許可を得た技師でなければ扱うことができないのだ。

 ディアは「それで」と続ける。

「あなたは資源集めのために、こんな場所までひとりで?」

「いや、ひとりってわけじゃ……」

 言いながらウェズは、我に返った。命を救ってくれた少女に気をとられていたが、自分は今しがた、仲間たちを失ったばかりだったのだ。

 地面はいまだ、工房の仲間たちの血で赤黒く染まっていた。むせかえるような死の臭いが、無力さとやりきれなさを突きつけてくるようだった。

「あ……!」

 ディアも、そこらじゅうに散らばる肉片に気がついたようだ。それで、ウェズにも同行者がいたことを悟ったのだろう。

 彼女はすぐに「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

「私がもう少し早く到着していれば、お仲間を助けられたのに」

 ディアが沈痛な面持ちで下唇を んだ。真面目な子なのだろう。ウェズは「キミのせいじゃないよ」と首を振った。

「こんな王都の近くにまでエネミーが出るなんて、おれたちだって予想できなかったんだ。〝 だまりの森〟からこっちは、絶対安全なはずだったのに」

「近年、ますますミストが濃くなっていますから。もはや絶対安全な場所など、どこにもないのかもしれません」

 長槍を背負い、ディアが きびす を返そうとした。

「早くここを離れたほうが賢明です。血の臭いにつられて、他のエネミーが来てしまうかも――」

 そのときウェズは、ディアの背後で黒い影が動くのを見た。倒れていたはずの大猪が、急に首を持ち上げたのである。

 巨体に似合わず素早く起き上がった大猪は、まずディアを仕留めるつもりなのだろう。二本の鋭い牙が、彼女の背中に迫った。

「危ない!」

 ウェズのとっさの叫びで、ディアは背後を振り向いた。間一髪、「くっ!」と、槍の柄で、牙による刺突を防いだ。

「往生際の悪いっ……!」

 ディアは大猪の顔面を蹴り、その勢いでバックステップ。うまく距離を取ることに成功した。

 しかし、いぜん危機を脱したわけではない。

 なんと、彼女の手にしていた槍が、柄の部分で真っ二つに折れてしまったのである。

「ギアが……!?」

 当たり所が悪かったのだろう。彼女のギアの柄の部分、発動機の青い発光が、徐々に弱くなっていくのが見て取れる。どうやら単純に柄が折れただけではなく、コア周辺の回路まで破壊されてしまったらしい。

 ああなってしまっては、ギアの出力を上げることはかなわないだろう。エネルギーの通わないミストギアなど、ただの鉄の かたまり も同然なのである。

 大猪もそれを好機と見て取ったのか、再び「グロアアアッ!」と唸り声を上げた。ディアのほうに向き直り、体当たりを仕掛けようとする。

「早く逃げろ! そんなギアじゃ戦えない!」

 ウェズはそう告げたのだが、ディアに逃げようとする気配はない。それどころか、果敢に大猪を にら みつけていた。

「ここは私に任せて、あなたこそお逃げになってください!」

「任せるって……!? ギアもないのに!」

「ギアがなかろうと、覚悟はあります! 時間稼ぎくらいならやってみせますから!」

 ディアは折れた槍を捨て、そのまま一直線に大猪のほうへと向かっていく。

「来なさいエネミー、あなたの敵はこちらですっ!」

 ウェズは目を疑った。

 いくらなんでも無茶だ。あんな大きなミストエネミーを相手に、素手で戦うことなんてできるわけがない。

 大猪が「グロッ! グロッ!」と荒々しく鼻を鳴らす。近づいてきたディアに向かって、牙を大きく振るった。

 ディアは上半身を らせ、すんでのところでそれを回避する。続く大猪の突き上げも、彼女は紙一重で かわ してみせた。

「すごい……!」

 さすがはGEARS隊員というべきなのか、彼女は実に器用にミストエネミー相手に立ち回っている。

 だけど――とウェズは眉をひそめた。攻撃を さば くディアの表情からは余裕が次第に失われている。回避のリズムが次第にずれ、牙が彼女の手足を かす るようになってきていた。

 あんな細い身体では、スタミナが続くとは思えない。いずれ彼女が致命傷を負うのは、時間の問題だろう。

  よこ ぎに振るわれた大猪の鼻先が、ディアの身体を とら えた。彼女の華奢な身体は、まるで突風に あお られた枯れ葉のごとく、後方に弾き飛ばされてしまう。

 ディアは「ううっ」と顔を痛苦に歪めながら、それでも立ち上がろうとしていた。

「早く……早く逃げてください! このエネミーは、私が食い止めますから……!」

 大猪の一撃により内臓が傷ついてしまったのか、彼女の口の端からは、赤い しずく がこぼれていた。

 どうして彼女はこんな無茶な真似をしようとするのか。

「もうやめろよ! 無理だ!」

 ウェズは叫んだ。

「もとより無理は承知……。それをひっくり返すのが、英雄の仕事です!」

「英雄って、なんで君がそこまで……!」

「この世界は、英雄を必要としています。民を守り、混迷の霧を晴らす英雄を……。 でも私は、そのような存在にならねばならないのですっ……!」

 ディアは大猪を見据え、猛然と飛びかかった。大猪の前足に蹴りを放つも、やはり効いている気配はない。当然だろう。

 大猪は大きな牙で、ディアを突き殺そうとしている。

 もはや劣勢は明らかだった。

「さあ、早くお逃げなさい!」

 ディアにそう告げられても、ウェズの足は動かなかった。動けなかったのは恐怖のせいだけではない。ディアのことが、どうしても気になってしまったのである。

 無理をひっくり返すのが英雄――。かつてウェズの父も、似たようなことを口にしていたことがある。ウェズの身を救うため、ミストギアもなしでエネミーに挑む彼女の姿は、どこか生前の父にダブって見えてしまっていた。

 自分とさほど とし の違わない少女が、どうしてそこまで英雄にこだわるのか。どうして自分のように、無理を無理として あきら めてしまわないのか。ウェズにはそれが不可解でならなかったのである。

 それを知りたい。そのためにもあの子を、ここで死なせるわけにはいかない。

 ウェズは必死で考えを巡らせた。今この状況で自分にできることはなにか。

 ディアに加勢するべきか? いや、それは無茶だ。ミストギアも持たない非力な自分が、ミストエネミーに挑んだところでたかが知れている。そもそも自分は彼女のように戦士としての訓練を積んでいるわけではなく、 いつかい のミストギア技師にすぎないのだ。しかも見習いの。

 自分にできることなど、せいぜいがちょっとしたギアいじり程度のものである。

 だったら――と、ウェズは地面に目を向けた。さほど遠くないところに、ディアが投げ捨てた槍が落ちているのが見えた。

 そこに向かって、ウェズは地面を蹴る。

「あなた、いったいなにを……!?」

 ディアがウェズに一瞬、 いぶか しげな視線を向けた。しかし今の彼女は、目の前の大猪の攻撃を捌くことでいっぱいのようだ。こちらにばかり注意を向けるわけにもいかないらしい。

「悪いけど、勝手に使わせてもらうよ!」

 ウェズは折れた槍の穂先を拾い上げ、コア周辺の発動機をチェックする。どうやら家庭用のギアでも戦闘用のギアでも、発動機の機構には大きな差はないようだ。

「よし、これならいける」

 回路に断線はないか。コアの冷却ユニットに異常はないか――。調べた結果、ほんの少しの修理でなんとかなることが判明する。

 ウェズは腰の 工具袋 ポーチ から工具を取り出した。

改造開始 カスタマイズ・レデイ ――」

 手順はいつもと同じ。断線したケーブルをつなぎ合わせる。ねじ曲がっていたシャフトを予備のものと交換する。耐熱カバーは補修材を当てるだけで充分だろう。

 それは親方のもとで、何年も繰り返してきた工程だった。こんな状況でもいつも通りに手が動くことに、ウェズは我ながら驚いてしまう。

完了 コンプリート !」

 ものの数十秒ほどの修理によって、発動機のミストコアは再び青い輝きを取り戻した。ギアとしての機能も回復したのだろう。駆動音が鳴り始め、排気部からは高圧の蒸気が噴き出した。

 さすがに折れた柄までは直すことはできなかったが、穂先だけならなんとか機能を取り戻した。手持ち用の短槍として使うことくらいはできるだろう。

 直した槍を腰だめに構え、ウェズは大きく息を吸った。あの大猪はディアを仕留めようと やつ になっており、こちらにはまるで注意を向けていない。

 やるなら、今だ。

「い、行くぞっ……!」

 ウェズはあらん限りの力で槍を握りしめ、大猪に向かって走った。ディアからすればさすがに予想外の行動だったのだろう。「え!?」と目を丸くしている。

 ウェズはその勢いのまま、大猪の脇腹に思い切り短槍を突き立てた。

「う、うおおおおおおおおっ!」

 槍の穂先はいとも容易く大猪の皮膚を貫き、その肉を穿った。「グロオオオオオッ!」という悲鳴と共に、返り血がウェズを濡らす。ウェズの一撃が深手を与えたようだ。さすがは戦闘用ミストギアの威力である。

 大猪は大きく体勢を崩し、うつ伏せに倒れた。致命傷だったのだろう、一見したところ、再び動きだすような気配はない。

 今度こそ仕留められた……ということだろうか。

 ウェズは短槍を握りしめながら、「はあはあ」と荒い息を繰り返していた。恐怖と興奮のあまり、背中は変な汗でびしょびしょになってしまっている。

 あんな恐ろしい怪物を、自分がこの手で倒してしまえるなんて。

「まさか……。信じられない」

 ディアもまた、状況が飲みこめていないようだった。倒れた大猪とウェズを交互に見て、目をしばたたかせている。

「あなたが仕留めたのですか……。壊れたギアを使って」

「あ、その、勝手に直して使ったのは悪いと思ったんだけど」

「驚きです。こんな急場でギアの修理をやってのけるなんて」

 ディアは訝しげに、ウェズが手にしている折れた槍を見つめている。

 正直ウェズ自身、信じられないことだった。ミストギアの修理をしたことはもちろん、自分がそれを使って、ミストエネミーに立ち向かったことも。

 恐怖で動けなかったはずなのに、気づいたら頭と身体が熱くなっていたのだ。こんな無謀なこと、普段のウェズなら絶対にできなかったはずである。

 もしこの無謀な行動に原因があるのだとしたら、それはきっと、この目の前の少女のせいだろう。

「民間人に助けられるなど、GEARSとしては恥ずべきことですが――」ディアはぽんぽんと外套についた ほこり を払うと、姿勢を正した。「ここは素直に礼を言うべきですね。ありがとうございます」

 ウェズは「うん」と うなず き返し、彼女に槍の穂先を返すことにした。

「それじゃあ、これ」

「完全に破壊されたはずなのに……本当に直っている。信じられませんね」

 ディアは受け取った槍をしげしげと見つめ、眉をひそめている。ウェズがギアを直してみせたことが、よほど意外だったのだろう。

 修理自体は大して難しいことではなかった。ギアの仕組みを学んだ人間なら、誰でもできることである。それよりむしろ――と、ウェズは、ディアの整った顔を見つめる。ギアもなしでミストエネミーに挑んだこの少女の行動のほうが、自分にとってはよほど奇異なものに感じられてしまうのだった。

「その、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 ウェズが たず ねる。

「なんでしょうか」

「えっと……さっき言ってた、『英雄にならなくちゃいけない』ってやつ、あれはどういう意味なのかなって」

「言葉通りの意味です。ミストを晴らし、この国の民を救う。私には、そのような英雄になる義務がありますから」

「義務?」

「詳しく説明はできませんが――」

 ディアがそう言いかけたところで、背後から「よーう」と気の抜けたような男の声が聞こえてくる。

「見てたぜ~。危ないとこだったなぁ」

 長身 そう にボサボサの長い赤毛。無精ひげ交じりの ほそおもて 。年季の入ったロングコートを羽織った、四十歳がらみの男である。堅気の人間には思えないような風体のその男は、背丈と同じくらいのサイズの巨大な大剣を軽々と肩に担いでいた。

 まるで巨人でも一刀両断できそうなほどの、重厚な くろがね の大剣だ。発動機周りの青い発光を見れば、ミストギアらしいことが うかが える。

 この男、いったい何者なのだろうか。

 

 

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