ある日曜の昼下がり。
「あーーーー!?」
カラ松の悲痛な叫びが松野家に響き渡った。
すぐさまスパァンと音を立て、部屋のふすまが開かれる。
「なんだよカラ松うるせーな!」
「近所迷惑考えてよカラ松兄さん!」
おそ松、チョロ松が迷惑そうな顔でずかずかと部屋へ入ってくる。
部屋の中には、床に膝をつき、わなわなと震えるカラ松が一人。
「オレの……オレのギターの……!」
喉から絞り出すような声。まるで死んだ恋人を惜しむように、カラ松は慣れ親しんだクラシックギターを抱きかかえていた。
そして天を仰ぎ、悲痛な叫び声を上げた。
「弦が全部切れてるじゃないかーーーー!」
そう、弦が切れていた。
ギターの弦が切れることは当然ある。
しかし今、カラ松のギターの弦は六本すべてがきれいに切れていた。
確かに激しいプレイングには自信がある。熱いメッセージを伝えるために、時には情熱的かつワイルドに爪弾くこともある。
だがやはりすべての弦が一気に切れることは考えづらい。
それに昨日の夜までは無事だったのだ。間違いなくこれは何者かの仕業だった。
しかしなんの目的で?
カラ松は信じられないとばかりに首を振る。
「誰が……誰がこんなことを……!」
「ああ……それ?」
すると。
遅れてのそのそと部屋へ入ってきた一松が素っ気なく言った。
「切っといたけど」
「切っといた!?」
「ああ、別に気にしなくていいから」
「気を利かせてみたいな言い方で!?」
一松は、弦のないギターを指さして平然と続ける。
「それ。ギターって真ん中に穴開いてるでしょ」
「ああ、開いてるが……」
「子猫のすみかにちょうどいいから」
「ギターは小屋じゃない!」
楽器を楽器とも思わぬ一松の発言にカラ松は抗議する。
「そんなことのために弦を切ったのか!? 六本全部!?」
「だから礼はいいって」
「なんでいいことしたみたいなスタンスを崩さないんだ!?」
「猫の毛を切るついでだったし」
「ついでで切るな!」
珍しく取り乱してしまうカラ松。
床に両手をつき、がっくりとうなだれる。
「OH……なんてことだ……オレの大事なギターが……」
ギターとは男。男とはギター。
男の哀愁とケレン味をイイ具合に演出し、適当に弾くだけで何かすごそうな感じがするギターという奇跡のアイテム。カラ松にとってはまさに体の一部だ。それを失ったカラ松は、片腕をもがれたも同然だった。
そこへ。
「ちょっと一松兄さん! ひどいよ!」
「ん?」
遅れて部屋へ入ってきて、一松を糾弾したのはトド松だった。
「トッティ……!」
思わぬ味方の登場に、カラ松の目の端にうっすら涙が浮かぶ。兄弟の仲では比較的常識に通じている末弟は、カラ松にとって救世主に見えた。
「そのギター! ボクがミニトマトの栽培に使おうと思ったのに!」
「なんだと!?」
見れば、トド松は腐葉土の袋と小さなシャベルを抱えていた。
「ちょうど邪魔な弦が切ってあったからプランターにするつもりだったんだよ!?」
「邪魔な弦!?」
「いま女の子たちの間でプチ菜園が流行ってて、そのクソギターを有効活用できるチャンスなんだよ!?」
「クソギターじゃないぞ!?」
さすがのカラ松も自分の大切なものを馬鹿にされては黙っていられない。
「ブラザー! いい加減にしろ! 人のギターを何だと思ってるんだ!?」
「あははは! みんなどうしたの!?」
現れたのは十四松だ。
タコのような動きで部屋へ入ってくると、床に転がっているギターを見つけて目を輝かせた。
「カラ松兄さん! 新しいバット!?」
「バットじゃないぞ十四松!?」
「めちゃくちゃ当たるよ! すごい!」
「めちゃくちゃ当たるがやめてくれ! 振り回すんじゃない! 壊れる!」
「もう、みんな何してるんだよ」
次に、なだめるような口調で割り込んできたのはチョロ松だ。
「そんな好き勝手するもんじゃないよ」
「おお、チョロ松……! お前だけはわかってくれると――」
「半端が一番ダメだからいっそ薪にしようよ」
「薪!?」
「切った弦はそうだなあ……柱に結んで洗濯物でも干す?」
「原型がなくなる!」
「ふーん……」
ずっと様子を見ていたおそ松があごに指を当て、しみじみと言った。
「ギターってすごいよな」
「おそ松?」
ついにギターの重要性に気づいてくれる真っ当な人間が現れた。
にわかに期待するカラ松だったが、
「すごいよなギターって。だって捨てるとこないもん」
「食材みたいに言うな!」
もう我慢の限界だった。
「もうダメだーー!」
突然叫び出したカラ松に、兄弟たち5人はきょとんとする。
そしてカラ松は大きく息を吸い、その5人を指さして言い放った。
「解散だーーーーーーーーーー!!」
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会