JUMP j BOOKS

閉じる
NARUTO -ナルト- シカマル新伝

NARUTO -ナルト- シカマル新伝

原作:岸本斉史
著者:矢野隆
ナルトたち親世代を描く「NARUTO新伝」シリーズ3か月連続刊行第3弾! 五影会談で突如迫られた、木ノ葉隠れの里の機密情報開示! 同盟には亀裂が生じ、第五次忍界大戦が起こりかねない状況にまで事態は悪化してしまう! シカマルはその頭脳を駆使し、事態の収束を図ろうとするが、同時に家族との間にも、ある理由からすれ違いが生まれてしまう...世界と家族、どちらも平和に導くためにシカマルが打つ最上の一手とは!

暗躍


 

 いつものように目が覚める。

 子供のころ忍者学校アカデミーに入ってから、ずっと変わらない習慣だ。どんなに夜遅く眠りにいても、かならず決まった時間に目が覚める。

「ふぁーあ」

 れた天井をながめながら、シカマルは欠伸あくびをした。

「ん」

 いつもと違うにおいに気づいて、みずからの服をいだ。

 肉を焼いた煙と、煙草たばこの匂いがみついている。そういえば、昨日きのうは久しぶりにチョウジとふたりで遅くまでんだ。帰ってきたのは真夜中。もちろんテマリとシカダイはとっくに眠っていた。着替えるのもめんどうだったから、上着を脱いでそのままとんに寝転がり、気づけば朝だった。

「風呂入ってねェ」

 ためいきまじりにつぶやいた。

 昨夜のたのしかった思い出が、ちんうつな気持ちにつぶされてゆく。おそらく風呂には湯が張られたままだ。当然もう冷たくなっている。じよさいないテマリのこと。いつ帰ってくるかもわからないシカマルのために、十分に湯を温め、ふたをしていたはずだ。

 そういえば、台所のテーブルにはフキンがかけられたゆうはんがあったような気がする。

「やべーな……」

 急にチョウジに誘われたため、テマリに連絡するのを忘れていた。

 煙の匂いの染みついた腕で、顔をおおう。

「めんどくせー」

 なにもかも自分が悪い。

 連絡しなかったことも、風呂に入らなかったことも、そのまま寝てしまったことも……。

 それでもこれから起こるであろう面倒事を考えると、自分の非をたなにあげてしまいたくなる。

 わかってる。

 自分が悪いのはわかっているんだ。

 これ以上、めなくても……。

 この後、言いたくなるであろう言葉が、すでに頭をせんきよしていた。

「くそっ」

 気合を入れて身体からだを起こした。頭はめいりようだ。次の日まで残るほど酒を吞むようなしのびはいない。

 両手で顔をはさむようにしてほおを二、三度たたく。そうして気合を入れなければ、目の前のしようじを開く力さえ湧いてこない。

 風呂に入っていないから、もちろん髪はたばねたままだ。いくもの寝返りのせいで、方々からおくが飛びだしている。れた毛先に頰を刺されて、わずらわしい。

 どうせこれから風呂に入るのだ。束ねたひもを取って、髪のこうそくを解いた。それからはげしく首を左右に振って、まばたきをする。

「よしっ」

 みずからをふるたせているのだが、やはりどうやっても気が重い。

 障子戸を開き、廊下に出た。

「おぉっ!」

 廊下に踏みだした瞬間、眼前にむすの顔があった。おどろいたシカダイが、父を見あげながら目を見開いている。

「お、おはよう」

 シカマルは、かすれた声で言った。

ひいたんじゃねーの?」

 妻に似たするどい視線でシカマルを見つめながら、シカダイが問う。

「いや、昨日少ししゃべりすぎちまった」

 うと大声になるチョウジに負けずに話そうとすると、ついこちらも声が大きくなる。愉しくて煙草も多めに吸ってしまったから、余計にのどに負担がかかったはずだ。

「おい、父ちゃん」

 はんになったシカダイが、顔を近づけてきてささやく。

「なんか、母ちゃんげんが悪いみてーだぜ」

 言われなくてもわかっていた。

 原因はシカマルにある。

 廊下のむこう、茶の間つづきの台所から聞こえてくるまな板の音が、いつもよりも強い。あれは相当、怒っている。

「だろうな……」

 にがわらいするシカマルの身体に、シカダイが肩を触れさせる。

がんれよ」

 つい最近まで、転んだくらいで泣いていたくせに、ずいぶん大人おとなびたことを言うようになった。

 自分の幼いころを見ているようなシカダイの束ねられた髪を上からつかむ。そして、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に振った。

めろよ。煙草の匂いがつくだろ」

「うるせー。なまなこと言ってねェで、さっさと仕事に行け。ちゆうにん試験で注目されて、難しい任務が回ってくるようになってるはずだ。気をめねーと、仲間の足を引っ張るぞ」

 思えばシカマルも、里に注目されたのは中忍試験の時だ。はじめてテマリと出会ったのも、中忍試験だった。

 出会いは敵同士。

 それがいまや夫婦。

 人生とはわからないものだ。

めしは食ったのか」

「あぁ」

たくは」

「終わってる」

 答えながらシカダイは、頭をぐりぐり回されている。

「だったら、さっさと行け」

「わかってる」

 いらちの声を吐きながら、息子は父の手からのがれた。

「頑張れよ」

「ったく、めんどくせー」

 うらめしそうにシカマルを見あげると、シカダイは玄関のほうへと歩いていった。

 まったく誰に似たのやら……。

 シカマルである。

 くちぐせまで昔の自分を見ているようだ。

「さて」

 戸を開いてしきを飛び越えるシカダイを見送ってから、シカマルは腹に気合を入れて、まな板を叩く音のほうへとあゆみを進めた。

「おはよう」

 振り返りもしない妻の背中を見つめながら、頭をかく。

「風呂入ってくる」

 答えは返ってこない。

 これは相当だ。

 重い気持ちを引きずりながら、温めなおした湯船につかり、じっくりと考える。さて、どんなごとが待っているのか。それとも、数日このままだんまりを決めこまれるのか。考えただけで、腹がきゅっと締めつけられる。

 風呂から上がり、ていねいに身体をふく。部屋着に着替えるのは面倒くさい。などと思いながら風呂場の扉を開くと、洗いたての仕事着一式が、ていねいたたまれて置かれていた。そでを通し、上着を手に持ち、茶の間へとむかう。

 ちやだいの定位置にテマリが座っている。シカマルの定位置の前には、温かいご飯としる、そして焼き魚が置かれていた。いつもの家の朝食である。

 静かに飯の前に座った。

「昨日は悪かったな」

 目をせて押し黙る妻に、にこやかに語りかける。こういう時はなお謝っあやまたほうがいい。わけをすると、無数の反撃が待っている。長年の夫婦生活でつちた、シカマルなりの処世術である。

「いただきます」

 答えが返ってくる前に、手を合わせてはしを取る。味噌汁をひと口すすって飯をかきこむ。

「うまい」

 まずはめる。とにかく妻の機嫌を逆なでしないことだけに、集中するのだ。悪いのはすべて自分なのだ。反省を全身で表す。

 テマリは黙ったまま固まっている。

 いつもなら、そろそろ小言のひとつでも言ってくるころなのだが、今朝はどうやらいつもより虫の居所が悪いらしい。

 何故だ……。

 煙草の匂いも、風呂に入らずに寝たことも、飯をわないという連絡をし忘れたことも、これまで幾度もあったではないか。

 それなのに何故、今日はここまで怒っているのか。

 うまいと言って食べてはいるが、飯の味はいっさいわからない。シカマルの全神経は、隣で押し黙っている妻へとそそがれている。

 焼き魚は、半身を食べ終え裏側に差しかかっていた。飯はもうなくなりかけている。

「お代わりは?」

 やっとテマリが口を開いた。

「たのむ」

 微笑ほほえみながらちやわんを差しだす。目を伏せ、視線を合わせぬテマリが器用に茶碗を受け取って、あらたな飯を茶碗に盛った。

「はい」

「ありがとう」

 いつもは無言で受け取るのだが、無意識のうちに礼の言葉が口からこぼれる。

「あの……」

 飯のつづきを食べながら、言葉をかけた。なにか用件があったわけではない。頭のなかで、話題を考える。

 そんなシカマルのせんを制するように、テマリがとがった声を吐いた。

「昨日がなんの日だったか覚えているか」

 妻の言葉がシカマルの胸をつらぬいた。

 ま、ず、い!!!!!!

 いまのいままで忘れていた。

 結婚記念日。

 シカダイたちの中忍試験をおおつつ一族の残党にぶち壊された一件の事後処理や、数日後に行われるかげ会談の準備に追われて、すっかり忘れてしまっていた。

 箸を置き、卓袱台にひたいを打たんばかりのいきおいで頭をさげる。

「すまねェ!」

「忘れてたんだな」

「本当にすまねェ!」

 氷柱つららの切っ先のようなテマリの鋭い視線が、あせをかくシカマルの顔に突き刺さる。

「ナルトの相談役でいそがしいから、仕方ないのはわかってるんだが、昨日くらいは家で夕飯を食べてもらいたかった」

「この埋めあわせはかならず」

「昨日は二度と戻ってこないんだぞ」

「わかってる。でもかならず!」

「仕事に遅れるぞ。五影会談の支度があるんだろ」

 テマリの言うとおり、そろそろ家を出なくてはならない時間だった。

 急いで飯を腹に流しこみ、立ちあがった。テマリは座ったまま皿の片づけをはじめている。

「本当に、すまなかった。許してくれ」

「遅れるぞ」

 台所で背中をむけるテマリが言った。

「行ってくる」

 それだけ言って、シカマルは家を飛びだした。

「はぁ……」

 かげ屋敷へとつづく一本道を、肩を落として歩きながら溜息をく。

 空を見あげる。

 真っ白い雲が西から東へと流れてゆく。

「家族って……」

 ぼんやりとつぶやく。

「めんどくせー」

 

 

 いつもと違う気配が、最初から張りつめていた。

 円卓の中央に座るナルトの背後に立ち、シカマルはこの気配の正体をじっとにらんでいる。

 くろツチ……。

 いわがくれの忍のおさであるつちかげを、祖父のオオノキからいだ若きくノ一である。短い髪のその下にある彼女の目が、会議が始まってからずっと緊張の色をにじませたまま、ナルトのほうにむけられていた。自分に対する鋭い視線に気づかぬふりをしながら、先刻さつきからナルトは先の中忍試験中断と、大筒木モモシキたちの襲撃の事後処理の説明を行っている。

 大筒木モモシキの襲撃に際しては、ナルトがさらわれ、他里のかげにんたち四人がだつかいに協力してくれた。もちろんそこには土影である黒ツチの姿もあった。

 すながくれのきりがくれのちよう十郎じゆうろうくもがくれのダルイ。この三人に、黒ツチとナルトをくわえた五人こそ“五影”と呼ばれ、大陸全土の忍たちの頂点に立つ存在だった。

 忍だけではなく、この大陸に住むすべての人を巻きこんだ先の第四次にんかい大戦の折、五影がおさめる里は手を取りあい戦った。忍界大戦が終息した後も、五影の友好はつづいている。かつては敵味方に分かれて争っていた大国が、ここまでへいおんな関係を築いているのは、長い忍の歴史のなかでもはじめてのことだった。

 その支柱となっているのは、間違いなくナルトである。

 第四次忍界大戦を終息にみちびいた英雄ナルト。

 彼の絶大な力と、前むきで陽気な性格が、他の四人の影忍たち、かれが治める里の忍たちを、ひとつにまとめあげている。

「……というわけだってばよ。とにかく、今回は本当にみんなには迷惑かけちまったな。これからは、こんなことにならねェように、もっとしっかりとやるってばよ」

 頭の後ろをかきながら、ナルトが四人の影たちに頭をさげた。

 ナルトの親友、かぜかげの我愛羅は、くまに覆われた目で一度うなずく。

 らいかげ・ダルイは、背もたれに上体を全力であずけながら、だるそうに言った。

「大事にならずにすんだんだ。そこまで謝ることはねーさ」

「とにかく、これからは異変を察知したらすぐにボクたちに報告してくださいよ」

 肩をすくめてみずかげ、長十郎がげる。

「わかってるってばよ。なにかあったら、すぐにみんなにしらせる。本当に今回は悪かった」

「ゴメンですむなら、私たち忍はいらないわ」

 にこやかに言ったナルトを制するように、黒ツチのめた声が会議場にひびわたった。

「す、すまなかったってばよ」

 にらまれてナルトがペコリと頭をさげる。しかし黒ツチの勢いは止まらない。

「いつもいつも、大きな変事が起こるのは、がくれの里。私たちが事態を知るのは、抜き差しならない状況になってからじゃない」

「こんなことは、そう何度も起こることじゃ……」

「そう言って、何度私たちをほんろうすれば気がすむの、木ノ葉はッ!」

 黒ツチが白い机を叩いた。

「おい、今日は熱くなりすぎてんじゃねぇか、黒ツチ」

 頭の後ろで手を組みながら、ダルイが横目で黒ツチを見た。この二人と長十郎、そしてシカマルの四人は、次代の五大国をささえる忍たちで作っていた集まりで、ともにせつたくした仲である。あの時のメンバーには、シカマルの妻、テマリの姿もあった。

 へいぜいと変わらぬダルイの言葉に耳をかたむけることなく、黒ツチはナルトをにらんだままつづける。

「中忍試験での一件も私は決して見過ごすことはできない」

「みんなに迷惑をかけたのは悪かったってばよ」

「大筒木のことじゃないわ」

 土影の勢いに押され、ナルトはこわったみを浮かべたまま固まっている。その額からは、ひとすじの冷や汗が流れていた。

 五影会談で、ここまで誰かが白熱したことなど、シカマルが同席してからは一度も記憶にない。

 それほど、今日の黒ツチは殺気走っていた。

「あなたの息子が使った道具。あれはなんなの?」

 科学にん……。

 ちいさな巻物のなかに術を封印し、手首に巻いたベルトからそれを放出することで、誰でもなん度の高い術をりだすことができるという道具だ。科学忍具班の班長・カタスケが開発し、実戦でアピールするために、中忍試験にのぞむナルトの息子、ボルトをそそのかし、試験の最中に使用させた。

 ナルトのせんがんも、サスケのどりも、そしてシカマルのかげしばりだって、あの忍具があれば誰でも使うことができる。そうなれば、忍の個々の存在理由は失われてしまう。いや、忍自体の価値すらなくなる。

 ない修練の先に、おのれ自身の術を見つめるのが忍だ。だからこそ、それぞれの忍は、自分の術にこだわりを持つ。当然だ。己のにんどうの結晶こそが、術なのである。使えればいいというものではない。

 シカマルは沈黙のまま、黒ツチをえる。熱をびた土影は、立ちあがって机に手をついたままナルトをにらむ。

「あんな物をひそかに開発して、いったい木ノ葉はなにを考えていたの?」

「い、いや、あれは科学忍具班が勝手に……」

「そんな言い逃れで私たちを納得させるつもり!?」

 おそらく黒ツチは、会議がはじまる前から糾弾きゆうだんしていたのだろう。

 今回は徹底的にナルトを叩く。その覚悟が、議場に張りつめた空気を生みだし、シカマルの嗅覚きゆうかくをしきりに刺激していた。

 黒ツチが口にした言葉はすべて、前もって用意していたのだろう。だとすれば、まだ盤上は序盤だ。黒ツチは器用にこまを動かしているが、攻めがあまりにも単調である。いつせいに自陣の駒で攻めるばかりで、こちらの出方を見ようとしていない。このまま黙って見ていれば、すぐに黒ツチの真意は現れるだろう。

 しつこくの手袋に包まれたこぶしひじの裏に隠すようにして腕組みしながら、シカマルは目前の会議の推移を眺めている。

「あの眼鏡めがねの男が出しゃばってこなければ、私たちはあの忍具を知らなかった。あの男のきよえいしんのせいで他里に知れてしまったけど、木ノ葉はまだまだ私たちの知らない技術を密かに開発しているんじゃないの?」

 必死な顔でナルトが答える。

「ど、どこの里だって、より良い暮らしのために、いろいろ工夫してるってばよ」

「あれは便利な道具じゃない。兵器よ。もしあの忍具が完成して、木ノ葉の全忍がけていたらと思うと、私は皆のように冷静ではいられないの」

 言った黒ツチの目が、ナルト以外の影忍たちを見た。

「あの忍具は、にんだってナルトになれる道具なのよ。あれがあれば、誰だってけつけいげんかい並の術を繰りだすことができる」

 普通、忍はひとつの属性のチャクラを身中に宿やどしているのだが、血継限界の者はふたつ以上の属性のチャクラを有している。そのため、常人が努力しても使用できない術を、使うことができる。

 常人と天才をへだてる壁、それが血継限界だ。

「どうしてあんな忍具を開発する必要があるの?」

 黒ツチのくちびるはしが奇妙にりあがる。冷酷な笑みに見据えられ、ナルトの喉が大きく上下した。

「木ノ葉は……」

「ちょっと、いいか」

 黒ツチの言葉をさえぎるように、シカマルは部屋じゅうに響くように言った。右手をあげながら五影を見る。

 かんじんな一手を差すタイミングで割って入ったシカマルを、黒く輝くひとみがにらんでいた。

 ──こんなところでまれるわけにはいかねーんだ。

 心で黒ツチにつぶやくと、シカマルは目を伏せながら口を開いた。

「忍具の開発なんてのは、どこの里だってやってることだし、暮らしを日々進歩させようという行いは、人にとって当たり前のことだ。土影が言うようにしきほうへと使用すれば、たしかにあの忍具は危険きわまりないものではある。が、平和利用することができないものじゃない。第一、強力な術を封じこめるのは、簡単なことじゃない。あの道具のせいで若者たちがたんれんしなくなることをうれうならまだしも、あれを軍事利用するなんて発想をするのは、あまりにも飛躍した考えじゃねーか?」

「まぁ、シカマルの言うとおりだな。あんな物はガキの玩具だ。本物の術には勝てねェ」

 ダルイがつぶやいて、シカマルのほうを見ながら笑った。他里の忍でありながらも、長年ともに忍の将来について熱く語りあった仲である。里の者同様のきずなをシカマルは感じていた。

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

机に肘を突き、組んだで顔の下半分を隠しながら長十郎が言った。

「なにが言いたい」

 我愛羅が先をうながすと、横目で風影を見た長十郎がつづける。

「ボクたちが仲良くしている間に、どこか一国が皆を出し抜いていたとしたら? そして、誰もちできない力を得るのに、もっとも近い国は?」

「長十郎、なに言いだすんだってばよ」

 額に汗を滲ませ、ナルトがまどいの声をあげる。

 無理もない。

 長十郎はつねに木ノ葉に友好的な立場を取ってきた。今回のような黒ツチに同調する発言ははじめてである。

 しかしシカマルには、その裏がけて見えていた。

 みずの国である霧隠れの里は、鉱物がいちじるしくとぼしい。鉄や銅などのつねごろから使用するものだけではなく、火薬の元になる硝石しようせきなど、忍に鉱物は付きものだ。

 五大国に友好的な関係がきずかれてからすぐに、霧隠れは岩隠れから鉱物を、岩隠れは霧隠れから良質な水資源を受給するという経済条約をていけつしていた。

 今回の黒ツチの動きも、長十郎となにかしらの密約があったのだろう。そう考えれば、長十郎の変心もなつとくできる。

 国は情だけでは動かないのだ。

 水影のけんきざまれている深いしわを、シカマルは見逃さない。いつもと違う長十郎の言動と、表情を読み取られまいと手で顔を隠す姿に、彼の苦悩が滲んでいる。

「いったいふたりともどうしたんだってばよ。さっき言ったじゃねーか。これからはなにかあったらすぐに報告するって。オレを信じてくれ。もうこんなことは二度と起きねェようにするってばよ」

 ナルトがふたりを交互に見ながら頼む。

 木ノ葉の軍事力は五大隠れ里のなかでも群を抜いている。その力をちらつかせれば、もっと交渉はスムーズにいくのかもしれない。しかしナルトは決してそんなことはしない。つねに誰とも対等であり、力でねじ伏せることをいとう。そういう男だからこそ、シカマルも絶対的な信頼を寄せている。

 しかし……。

 こういう時は、いささか心もとない。

 それもナルトの魅力だと自分に言い聞かせながら、シカマルはじっと円卓を注視しつづける。

「大筒木の一件の裏で、サスケが働いていたでしょ?」

 黒ツチが問う。

「本来ならあの男は、死ぬまでほおずきじようとらわれていてもおかしくないたいざいにんよ。第四次忍界大戦の原因のひとつが彼の暴走にあったことを、親友のあなたも知っているでしょう」

「その話は、とっくの昔に終わってるってばよ」

 サスケのことになると、ナルトは冷静さを失う。たしかに黒ツチが言うとおり、うちはサスケは先の大戦のきっかけとなった大罪人である。しかし、サスケがいなければ第四次忍界大戦は終結しなかった。暴走の罪と収束のこうそうさいによる保護観察ということで、先の五影たちの間で話がすんでいる。この話についてはナルトの言い分が正しい。

 それでも黒ツチはしつように追及する。

「世界をほろぼそうとした男を、木ノ葉はまだ飼っている。しかも大陸じゅうを歩き回らせて、諸国の事情を報告させているのよ。そんなスパイみたいな男を……」

「もう一回、いいか?」

 シカマルはまた黒ツチを制するように手をあげた。そして、誰からの承知の意を聞きもせず勝手にしゃべりはじめる。

ていさつは忍の重要案件だ。これもまた、木ノ葉だけでなく各里それぞれ、他里に内密に行っているだろう。それをとがめもしないし、見つけたからといって極刑きよつけいにもしない。捕らえた忍からは手に入れた情報を返してもらい、即時解放する。それがこの同盟のようこうのひとつだったはずだ。サスケのがらについてはナルトが責任を持つということで、各里がりようしようしている。もしも土影が言うように、木ノ葉がサスケを使い、諸国に工作を働き、科学忍具を用いて軍事力の底上げをはかり、いずれ他国しんこうを果たすのなら、それですべてが木ノ葉のおもわくどおりにいくのか。答えはいなだ。せんじんたちが築いたたつとめいやくにした木ノ葉を、大陸じゅうの里が許しはしないだろう。いくら木ノ葉であろうと、四大国と他の中小国をすべて相手にして勝てはしない。暴走への抑止力よくしりよく。それが、いまここにある同盟なんじゃないのか?」

 目を閉じ、ダルイが何度もうなずいている。我愛羅も腕を組んだまま黙っていた。長十郎は眉間に皺を刻んだまま目を伏せ、シカマルから視線をそらし、黒ツチはみしながらこちらをにらんでいた。

「そんなべんだまされはしないわ」

 しぼりだすようにして黒ツチが言葉をつむいだ。

 そろそろ底を見せるはず……。

 シカマルは黒ツチを見つめたまま待つ。

 白く細い腕が机を叩いた。そのまま右手が持ちあがり、人差し指の先がナルトをさす。

「木ノ葉はあまりにも秘密が多すぎる。強国であるからこそ、私たちと協調してゆくつもりなら、それだけのせいを見せてもらわなければならない。もう二度とこの前のようなことがないという約束のあかしとして、私は木ノ葉の機密情報の開示を求める」

「なっ」

 ナルトが言葉を失ったまま固まっている。

 シカマルは腕を組んで壁に背を預けた。

 機密情報の開示……。

 木ノ葉を丸裸まるはだかにするつもりか。

「それがかなわないのであれば、岩隠れは同盟から抜けることもさない」

 

TOP