「初めましてだな、青年」
男はウェズに向けて、にいっと、しまらない笑みを浮かべた。
「さっきのアレ、すげえじゃん。ぶっ壊れたギアを戦闘中に修理するなんてさ」
「え、えっと……?」
「それにさ、そのあとも 勇 ましかった。何の訓練も受けてない 素人 がミストエネミーに立ち向かうなんて、立派なモンだよ。……キミ、見た目はナヨっちいけど、なかなか男らしいとこあるねえ」
赤毛の男はウェズに近づくと、 馴 れ 馴 れしく肩を叩いた。呼気がとても酒臭い。
「ちょっと、あの?」
この男、本当に何者なのだろうか。ミストギアを持っているあたり、GEARSの人間だということはわかるのだが……雰囲気がまったく軍人のそれではない。目は充血し、ときおり「うぷっ」と口元を押さえているのは、飲みすぎのせいなのだろうか。
ウェズの目には、ただの酔っ払いにしか見えなかった。
「ウラガン大尉」ディアが敬礼をする。「救援、感謝いたします」
「いやいや、救援つーか、俺が到着する前に倒しちゃってたみたいだし。何の感謝もされる筋合いはねえけどな」
どうやらこの赤毛の男は、彼女の上官らしい。よくよく見れば、ディアと同じようなデザインのワッペンをしている。「7」という数字と共に描かれている動物は、ニワトリのようだ。
ウラガン大尉と呼ばれた男が、地面に目を落とした。散らばる親方たちの 亡 骸 を見て、気の毒そうに眉をひそめている。
「とりあえず、ホトケさんたちを 弔 ってやろうぜ。このまんまじゃ 可 哀 想 だ」
ウラガンは腰を落とし、亡骸を拾い始めた。ディアも「はい」と頷き、それに 倣 う。
ウェズもまた、仲間たちだったものを一か所に集め始めた。ぬるりとした彼らの亡骸には、まだ 微 かな熱が残っているような気がする。
複雑な気分だった。つい数十分前には笑って雑談をしていた相手が、物言わぬ肉片となってしまっている。あの状況では、自分だって死んでもおかしくはなかったのだ。
ウェズが生き残ったのはただ単に、運がよかったからにすぎない。そう思うと、親方たちには申し訳なさを感じてしまう。
「なんで……」
ウェズの 呟 きに、ウラガンが「あん?」と首を 傾 げる。
血にまみれた両手を見つめながら、ウェズは続けた。
「なんで親方たちが、こんな目に 遭 わなくちゃいけなかったんだろう。おれたち、なにか悪いことでもしたのかな」
「いいや、誰も悪くなんかねえよ。青年」ウラガンが答えた。「ミストに覆われたこの世界じゃ、いつだって死は突然にやってくる。そういうもんなんだよ」
「理不尽、ってことですか」
「ホント、理不尽な世の中だよな」
墓標代わりの岩を積み上げながら、ウラガンがしみじみと呟いた。
「今月だけで、民間人の死傷者数は百を超えてる。ミストエネミーどもが、ますます凶暴になってるってことだよなあ」
「それだけ、私たちの責務が重くなっているということです」
ディアの手には、一輪の花が握られていた。採掘場の 隅 に咲いていた白い小さな花だ。ディアはその花を積み上げられた岩の前に置き、手を合わせた。
GEARS隊員である彼女は、こうして他者の死に直面する機会も数多いのだろう。いったいそれがどれほどの重圧を彼女に与えているのか、ウェズには計り知ることができなかった。
ウラガンが、ディアに向き直る。
「んで、お嬢。怪我は?」
「『お嬢』はやめてください。私はディア・クレールです」
「いいじゃん別に。実際お嬢なんだし」
ディアは 頰 を膨らませているが、『お嬢』という呼び名は妙に彼女にしっくり合っているような気がする。彼女の高貴な雰囲気は、確かにどこか良家のお嬢様のそれだった。
「つーかさあ」ウラガンが続ける。「お嬢、突っこむときはまず仲間を頼れって」
「すみません、急ぎだったもので」
「急ぐときこそ気をつけろってね。第七小隊の隊訓を忘れちゃった?」
「『死んでも生き延びろ』……です」
ばつが悪そうに答えるディアに、ウラガンは「そうそう」と頷く。
「ま、死んじまったらどうしようもねえしさあ。何事も命あっての物種だしな」
「しかしウラガン大尉。お言葉ですが」ディアが口を尖らせた。「頼るべき仲間が頼れない場合には、自分で戦うしかないでしょう」
「ん? 仲間、頼れないの?」
「第七小隊では先日、三名が 殉 職 し、一名が怪我で除隊しました」
「あー、そうだっけ」ウラガンが後ろ頭を 搔 く。「つか死にすぎだよな、うちの部隊。もうちょい隊訓を守ってほしいもんだぜ」
「それを言うなら大尉だって、GEARSの規則を守る気ないでしょう。お酒を飲みながら任務を行う隊長なんて、言語道断です」
ウラガンはまるで悪びれた様子もなく「へっへっへ」と笑みを浮かべている。
「まあ酒の件はともかく、確かにうちの隊、人員不足感は 否 めねえよなあ」
ウラガンが顔をしかめ、後ろ頭をガシガシと搔きむしる。ややあって彼は、ウェズの顔をしげしげと 覗 きこんできた。
「なあ青年、お前の名前は?」
「え? ああ、ウェズ、ですけど」
「ウェズ君ね。んじゃ、ファミリーネームは」
「アーマライト」
「アーマライト……。ああ、やっぱり。アーマライト少佐の息子さんか。どうりで似てると思ったんだよ」
どうやらこのウラガンという男は、ウェズの父を知っているようだ。横でディアも「まさか」という表情を浮かべている。「あの〝鋼鉄の英雄〟の……」
やはりGEARSでは、ウェズの父の名前はそれなりに知名度があるらしい。
「じゃあウェズ君さ、キミ、GEARSに入らない?」
唐突にウラガンに告げられ、ウェズは「え?」と思わず聞き返した。
「何の訓練もなしで、このレベルのエネミーを仕留めてみせたんだから。 第七小隊 の隊員になる資格は十分だろ」
「いえ、さすがにそれは」ディアが眉をひそめた。「先ほどの戦闘はたまたまうまくいっただけにすぎません。彼はただの町工場のギア技師ですよ? 戦闘向きの才覚の持ち主には思えません」
「へえ、ギア技師、いいじゃん」ウラガンが、ヒュウッと口笛を吹いた。「ミストギアが壊れたとき、パパッと修理できるわけだろ? そういうヤツが隊にいれば、なにかと便利じゃね?」
ウラガンはウェズのほうに向き直り、白い歯を見せた。
第1章
「なあ青年、どうだい? GEARSに興味ないか? 上層部には俺がナシつけとくからさ。今なら即採用だぜ?」
「え、ええっと……」
急に問われ、ウェズは 狼狽 えてしまった。
興味がないと言えば 噓 になる。父と同じ道を歩くことは、子供の頃の夢だったのだ。自分には無理だと思って諦めていたその 機会 が、まさかこんな形でもたらされるなんて。
ウラガンが、ウェズの肩をぽんと叩く。
「気の毒だが、工房のお仲間もみんなやられちまったみたいだしな……。どっちみち、新しく仕事を探さなくちゃいけないんだろ?」
「それはまあ、そうですけど」
「じゃあ、ウチの隊で働けばいい。命がけの仕事も多いけど、そのぶん給料は悪くねえぜ」
ウラガンに告げられた数字は、ウェズにとっては破格の 報 酬 だった。現在の手取りの三倍はある。これなら母や妹にも、いい暮らしをさせてやることができるだろう。
「どうしてこんなに?」
「アーマライト少佐には、昔、割と世話になったからな」
ウラガンが答えた。
ウェズは「そういうことですか」と考えこむ。
GEARSの任務が危険と隣り合わせだということは知っている。あの〝鋼鉄の英雄〟だって命を落としたくらいなのだ。そこはかなりのネックである。
しかし、前線の勤務でさえなければ、さほど危険ではないだろう。GEARSには前線で働く機動調査班とは別に、〝後方支援班〟という部隊もあり、そこならそれほどリスクはないと聞いたことがある。
ウェズは、ウラガンに尋ねてみることにする。
「その、あくまで技師として、ということでいいんですよね?」
「ああ、まあ、それでいーよ」
「つまり、後方支援班ってことですよね?」
「そーね、そんな感じ。技師枠採用だ」
満足そうに頷くウラガンの横で、ディアは「また勝手なことを」と難しい表情を浮かべていた。
「私は正直、賛成できません。隊長の一存で、民間人を入隊させるなんて」
「相変わらず固いなあ、お嬢は……。いいじゃん別に」
「英雄として生きることができるのは、強い覚悟を持った人間だけです。彼のような普通の人間に、その覚悟があるとは思えません」
強い覚悟……。確かにディアの言う通りだ。ウェズには、父のような英雄を目指すほどの覚悟はない。なにせ、工房の仲間たちがエネミーに殺されるのを目にしたばかりなのだ。より一層、恐怖のほうが強まったくらいである。
「でも、だからこそ」
だからこそウェズは、この目の前の少女が気になって仕方がないのだ。
ウェズを救うために素手でエネミーに立ち向かうなど、正気の 沙 汰 ではない。義務と言っていたが、それはもう 呪 縛 の 類 にすら思える。
義務とはいったいなんなのか。こんな年若い少女が命をかけて英雄を目指さなくてはならない理由とは、いったいなんだというのだろうか。
この子のことを、もっと知りたい。彼女の近くにいれば、その機会もあるかもしれない。
「お願いします、ウラガンさん。おれ、GEARSに入ってみたいです」
ウェズの言葉を聞いて、ウラガンがにいっと白い歯を見せた。