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MIST GEARS GHOST

MIST GEARS GHOST

小説:田中創
イラスト:天野洋一
世界を絶望の霧が包む世界で、少年が手にしたものは「希望の鋼(ミストギア)」――!!
「煉獄の日」。その日、世界は災厄の霧(ミスト)に包まれた。生活に浸食していくミスト、そこから現れる異形の魔物。人
類は滅亡へと向かっていった。70年後。人々は、状況を打破すべく調査部隊GEARSを創設。そしてGEARSに入隊し、理不尽な世界に抗おうとするひとりの少年の物語が幕を開ける―!!
アプリゲーム内で使える主人公ウェズの装備一式+スタートダッシュアイテム特典付き!!【電子版も同時発売となります。】

※電子版の特典はジャンプBOOKストア!で購入時のみ付属となります。

 

  あん のため息をついているウェズとシエロを見て、ロゼは「やれやれね」と肩を すく めた。

「これしきのジョギングでヘトヘトになっちゃうなんてね。ほんと、うちの隊の男どもは根性ないね」

「はいはい、すいませんね」シエロが口を尖らせる。「てか、同じだけ走ってるのに、なんでお前はそんなにピンピンしてるわけ? そっちのほうがおかしいんじゃないの」

「あたしは訓練期間、それなりに長いしね。あんたたちとは鍛え方が違うの」

「ああ。そういえばロゼって、第七小隊に入る前は、別な隊にいたんだっけ」

 ウェズの質問に、ロゼは「まあね」と答える。

 彼女はウェズやシエロのような新兵ではなく、他の隊からの移籍組らしい。どうやら前の隊で問題を起こしたとかで、この第七小隊に せん されてしまったという。

 しかしウェズから見れば、彼女は特に問題を起こすような女性には思えなかった。少し服の趣味が変わっているところを除けば、いたって普通の、面倒見のいい女の子である。 うわさ 話に尾ひれがつく、というのはよくあることだ。

 ロゼが「まあともかく」と話を戻す。

「特にシエロは、もうちょっとしっかり体力つけときな。訓練でそんな てい たらくじゃ、実戦で即、死ぬよ」

「え、なんでおれ限定?」

「だって、ウェズはもうミストエネミーとの実戦を経験してるんだよ。ウラガン大尉に聞いた」

 ロゼの発言に、シエロが「え!? そうだったの?」とウェズのほうを振り向いた。

「初耳だぞ、おい……。お前、エネミーと戦って生き残ったわけ?」

「まあ、一応は」

  うなず くウェズに、ロゼが補足する。

「初めての実戦で、 オオジシ を撃破したんだって。しかも、半分壊れてるようなギアを無理やり使って、だよ」

「へえ、すげえなそれ」シエロが感心したように目を見開いた。「そりゃあウラガン大尉も、新兵としてスカウトしたくなるわけだ」

 撃破した、とはいってもウェズに実力があったわけではない。そもそも、最初にディアが助けに来てくれなければ、殺されていただろう。

 あんなの偶然だった――と、ウェズは彼らに説明しようとしたのだが、

「あんなの、偶然でした」

 脇からの声に、先んじられてしまった。 りん としたその声の主は、ディア・クレールだ。

 彼女は少し離れた鉄柵に背中を預け、ウェズに冷ややかな視線を送っていた。

「たまたま運良く生き延びれたというだけで、次はどうなるかわかりません。あっけなく命を落としてしまうかもしれませんよ」

 どういうわけか、彼女がウェズに向ける視線は非常に とげとげ しい。それは、ウェズがこの隊にやってきた日からずっと変わらなかった。

 ロゼが顔をしかめた。

「ちょっとディア。そんな言い方はないでしょ」

「そうだぜ、ディアちゃん」シエロも ついずい する。「せっかくおれたち、同じ隊の仲間になったんだからさ。もう少し仲良く――」

「私は、戦う覚悟のない人間を仲間と認めたつもりはありません」ディアが、ぴしゃりと言い捨てた。「そもそもアーマライト二等兵は技師志望だったはず。我々のように、最初から戦いへの覚悟をもってGEARSに入隊したわけではないのです」

「まあ、そりゃそうだけど」

「私は、そんな中途半端な人間に、背中を預ける気にはなれません」

 中途半端な人間――。ディアにそう評され、ウェズは返す言葉を失ってしまった。

 確かに、自分は兵隊になる覚悟があったわけではない。仲間としての信頼が得られなかったとしても、それは仕方のないことなのかもしれない。

「ヘビィだな、ディアちゃん」

「真面目というか、堅物というか、ね」

 シエロもロゼも、困ったような表情を浮かべている。どんなに言葉を連ねても、ディアの かたく なな態度を崩すことはできない。そう思ったのかもしれない。

 ならばここは自分でなんとかするべきだろう。

 ウェズはディアに向けて、「キミの言うこともわかる」と頷いた。

「確かにおれは、中途半端な人間かもしれない。ミストから世界を救いたいとか、人々を守りたいとか、そういう気持ちでGEARSに入ったわけじゃないから」

「覚悟がないのならば、即刻GEARSを去るべきです。それがあなたにとっても、我々にとっても最善の判断だと思いますが」

「そりゃあ、おれにはキミみたいに『英雄にならなくちゃいけない』とか、そういう覚悟はないよ。でも、何の覚悟もなしにGEARSに入ることを決めたわけじゃない」

 ウェズの言葉に、ディアは眉根を寄せた。

「どういう意味です? 戦う意志がないというあなたが、このGEARSに、どんな覚悟を持って入隊したというのですか?」

 そんなディアの言葉を さえぎ るように、「ハイハイそこまで!」と横やりが入った。

けん は終了。俺さあ、こういうギスギス感、好きじゃないんだよ」

 誰かと思って声のほうを振り向けば、ウラガンだった。ひどい酒臭さがウェズの鼻を刺激する。

 さっきまでイビキをかいて寝ていたかと思えば、いつの間にか目を覚ましたらしい。

「こんな がら い世の中じゃん? だからこう、もっとラブ&ピースが必要だと思うんだよ。喧嘩なんかやめて、ほら、人類愛について語ろうぜ?」

「喧嘩ではありません、大尉。口を挟まないでください」

 ディアに強い まな しを向けられ、ウラガンは「おお怖い」と苦笑いを浮かべる。

「せっかくの美少女が台無しだぞ、お嬢。そんなにカリカリしてばっかいると、男が寄ってこなくなっちゃう」

「そういうのはいりません。色恋など、私には必要ありませんから」

 ディアがきっぱり言い切ったのを聞いて、シエロが「ええ、もったいない」と呟いた。

 それに対してロゼは「どっちにしろ、ディアがあんたと色恋沙汰になる可能性はゼロだと思うけど」と しんらつ なツッコミを入れている。

「お言葉ですが大尉」ディアは真剣な表情で続けた。「私はアーマライト二等兵に、喧嘩を仕掛けていたわけではありません。単に質問をしていただけです。彼に、この部隊で戦う資格があるかどうか、と」

「ふーん、資格ねえ……」

 ウラガンは少し考えこんだのち、ぽん、と両手を打った。

「戦う資格を証明するっていうなら、あーだこーだ議論するより、もっとわかりやすい方法があるんじゃねえの」

「わかりやすい方法?」ディアが眉をひそめる。

「そりゃあもちろん、実戦だよ」

 ウラガンが「へへっ」と、酒臭い笑みを浮かべた。


          ※


 王都の門を出て、街道を南西に歩くこと数時間。第七小隊はウラガンの先導のもと、〝 だまりの森〟を訪れていた。

 一帯に群生しているのは、白いシラカバの木だ。森とはいっても、そんなに木々の密度が高い場所ではない。数メートル間隔で木々が点在している程度のものである。どちらかといえば林というイメージに近い。

 木々の栄養状態はあまりよくないのか、倒木があちらこちらに見られる。近年ますます濃くなっているミストのせいだろう。なんだか物寂しい雰囲気の森である。

 ウェズが頭上を見上げると、霧がかかった空が うかが えた。七十年前の〝 れんごく の日〟以前ならばいざ知らず、〝陽だまりの森〟というにはどうにも暗い場所だった。

 乾いた落ち葉をばりばりと踏みながら、シエロが口を開く。

「なんつーか、やっぱ違和感あるよな。マスクなしで王都の外に出るってのは」

「ああ、そういやあんた、今日が〝ギア〟デビューなんだっけ」

 先を歩くロゼが、 じやつかん からかい口調でシエロのほうを振り向いた。

「気をつけなよ。ここはミストフィルターで守られた王都とは違うんだ。もしもミストギアをなくしでもしたら、すぐミストの毒にやられちゃうからね」

 ミストフィルターとは、ミストコアの浄化作用を利用し、周囲のミスト濃度を低下させる装置である。ミストコアを使用している戦闘用ミストギアにも浄化機能はあるが、こちらは空気清浄機能に特化したミストギアといってもいい。このミストフィルターが王都のあちこちに設置されているおかげで、王都に暮らす民はミストの毒に おか されずに済んでいるのである。

 逆にいえば、王都の外を出歩く際には、常にミストの毒に冒される危険があるということになる。ミスト症候群は恐ろしい病だ。もしも発症でもしたら、身体の自由が奪われ、最悪死に至ってしまうのだから。

 なので、王都に暮らす民はよほどの事情がない限り、自由に街の外に出ることは許されていない。もちろん少し前のウェズのように、ミストギア技師が資源採掘のために外に出ることはある。その際には、必ず ぼう マスクを着用するよう義務づけられているのだ。

「マスクなしで王都の外を歩けるのは、おれたちGEARS隊員だけ、か……」

 シエロが、胸に抱えたクロスボウ型のミストギアを、ぎゅっと強く抱きしめた。

「おれたちの頼みの綱は、このミストギアってわけね……。ホント頼むぜ。おれだってこの若さでミスト症候群患者にはなりたくねえしな」

 このクロスボウは、先ほど王都を出発する際、ウラガンから支給されたものである。「実戦つったら、こいつがなくちゃ始まんないだろ」と。

 もちろん、同じタイミングでウェズにも支給されている。こちらはウェズの腕力のなさが考慮されたのか、刃渡りが短めのショートソード型ミストギアだった。

 ウェズにとっては、初めて握る自分専用の戦闘用ミストギアである。ある種の感慨は覚えたものの……なんだかパッとしないというのが正直な感想だった。

 そもそもこのショートソード、ウラガンの大剣やディアの ながやり 、それからロゼの おおおの に比べると、だいぶ迫力に欠ける。細いし小さいし、なんだか頼りない。こんな短剣一本が自分の生命線だと思うと、少し心細い気がしてきてしまうのだった。

 隣を歩くシエロが「しかしなあ」と首を かし げる。

「こんなちっこいクロスボウで、本当にエネミーと戦えるのかね……。エネミーの身体は鉄の武器も弾くっていうし、なんだか不安になってきたぞ」

「あんたってホントにビビリだね」

 ロゼがふっと口元を ほころ ばせた。

「いや、ビビリとかじゃないから。慎重派なだけだから」

 シエロは首を振っていたが、その顔には恐怖と緊張がにじみ出ているのが見て取れる。

 同じ隊に入っておよそ三か月。そろそろウェズにも、このシエロという青年のことがわかってきていた。慎重というか心配性というか、とにかく過剰に おくびよう なところがあるのだ。

「なんていうか、シエロを見てると落ち着く」

「おいウェズ、それどういう意味だよ」

「いや、自分よりビビってるヤツ見てると、なんか冷静になるっていうか」

「あのなあ」シエロが頰を膨らませた。「お前も結構、そういうとこひどいよな。こっちは本気で心配してるってのに」

 ウェズはビビリの友人に向かって、「大丈夫だよ」と告げてやる。

「ミストギアっていうのは、周囲のミストを吸収して動力に変えるシステムなんだ。コアさえきちんと作動していれば、見た目以上の性能を発揮するはずだよ」

「そうなの?」

「ほら。シエロのクロスボウも、発動機のミストコアが青く発光してるだろ。これは、コアがきちんと作動してるって証拠。周囲のミストを吸収して、ばっちりエネルギーが たくわ えられてる」

「ばっちりエネルギーが蓄えられてると、どうなるんだ?」

「それらを一気に解放することで、爆発的なエネルギーを生み出せる。特に、複数のコアを連鎖して解放すれば、連撃によって すさ まじい威力を叩き出すことができるんだ。『オーバードライヴ』っていうんだけど」

「ふむふむ、オーバードライヴ」

「発動機に装備しているコアにもよるけど……まあ、今のシエロのギアなら大丈夫だよ。オーバードライヴをうまく使えば、たとえ訓練用のギアだろうと、厚さ五センチくらいの鉄板なら簡単にブチ抜けるほどの威力を出せるんじゃないかな」

 シエロは「へえ」と、自らのギアの動力部をしげしげ観察した。

「なるほど、このコアがキモなのね……。ミストギアってそういう仕組みだったのか」

「詳しいね、さすが元ギア技師だ」

 ロゼもまた、感心したような表情を浮かべていた。

「まあ、見習いだったけど」

 ウェズはなんとなく照れくさくなって、頰を いた。努力して学んできたことを他人に褒められるのは、純粋に嬉しいことではある。

 しかし、小隊の誰もがウェズの知識に対して好意を抱いているわけでもないらしい。

「技師ならば技師らしく、工房での仕事に専念するべきです」

 きつい口調で言い放ったのは、ディア・クレールだった。

 彼女はやはり、ウェズに対してあまりいい印象を持っていないようだ。

「王都から出た以上、もはや安全は保証されません。常に死に直結する危険が存在すると考えるべきです。戦う覚悟のない者がいるべき場所ではありません」

「いや、あのねディアちゃん」シエロが あわ ててフォローを入れる。「ウェズだって、その覚悟を証明するために来たわけだからね。そんなツンツンしなくても」

「危険に遭遇してからでは遅いのです。私は、弱い人間が、むざむざ命を落とす姿を見たくはありません」

 ディアは すく めるようにウェズを にら みつけた。同年代の少女のものとは思えない、とても力強い視線だった。思わずたじろいでしまいそうになる。

 やっぱりこの子、普通じゃない。

 横からロゼが、ウェズに小声で ささや いた。

「あんた、『弱い人間』とか言われてるけど、なんか言い返さないの?」

「え……? ああ、うん。それは別に」

「別にって、なにそれ。あんだけバカにされたら、怒ってもいいとこだと思うけど」

「いや、怒るっていうかさ……。おれが弱いのは事実だし」

 ウェズは「それに」と続ける。

「あの子、言い方はアレだけど、おれを心配してくれてるってことだろ」

「ん……。まあ、そういう見方もあるっちゃあるけど」

 ロゼが けん しわ を寄せる。

「初めて会ったときから不思議だったんだ。どうしてあのディアって子は、あんなに他人の命を救うために真剣になれるのかなって」

 もちろんウェズだって、誰かが死ぬのを見たいわけではない。誰かが危機に おちい っていれば、できる限り手を貸したいとは思う。

 しかしあのディアという少女は、そういう次元でものを考えているわけではなさそうだった。何が何でも、他者の命を守ることに固執している。たとえ しゆくうけん でも、エネミーに立ち向かっていってしまう。

 彼女が「義務」と呼ぶものは、強迫観念にも似たなにかのように思える。

 あの子はいったい何を背負っているというのか。

 ウェズは彼女の言動に怒りを覚えるよりも先に、そちらのほうが気になって仕方がなかったのである。

 ロゼは毒気を抜かれたような顔で「ふーん」と呟いた。

「ま、確かにディアはなんとなく普通とは違う雰囲気の子だけどね……。でも、あたしから見れば、あんたも十分変な男だよ」

「そうかな」

 首を傾げるウェズを見て、それまで黙っていたウラガンが「ははは」と大きな笑い声を上げた。

「言われちまったなあ、ウェズ。さすが、俺が見こんだ変人だよ」

「変人って」

 歩きながら酒瓶をあおっている男に言われたくはなかった。こんな赤ら顔の男がGEARSの隊長を務めているというほうが、よっぽど変である。

「だってほら、お前変人枠採用だったじゃん」

「なんですかそれ。変人枠じゃなくて、技師枠だったはずです」

「あれ、そーだっけ? まあいいや、細かいことは」

 本当にいい加減な男だった。このひとの言葉は話半分で聞いておくことにしよう。ウェズはそう心に決めた。

 酒臭い口を そで で拭いながら、ウラガンが続ける。

「でもま、お嬢の言う通りでもあるかもなあ。ここはもうエネミーどもの縄張りだからな。油断してると、あっという間にあの世行きだぜ」

 ふと、ウラガンが足を止める。

 それとほぼ同時に、周囲の茂みがガサガサと音を立てて揺れ始めた。前も後ろも、それから左右も。気づかぬうちに自分たちは、何者かに包囲されていたらしい。

「ほーらな」ウラガンが鼻を鳴らした。「連中のお出ましだ」

「マ、マジかよ……!? エネミーが来やがったのか!?」

 シエロが身を こわ ばらせ、きょろきょろとあたりを見回した。

 ウェズも自分のギアの つか を強く握る。脳裏に浮かぶのは、三か月前の せいさん な出来事だ。

 あのときウェズは、工房の親方や同僚たちを一瞬にして失った。そしてウェズ自身も、命を落とす一歩手前まで追いつめられてしまった。

 あのときの恐怖や そうしつ 感は、今もまだ身体に染みついている。やはり、怖いものは怖い。

「来るよ! みんなギアを構えて!」

 ロゼが叫ぶ。

 前方の茂みががさがさと揺れ、そこから黒い影が飛び出してきた。

「ひいいっ!」

 シエロが悲鳴を上げる。

 いったいどんな凶暴な怪物が現れたというのか――よくよくその姿を見たところで、ウェズは首を傾げてしまった。現れた生き物が、あまりにも非力に見えたからである。

 大きさは大人の頭ひとつぶんくらい。それは長い耳とフサフサした毛皮を持った、 可愛 かわい らしい動物であった。

「ウサギ……?」

「バニットだ。ここいらじゃ、比較的メジャーなエネミーだな」

 ウラガンの言葉に、ウェズは思わず「え」と面食らってしまう。

 このウサギに対しては、何の恐怖も感じない。三か月前にウェズを襲った大猪に比べれば、格段に倒しやすそうに思える。ミストエネミーもピンキリだということだろうか。

 バニットはこちらを見上げながら、「シャアッ!」と牙を いた。 かく しているつもりなのだろうか。しかし、あまり威圧感はない。

「なんだよ、思ったより小さいじゃねーか」

 シエロもまた、ウサギの姿に安堵したのだろう。「へへ」と薄笑いを浮かべる。

「ビックリさせやがって。こんな雑魚なら、おれでも――」

 と、シエロがギアを構え、バニットに近づこうとしたそのときだった。

 バニットは身体を小さく丸め、後ろ足で強く地面を った。そしてそのまま、無防備なシエロへと飛びかかったのだ。

「んのごおおおおっ!?」

 小さい身体をフルに生かしての、強烈なタックルだった。シエロはそれをとっさに回避することはできず、もろに みぞおち へと食らってしまう。

 シエロの身体は「く」の字に折れ曲がり、そのまま背後のシラカバの幹に叩きつけられてしまった。

 このウサギ、どうやら見た目からは考えられないほどのパワーを有しているようだ。

「シエロ、大丈夫か!?」

 ウェズは、吹っ飛ばされたシエロに駆け寄った。

「い、 いて ぇ、超痛ぇ……!」

 木の根元に倒れたシエロは、涙目で もん の声を らしていた。命に別状はなさそうだが、すぐに立ち上がることはできないようだ。

  もんぜつ するシエロを横目に、ウラガンは「やれやれ」と肩を竦める。

「ミストエネミーを外見で判断するなっての。こいつらは体内のミストコアを利用して、 じんじよう じゃない力を発揮するんだ。あんなウサギでも めてかかると、腕一本くらいは食いちぎられちまうぞ」

「体内のミストコアを利用して、力を発揮する……。もしかして、ミストエネミーの身体のメカニズムって」

 ウェズの呟きに、ウラガンは「そういうことだな」と頷く。

「エネミーのパワーの源は、ミストギアと同じってわけだ」

「やっぱり……!」

「つか、むしろギアのほうが、エネミーの身体の構造を研究して作られたって経緯があるんだよ。『目には目を、歯には歯を』ってな」

 ウラガンが ふところ から酒瓶を取り出し、ひと口ごくりと えん する。気持ちよさそうに「ふう」と息を吐き、続けた。

「まあ、その手の小難しい講釈は後回しだ。今日の訓練は、こいつらを狩ることだぜ」

「このウサギ狩りが、実戦ってわけですか」

「そうそう。俺ァここで休憩してるから、あとはおめーら頑張れや」

「頑張れって、なんですかそれ」

「俺が手伝ったんじゃ訓練にならないだろ。さあ、頑張れ 若人 わこうど よ」

 ウラガンは近くの倒木の上に腰を下ろし、さらに酒瓶をあおり始めた。どうやらこの男、一杯やりながら部下たちの訓練を観戦するつもりらしい。

「いい気なもんだね」

 ロゼがため息をつく。

「お、おいおい……。おれらだけでホント大丈夫か、これ」

 シエロが震えるのも無理はない。周囲の茂みから、バニットが次々と飛び出してきたのである。十体や二十体どころではない。かなりの数がいるようだ。群れでこちらを囲んで、逃げ道を塞ぐつもりらしい。

 ウラガンは「こいつは豪勢だなあ」と笑う。

「敵はちょっとばかし多いけども、倒すよりもまず生き残ることを優先しろよ。いつも言ってる通り、『死んでも生き延びろ』の精神だぜ」

「つ、つってもこの数、ハンパじゃねえっすよ! これじゃあ逃げることすら……」

 シエロは地を いながら、周囲を取り囲むエネミーの物量に震えていた。

 ウェズもその気持ちは十分にわかる。見た目は小さなウサギといえど、その凶暴さは猛獣級なのだ。それが何十も同時に現れるなんて、もはや絶望的である。

 そんな恐怖をうち破ったのは、ディアの声だった。

「恐れることはありません!」

 彼女は槍を両手に構え、エネミーの群れに向けて ぎ払った。するとギアの穂先から強い風が巻き起こり、群れのうちの数体を軽々と吹き飛ばしてしまう。コアに蓄えられたエネルギーを、 スキル の形で解放したのだろう。

 その鮮やかな手際に、ウラガンが「ヒュウ」と口笛を吹く。

「さすがお嬢。やるねえ」

「我々GEARSの目的は、ミストが生み出すすべての害から人々を守ることです。この程度で苦戦などしていられません」

 そのままディアは槍を振り回し、倒れたエネミーを仕留めにかかった。四方八方からの頭突きや みつき攻撃を たく みにいなし、一体一体、確実に戦力を削っていく。

「すごい……」

 無駄のない彼女の戦いぶりに、ウェズは思わず目を奪われてしまった。敵を見据えるまっすぐな視線。躍動するしなやかな たい 。ディアの れい な槍さばきは、見ていて美しさすら感じるものだった。

れてんのか、ウェズ」

 ウラガンに突然声をかけられ、ウェズは「あ、いや」と首を振る。見惚れていたのは事実だったが、他人にそれを指摘されるのは、なんだか恥ずかしい。

「まあまあ、お前の気持ちもわかるぜ。あの子の そうじゆつ は、ちょっとしたもんだからな」

 ディアは またた く間に、次々とエネミーを仕留めていた。これだけすごい活躍を見せつけられてしまえば、「英雄になる」といった彼女の言葉も、まんざらではないように思える。

「確かに、すごい才能だとは思いますけど」

「いやいや、才能ってわけじゃねーよ。あれでお嬢、一年くらい前に第七小隊に入ったときは、武器なんてこれっぽっちも使えねー、ダメダメ運動オンチ娘だったんだぜ」

「え」

「今でこそああだけど、当時はまさに、箱入りのお嬢様って感じ。やる気だけはあったんだけどさ、それも空回りしててなあ」

うそ でしょ? まったく想像がつかないんですけど」

「また俺がいい加減なこと言ってると思ってる? でも残念、これが噓じゃないんだなあ」

 ウラガンは酒瓶をあおりつつ、背後から襲ってきたウサギの突進を「ひょい」と かわ してみせる。何気に器用なことをする男だ。

「最初はあのお嬢、リアルにスプーンより重いもん持ったことなかったってレベルだったからな。ま、そんなんだからこそ、このクズナナに配属されたわけだけど」

「ああ、なるほど」

「でもお嬢は、ああ見えてすげえ努力家だったんだ。毎日毎日、訓練のあともひとりで兵法書読んだり、他の隊のやつと模擬戦やったりしてな」

「努力家……」

「そうそう。その結果この一年で、あれだけの技術を身につけたってわけよ」

 ディアの槍が、またエネミーを一体 つらぬ いた。その無駄のない動きは、厳しい たんれん たまもの ということなのか。

 少なくとも三か月前にGEARSに入ったばかりのウェズには、真似できるようなものではない。

「どうしてディアは、そんな努力を?」

「さあ? お嬢もお嬢で、抱えてるもんがあるってことかねえ……。詳しくは知らんけど」

 ウラガンが「まあともかく」と、 あご をしゃくる。

「お前も頑張れよ。せっかく実戦演習をセッティングしてやったんだからさ。 あこが れのコの前で、カッコイイとこ見せてこい」

「べ、別におれは、ディアに憧れてるとか、そういうわけじゃ」

「ぷぷっ、誰もお嬢のことだとは言ってませーん。『憧れのコ』って言っただけでーす。なのになんでウェズ君は赤くなってるのかなあ?」

「このオッサンは……」

 おどけたように笑うウラガンをひと睨みしたあと、ウェズはギアを構え直した。ほんと、食えないオッサンである。

「とにかく、やりますよ」

 

 

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