暗躍
一
いつものように目が覚める。
子供のころ忍者学校に入ってから、ずっと変わらない習慣だ。どんなに夜遅く眠りに就いても、かならず決まった時間に目が覚める。
「ふぁーあ」
見慣れた天井を眺めながら、シカマルは欠伸をした。
「ん」
いつもと違う匂いに気づいて、みずからの服を嗅いだ。
肉を焼いた煙と、煙草の匂いが染みついている。そういえば、昨日は久しぶりにチョウジとふたりで遅くまで吞んだ。帰ってきたのは真夜中。もちろんテマリとシカダイはとっくに眠っていた。着替えるのも面倒だったから、上着を脱いでそのまま布団に寝転がり、気づけば朝だった。
「風呂入ってねェ」
溜息まじりにつぶやいた。
昨夜の愉しかった思い出が、沈鬱な気持ちに押し潰されてゆく。おそらく風呂には湯が張られたままだ。当然もう冷たくなっている。如才ないテマリのこと。いつ帰ってくるかもわからないシカマルのために、十分に湯を温め、蓋をしていたはずだ。
そういえば、台所のテーブルにはフキンがかけられた夕飯があったような気がする。
「やべーな……」
急にチョウジに誘われたため、テマリに連絡するのを忘れていた。
煙の匂いの染みついた腕で、顔を覆う。
「めんどくせー」
なにもかも自分が悪い。
連絡しなかったことも、風呂に入らなかったことも、そのまま寝てしまったことも……。
それでもこれから起こるであろう面倒事を考えると、自分の非を棚にあげてしまいたくなる。
わかってる。
自分が悪いのはわかっているんだ。
これ以上、責めなくても……。
この後、言いたくなるであろう言葉が、すでに頭を占拠していた。
「くそっ」
気合を入れて身体を起こした。頭は明瞭だ。次の日まで残るほど酒を吞むような忍はいない。
両手で顔を挟むようにして頰を二、三度叩く。そうして気合を入れなければ、目の前の障子戸を開く力さえ湧いてこない。
風呂に入っていないから、もちろん髪は束ねたままだ。幾度もの寝返りのせいで、方々から後れ毛が飛びだしている。垂れた毛先に頰を刺されて、わずらわしい。
どうせこれから風呂に入るのだ。束ねた紐を取って、髪の拘束を解いた。それからはげしく首を左右に振って、まばたきをする。
「よしっ」
みずからを奮い立たせているのだが、やはりどうやっても気が重い。
障子戸を開き、廊下に出た。
「おぉっ!」
廊下に踏みだした瞬間、眼前に息子の顔があった。おどろいたシカダイが、父を見あげながら目を見開いている。
「お、おはよう」
シカマルは、かすれた声で言った。
「風邪ひいたんじゃねーの?」
妻に似た鋭い視線でシカマルを見つめながら、シカダイが問う。
「いや、昨日少ししゃべりすぎちまった」
酔うと大声になるチョウジに負けずに話そうとすると、ついこちらも声が大きくなる。愉しくて煙草も多めに吸ってしまったから、余計に喉に負担がかかったはずだ。
「おい、父ちゃん」
半身になったシカダイが、顔を近づけてきてささやく。
「なんか今朝、母ちゃん機嫌が悪いみてーだぜ」
言われなくてもわかっていた。
原因はシカマルにある。
廊下のむこう、茶の間つづきの台所から聞こえてくるまな板の音が、いつもよりも強い。あれは相当、怒っている。
「だろうな……」
苦笑いするシカマルの身体に、シカダイが肩を触れさせる。
「頑張れよ」
つい最近まで、転んだくらいで泣いていたくせに、ずいぶん大人びたことを言うようになった。
自分の幼いころを見ているようなシカダイの束ねられた髪を上からつかむ。そして、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に振った。
「止めろよ。煙草の匂いがつくだろ」
「うるせー。生意気なこと言ってねェで、さっさと仕事に行け。中忍試験で注目されて、難しい任務が回ってくるようになってるはずだ。気を引き締めねーと、仲間の足を引っ張るぞ」
思えばシカマルも、里に注目されたのは中忍試験の時だ。はじめてテマリと出会ったのも、中忍試験だった。
出会いは敵同士。
それがいまや夫婦。
人生とはわからないものだ。
「飯は食ったのか」
「あぁ」
「支度は」
「終わってる」
答えながらシカダイは、頭をぐりぐり回されている。
「だったら、さっさと行け」
「わかってる」
苛立ちの声を吐きながら、息子は父の手から逃れた。
「頑張れよ」
「ったく、めんどくせー」
恨めしそうにシカマルを見あげると、シカダイは玄関のほうへと歩いていった。
まったく誰に似たのやら……。
シカマルである。
口癖まで昔の自分を見ているようだ。
「さて」
戸を開いて敷居を飛び越えるシカダイを見送ってから、シカマルは腹に気合を入れて、まな板を叩く音のほうへと歩みを進めた。
「おはよう」
振り返りもしない妻の背中を見つめながら、頭をかく。
「風呂入ってくる」
答えは返ってこない。
これは相当だ。
重い気持ちを引きずりながら、温めなおした湯船につかり、じっくりと考える。さて、どんな小言が待っているのか。それとも、数日このままだんまりを決めこまれるのか。考えただけで、腹がきゅっと締めつけられる。
風呂から上がり、ていねいに身体をふく。部屋着に着替えるのは面倒くさい。などと思いながら風呂場の扉を開くと、洗いたての仕事着一式が、丁寧に折り畳まれて置かれていた。袖を通し、上着を手に持ち、茶の間へとむかう。
卓袱台の定位置にテマリが座っている。シカマルの定位置の前には、温かいご飯と味噌汁、そして焼き魚が置かれていた。いつもの奈良家の朝食である。
静かに飯の前に座った。
「昨日は悪かったな」
目を伏せて押し黙る妻に、にこやかに語りかける。こういう時は素直に謝ったほうがいい。下手な言い訳をすると、無数の反撃が待っている。長年の夫婦生活で培った、シカマルなりの処世術である。
「いただきます」
答えが返ってくる前に、手を合わせて箸を取る。味噌汁をひと口すすって飯をかきこむ。
「うまい」
まずは褒める。とにかく妻の機嫌を逆なでしないことだけに、集中するのだ。悪いのはすべて自分なのだ。反省を全身で表す。
テマリは黙ったまま固まっている。
いつもなら、そろそろ小言のひとつでも言ってくるころなのだが、今朝はどうやらいつもより虫の居所が悪いらしい。
何故だ……。
煙草の匂いも、風呂に入らずに寝たことも、飯を喰わないという連絡をし忘れたことも、これまで幾度もあったではないか。
それなのに何故、今日はここまで怒っているのか。
うまいと言って食べてはいるが、飯の味はいっさいわからない。シカマルの全神経は、隣で押し黙っている妻へと注がれている。
焼き魚は、半身を食べ終え裏側に差しかかっていた。飯はもうなくなりかけている。
「お代わりは?」
やっとテマリが口を開いた。
「たのむ」
微笑みながら茶碗を差しだす。目を伏せ、視線を合わせぬテマリが器用に茶碗を受け取って、新たな飯を茶碗に盛った。
「はい」
「ありがとう」
いつもは無言で受け取るのだが、無意識のうちに礼の言葉が口からこぼれる。
「あの……」
飯のつづきを食べながら、言葉をかけた。なにか用件があったわけではない。頭のなかで、話題を考える。
そんなシカマルの機先を制するように、テマリがとがった声を吐いた。
「昨日がなんの日だったか覚えているか」
妻の言葉がシカマルの胸を貫いた。
ま、ず、い!!!!!!
いまのいままで忘れていた。
結婚記念日。
シカダイたちの中忍試験を大筒木一族の残党にぶち壊された一件の事後処理や、数日後に行われる五影会談の準備に追われて、すっかり忘れてしまっていた。
箸を置き、卓袱台に額を打たんばかりの勢いで頭をさげる。
「すまねェ!」
「忘れてたんだな」
「本当にすまねェ!」
氷柱の切っ先のようなテマリの鋭い視線が、冷や汗をかくシカマルの顔に突き刺さる。
「ナルトの相談役で忙しいから、仕方ないのはわかってるんだが、昨日くらいは家で夕飯を食べてもらいたかった」
「この埋めあわせはかならず」
「昨日は二度と戻ってこないんだぞ」
「わかってる。でもかならず!」
「仕事に遅れるぞ。五影会談の支度があるんだろ」
テマリの言うとおり、そろそろ家を出なくてはならない時間だった。
急いで飯を腹に流しこみ、立ちあがった。テマリは座ったまま皿の片づけをはじめている。
「本当に、すまなかった。許してくれ」
「遅れるぞ」
台所で背中をむけるテマリが言った。
「行ってくる」
それだけ言って、シカマルは家を飛びだした。
「はぁ……」
火影屋敷へとつづく一本道を、肩を落として歩きながら溜息を吐く。
空を見あげる。
真っ白い雲が西から東へと流れてゆく。
「家族って……」
ぼんやりとつぶやく。
「めんどくせー」
二
いつもと違う気配が、最初から張りつめていた。
円卓の中央に座るナルトの背後に立ち、シカマルはこの気配の正体をじっとにらんでいる。
黒ツチ……。
岩隠れの忍の長である土影を、祖父のオオノキから受け継いだ若きくノ一である。短い髪のその下にある彼女の目が、会議が始まってからずっと緊張の色を滲ませたまま、ナルトのほうにむけられていた。自分に対する鋭い視線に気づかぬふりをしながら、先刻からナルトは先の中忍試験中断と、大筒木モモシキたちの木ノ葉襲撃の事後処理の説明を行っている。
大筒木モモシキの襲撃に際しては、ナルトが攫われ、他里の影忍たち四人が奪回に協力してくれた。もちろんそこには土影である黒ツチの姿もあった。
砂隠れの我愛羅、霧隠れの長十郎、雲隠れのダルイ。この三人に、黒ツチとナルトを加えた五人こそ“五影”と呼ばれ、大陸全土の忍たちの頂点に立つ存在だった。
忍だけではなく、この大陸に住むすべての人を巻きこんだ先の第四次忍界大戦の折、五影が治める里は手を取りあい戦った。忍界大戦が終息した後も、五影の友好はつづいている。かつては敵味方に分かれて争っていた大国が、ここまで平穏な関係を築いているのは、長い忍の歴史のなかでもはじめてのことだった。
その支柱となっているのは、間違いなくナルトである。
第四次忍界大戦を終息に導いた英雄ナルト。
彼の絶大な力と、前むきで陽気な性格が、他の四人の影忍たち、彼等が治める里の忍たちを、ひとつにまとめあげている。
「……というわけだってばよ。とにかく、今回は本当にみんなには迷惑かけちまったな。これからは、こんなことにならねェように、もっとしっかりとやるってばよ」
頭の後ろをかきながら、ナルトが四人の影たちに頭をさげた。
ナルトの親友、風影の我愛羅は、隈に覆われた目で一度うなずく。
雷影・ダルイは、背もたれに上体を全力で預けながら、気だるそうに言った。
「大事にならずにすんだんだ。そこまで謝ることはねーさ」
「とにかく、これからは異変を察知したらすぐにボクたちに報告してくださいよ」
肩をすくめて水影、長十郎が告げる。
「わかってるってばよ。なにかあったら、すぐにみんなに報せる。本当に今回は悪かった」
「ゴメンですむなら、私たち忍はいらないわ」
にこやかに言ったナルトを制するように、黒ツチの冷めた声が会議場に響き渡った。
「す、すまなかったってばよ」
にらまれてナルトがペコリと頭をさげる。しかし黒ツチの勢いは止まらない。
「いつもいつも、大きな変事が起こるのは、木ノ葉隠れの里。私たちが事態を知るのは、抜き差しならない状況になってからじゃない」
「こんなことは、そう何度も起こることじゃ……」
「そう言って、何度私たちを翻弄すれば気がすむの、木ノ葉はッ!」
黒ツチが白い机を叩いた。
「おい、今日は熱くなりすぎてんじゃねぇか、黒ツチ」
頭の後ろで手を組みながら、ダルイが横目で黒ツチを見た。この二人と長十郎、そしてシカマルの四人は、次代の五大国を支える忍たちで作っていた集まりで、ともに切磋琢磨した仲である。あの時のメンバーには、シカマルの妻、テマリの姿もあった。
平生と変わらぬダルイの言葉に耳をかたむけることなく、黒ツチはナルトをにらんだままつづける。
「中忍試験での一件も私は決して見過ごすことはできない」
「みんなに迷惑をかけたのは悪かったってばよ」
「大筒木のことじゃないわ」
土影の勢いに押され、ナルトは強張った笑みを浮かべたまま固まっている。その額からは、ひとすじの冷や汗が流れていた。
五影会談で、ここまで誰かが白熱したことなど、シカマルが同席してからは一度も記憶にない。
それほど、今日の黒ツチは殺気走っていた。
「あなたの息子が使った道具。あれはなんなの?」
科学忍具……。
ちいさな巻物のなかに術を封印し、手首に巻いたベルトからそれを放出することで、誰でも難易度の高い術を繰りだすことができるという道具だ。科学忍具班の班長・カタスケが開発し、実戦でアピールするために、中忍試験にのぞむナルトの息子、ボルトをそそのかし、試験の最中に使用させた。
ナルトの螺旋丸も、サスケの千鳥も、そしてシカマルの影縛りだって、あの忍具があれば誰でも使うことができる。そうなれば、忍の個々の存在理由は失われてしまう。いや、忍自体の価値すらなくなる。
絶え間ない修練の先に、己自身の術を見つめるのが忍だ。だからこそ、それぞれの忍は、自分の術にこだわりを持つ。当然だ。己の忍道の結晶こそが、術なのである。使えればいいというものではない。
シカマルは沈黙のまま、黒ツチを見据える。熱を帯びた土影は、立ちあがって机に手をついたままナルトをにらむ。
「あんな物を密かに開発して、いったい木ノ葉はなにを考えていたの?」
「い、いや、あれは科学忍具班が勝手に……」
「そんな言い逃れで私たちを納得させるつもり!?」
おそらく黒ツチは、会議がはじまる前から糾弾を企図していたのだろう。
今回は徹底的にナルトを叩く。その覚悟が、議場に張りつめた空気を生みだし、シカマルの嗅覚をしきりに刺激していた。
黒ツチが口にした言葉はすべて、前もって用意していたのだろう。だとすれば、まだ盤上は序盤だ。黒ツチは器用に駒を動かしているが、攻めがあまりにも単調である。一気呵成に自陣の駒で攻めるばかりで、こちらの出方を見ようとしていない。このまま黙って見ていれば、すぐに黒ツチの真意は現れるだろう。
漆黒の手袋に包まれた拳を肘の裏に隠すようにして腕組みしながら、シカマルは目前の会議の推移を眺めている。
「あの眼鏡の男が出しゃばってこなければ、私たちはあの忍具を知らなかった。あの男の虚栄心のせいで他里に知れてしまったけど、木ノ葉はまだまだ私たちの知らない技術を密かに開発しているんじゃないの?」
必死な顔でナルトが答える。
「ど、どこの里だって、より良い暮らしのために、いろいろ工夫してるってばよ」
「あれは便利な道具じゃない。兵器よ。もしあの忍具が完成して、木ノ葉の全忍が着けていたらと思うと、私は皆のように冷静ではいられないの」
言った黒ツチの目が、ナルト以外の影忍たちを見た。
「あの忍具は、下忍だってナルトになれる道具なのよ。あれがあれば、誰だって血継限界並の術を繰りだすことができる」
普通、忍はひとつの属性のチャクラを身中に宿しているのだが、血継限界の者はふたつ以上の属性のチャクラを有している。そのため、常人が努力しても使用できない術を、使うことができる。
常人と天才を隔てる壁、それが血継限界だ。
「どうしてあんな忍具を開発する必要があるの?」
黒ツチの唇の端が奇妙に吊りあがる。冷酷な笑みに見据えられ、ナルトの喉が大きく上下した。
「木ノ葉は……」
「ちょっと、いいか」
黒ツチの言葉をさえぎるように、シカマルは部屋じゅうに響くように言った。右手をあげながら五影を見る。
肝心な一手を差すタイミングで割って入ったシカマルを、黒く輝く瞳がにらんでいた。
──こんなところで詰まれるわけにはいかねーんだ。
心で黒ツチにつぶやくと、シカマルは目を伏せながら口を開いた。
「忍具の開発なんてのは、どこの里だってやってることだし、暮らしを日々進歩させようという行いは、人にとって当たり前のことだ。土影が言うように悪しきほうへと使用すれば、たしかにあの忍具は危険極まりないものではある。が、平和利用することができないものじゃない。第一、強力な術を封じこめるのは、簡単なことじゃない。あの道具のせいで若者たちが鍛錬しなくなることを憂うならまだしも、あれを軍事利用するなんて発想をするのは、あまりにも飛躍した考えじゃねーか?」
「まぁ、シカマルの言うとおりだな。あんな物はガキの玩具だ。本物の術には勝てねェ」
ダルイがつぶやいて、シカマルのほうを見ながら笑った。他里の忍でありながらも、長年ともに忍の将来について熱く語りあった仲である。里の者同様の絆をシカマルは感じていた。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
机に肘を突き、組んだ掌で顔の下半分を隠しながら長十郎が言った。
「なにが言いたい」
我愛羅が先をうながすと、横目で風影を見た長十郎がつづける。
「ボクたちが仲良くしている間に、どこか一国が皆を出し抜いていたとしたら? そして、誰も太刀打ちできない力を得るのに、もっとも近い国は?」
「長十郎、なに言いだすんだってばよ」
額に汗を滲ませ、ナルトが戸惑いの声をあげる。
無理もない。
長十郎はつねに木ノ葉に友好的な立場を取ってきた。今回のような黒ツチに同調する発言ははじめてである。
しかしシカマルには、その裏が透けて見えていた。
水の国である霧隠れの里は、鉱物がいちじるしく乏しい。鉄や銅などの常日頃から使用するものだけではなく、火薬の元になる硝石など、忍に鉱物は付きものだ。
五大国に友好的な関係が築かれてからすぐに、霧隠れは岩隠れから鉱物を、岩隠れは霧隠れから良質な水資源を受給するという経済条約を締結していた。
今回の黒ツチの動きも、長十郎となにかしらの密約があったのだろう。そう考えれば、長十郎の変心も納得できる。
国は情だけでは動かないのだ。
水影の眉間に刻まれている深い皺を、シカマルは見逃さない。いつもと違う長十郎の言動と、表情を読み取られまいと手で顔を隠す姿に、彼の苦悩が滲んでいる。
「いったいふたりともどうしたんだってばよ。さっき言ったじゃねーか。これからはなにかあったらすぐに報告するって。オレを信じてくれ。もうこんなことは二度と起きねェようにするってばよ」
ナルトがふたりを交互に見ながら頼む。
木ノ葉の軍事力は五大隠れ里のなかでも群を抜いている。その力をちらつかせれば、もっと交渉はスムーズにいくのかもしれない。しかしナルトは決してそんなことはしない。つねに誰とも対等であり、力でねじ伏せることを厭う。そういう男だからこそ、シカマルも絶対的な信頼を寄せている。
しかし……。
こういう時は、いささか心もとない。
それもナルトの魅力だと自分に言い聞かせながら、シカマルはじっと円卓を注視しつづける。
「大筒木の一件の裏で、サスケが働いていたでしょ?」
黒ツチが問う。
「本来ならあの男は、死ぬまで鬼燈城に囚われていてもおかしくない大罪人よ。第四次忍界大戦の原因のひとつが彼の暴走にあったことを、親友のあなたも知っているでしょう」
「その話は、とっくの昔に終わってるってばよ」
サスケのことになると、ナルトは冷静さを失う。たしかに黒ツチが言うとおり、うちはサスケは先の大戦のきっかけとなった大罪人である。しかし、サスケがいなければ第四次忍界大戦は終結しなかった。暴走の罪と収束の功の相殺による保護観察ということで、先の五影たちの間で話がすんでいる。この話についてはナルトの言い分が正しい。
それでも黒ツチは執拗に追及する。
「世界を滅ぼそうとした男を、木ノ葉はまだ飼っている。しかも大陸じゅうを歩き回らせて、諸国の事情を報告させているのよ。そんなスパイみたいな男を……」
「もう一回、いいか?」
シカマルはまた黒ツチを制するように手をあげた。そして、誰からの承知の意を聞きもせず勝手にしゃべりはじめる。
「偵察は忍の重要案件だ。これもまた、木ノ葉だけでなく各里それぞれ、他里に内密に行っているだろう。それを咎めもしないし、見つけたからといって極刑にもしない。捕らえた忍からは手に入れた情報を返してもらい、即時解放する。それがこの同盟の要綱のひとつだったはずだ。サスケの身柄についてはナルトが責任を持つということで、各里が了承している。もしも土影が言うように、木ノ葉がサスケを使い、諸国に工作を働き、科学忍具を用いて軍事力の底上げを図り、いずれ他国侵攻を果たすのなら、それですべてが木ノ葉の思惑どおりにいくのか。答えは否だ。先人たちが築いた尊い盟約を反故にした木ノ葉を、大陸じゅうの里が許しはしないだろう。いくら木ノ葉であろうと、四大国と他の中小国をすべて相手にして勝てはしない。暴走への抑止力。それが、いまここにある同盟なんじゃないのか?」
目を閉じ、ダルイが何度もうなずいている。我愛羅も腕を組んだまま黙っていた。長十郎は眉間に皺を刻んだまま目を伏せ、シカマルから視線をそらし、黒ツチは歯嚙みしながらこちらをにらんでいた。
「そんな詭弁に騙されはしないわ」
絞りだすようにして黒ツチが言葉を紡いだ。
そろそろ底を見せるはず……。
シカマルは黒ツチを見つめたまま待つ。
白く細い腕が机を叩いた。そのまま右手が持ちあがり、人差し指の先がナルトをさす。
「木ノ葉はあまりにも秘密が多すぎる。強国であるからこそ、私たちと協調してゆくつもりなら、それだけの誠意を見せてもらわなければならない。もう二度とこの前のようなことがないという約束の証として、私は木ノ葉の機密情報の開示を求める」
「なっ」
ナルトが言葉を失ったまま固まっている。
シカマルは腕を組んで壁に背を預けた。
機密情報の開示……。
木ノ葉を丸裸にするつもりか。
「それが叶わないのであれば、岩隠れは同盟から抜けることも辞さない」