休日の商店街は人通りが多く、歩いているだけで適度な刺激が得られる。何もない部屋で惰眠を貪るよりは有意義と、おそ松とカラ松は、商店街へ散歩に出ていた。
「やー、金がないね」
今日は寒いね、くらいのあまりにも慣れた物言いで、おそ松は呟く。
「ああ、金は……ないな」
カラ松も答える。
ちなみにこの会話に意味はない。
彼らにとって「金がないね」は、当然すぎて、もはや挨拶と同義だった。
「はぁ、どっかに遊んでるだけで金がもらえる仕事ないかなー……」
二人はそのままそぞろ歩いて、電器屋の前で立ち止まる。
ショーウインドウには新製品らしい大型のTVが置かれていて、見慣れたワイドショーが流されていた。
最近話題の事柄を取り上げるコーナーの時間らしく、画面には大きなテロップで、『話題のユーチューバーとは!?』という文字が躍っていた。
「「ん?」」
二人はついそれに見入ってしまう。
画面では、えらく陽気な成人男性が大写しになっていた。
TVで見かけるお笑い芸人というわけでもなく、どこか素人臭さを残した男だった。陽気さだけが取り柄のようなその男は、裸でコーラ風呂に入って大袈裟なリアクションを見せたかと思えば、自宅の玄関でケチャップ塗れになり、死体のふりをして帰宅した同居人を驚かせていた。
特に驚くような芸ではない。一見すれば遊んでいるだけのようにも見える。ただ、体を張った姿は刺激的で面白いと思えた。
遊んでいるだけで金がもらえる仕事。
そんな夢のような仕事、どこにもあるわけないと思っていた。
「……!」
ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
それはおそ松のものであり、カラ松のものでもあった。
気づけば二人の視線は、画面の中のその姿に釘付けだった。
景気の良いナレーションが視聴者の興味を煽りたてる。
『彼は今大人気のユーチューバー!』
『なんと! 動画の総再生回数十億以上!』
『街を歩けば女の子にモテモテ!』
『そして想定年収……一億以上!!』
「「!!?」」
もう二人はなりふり構わず、TV画面にかじりついていた。
そして顔を見合わせると、同時に叫んだ。
「「これだ─────!!」」
◇
早速おそ松とカラ松の二人は弟たちを呼び出して、公園に集合した。
「デカパンに相談したら必要な機械一式貸してもらえたぞ」
カラ松が肩にかけた大きなバッグをベンチの上に置いた。
撮影用ハンディカメラや動画編集用のノートパソコンなど、動画投稿に必要なものは揃っている。
「まあ、これならなんとかなるかな?」
デジタル機器に唯一詳しいトド松が、少し触ってみて、大体の操作方法を確認する。
「でも……この動画何かな?」
そしてふと、ノートパソコンにいくつか動画が保存されているのに気がついた。
動画ファイルをダブルクリックして再生してみる。
「何これ……?」
そこにはいつも通りパンツ一丁のデカパンがいた。ただおかしかったのは画面に流れるコメントに指示されるまま、煽情的なポーズをとっていたことだ。きわどい位置までパンツを下ろしては焦らす。さらに恍惚とした表情で、「おほほ、乗せ上手だスな~」などと口走っていた。
カラ松が答えた。
「ああ、確か、生放送で〝女神〟? とやらをしていると言っていた」
「……」
トド松は瞼を伏せると、「まあ深くは突っこまないでおこう」と見て見ぬふりをすることに決めた。この世には知らない方がいいこともある。
「─と、まあユーチューバーっていう夢のような仕事があるわけ!」
おそ松が弟たちに向かって、TVで知ったばかりのユーチューバーという職業について説明した。
「一言で言えば、適当に遊んだり、物を粗末にしたりすることでお金がもらえる仕事!」
「ちょっとおそ松兄さん、本気で怒られるからやめて」
ある程度ユーチューバーについて知っているトド松が冷静に釘を刺した。
とはいえ、「楽に金が稼げる」という甘い言葉には、乗せられるしかない6つ子たち。
興味津々でおそ松の話を聞き、まんまとやる気にさせられていた。
「で、具体的に何をやればいいの?」
チョロ松が言った。
当然、動画投稿サイトにアップするなら、何かを撮らなければ始まらない。
それがコンテンツ。
面白くなければ、誰にも見向きされないまま、広大な電子の海で孤独を味わうだけ。逆に面白ければ、世界中で話題になり、莫大な富が手に入る可能性もある。さらに地位や名声、そしてゆくゆくは童貞卒業という栄えある称号さえ手に入るかもしれない。
6つ子たちは夢想する。もはや石油王など古い。これからは動画王だ。ありあまる札束で、日陰続きだった人生に明かりを灯すのだ。
しかし彼らは目を見合わせ、考えこんだ。
肝心要の点なのに、どうやら具体的なアイデアはないらしい。
考え考え、やがてトド松が答えた。
「オシャレなカフェの食べ歩きとかどう? 美味しいランチとかかわいいスイーツとか紹介してくの! 楽しいし、きっと女の子には人気でるよ!」
「えー? それつまんなくない?」
しかしおそ松の反応は芳しくない。
他の兄弟たちも同様らしく、まるで響いていない。
残念ながら、女子受けするかどうかがわかる繊細な感性を持ち合わせていたら、ここまで深刻な童貞にはなっていない。
「じゃあ他の案出してよ!」
トド松が口を尖らせて言うと、カラ松が「こんな案はどうだ?」と提案する。
「松野カラ松ディナーショー……。場所は一流ホテル……当然貸切だ。ワイン片手に軽快なトークとアコースティックギターの弾き語りをお贈りする。尺は5時間……いや、アンコールも合わせると10時間は超えるな。フッ、カラ松ガールズたちをたっぷり酔わせる完璧なプログラ─」
「「「「却下」」」」
「なぜだ!?」
「クソ松は一生黙ってろ」「公園で野良犬相手にやってろ」「早く顔面にトラックが突っこめばいいのに」などと散々叩かれ、カラ松案は満場一致で一蹴された。
次に案を出したのは一松だ。
「じゃあ猫動画でいいんじゃない? 路地裏とかにカメラ置いといて、ずっと猫を撮り続ける」
「あ、それいいんじゃない!? 猫動画は鉄板だよ!」
トド松が両手を合わせて太鼓判を押すと、一松は照れ臭そうに鼻の頭をかく。
「だろう? ふふ、猫はいいからな」
でも急に真顔になって、
「ただ数分ごとにおれが耐えきれなくなって猫をなでに乱入する」
「そこ我慢して一松兄さん!」
「はい、じゃあ僕の案」
チョロ松が手を上げた。
「地下アイドル現場リポートとかどうかな? いまだ知られぬ地下アイドルの世界をドキュメンタリータッチで映し出す」
兄弟たちの反応は悪くない。
「アイドルたちが夢を叶えていく姿を克明に映し出すんだ。きっと多くの人々の心を打つよ。そして僕たちみたいなファンがどれほどアイドルたちの支えになっているかを伝えたいね」
どんどん舌が滑らかになっていくチョロ松。
「そのためにはアイドルへの密着取材は不可欠だね。昼も夜も一緒だよ。自宅にも通って、僕だけにはプライベートも赤裸々にしてもらいたい。その結果としてアイドルとつながることもやぶさかではな─」
「「「「帰れー! オタシコスキー!!」」」」
チョロ松に向かって乱れ飛ぶ石ころや空き缶。
結局、妙案は出なかった。
「やっぱり楽して儲けるなんて無理なんじゃない?」
チョロ松の意見はもっともだった。
「結局人に見られるものだから、いろいろ工夫して、よっぽど面白くしなきゃダメでしょ。売れてるユーチューバーはやっぱりすごいんだよ」
誰でもわかる正論に兄弟たちは考えこむ。
「それなりに努力しなきゃいけないってことかー……」
おそ松は難しい顔をして、ため息をつく。
「楽して儲けることもできないなんてこの世界も終わってんなー……」
終わってるのはどっちだろうか。
ただ、『楽して儲けたい』が出発点だっただけに、きわめて遺憾なおそ松である。
「そんな面白いことできるやつなんてそうそういるわけないし─」
やっと見つけた希望が潰えようとした時だ。
遠くから、「あははははははは!」と陽気な笑い声が聞こえてきた。
兄弟たちは一斉にそちらを振り返る。
「あははははははははははははははははははは!」
声の元をたどれば、道路沿いの川だ。
激しい水しぶきをあげながら、猛烈な速度でバタフライを繰り返す男。
─十四松。
五人は声を揃えた。
「「「「「いた─────!!」」」」」
◇
「え? ぼくがゆーちゅーばーに?」
兄弟五人に取り囲まれ、「お前しかいない!」「こんな身近に逸材が!」「神様!」「十四松様!」と崇め奉られた十四松。
これほど兄弟の期待を集めたことがかつてあっただろうか。
動揺する十四松。
そもそもユーチューバーが何をするものかさえ知らない。
あまりに無茶な要求だ。誰だって簡単に受け入れられるわけがない。
「わかった! ゆーちゅーばーにぼくはなる!」
この屈託のなさが十四松の持ち味である。
〝呼吸する核弾頭〟〝うっかり人間に生まれてきた太陽〟などの異名をほしいままにする十四松だ。
その笑顔と予想できない行動はきっと多くの人を楽しませるだろう。
途方もない期待感に五人は沸いた。
一攫千金のチャンスがこんなに近くに転がっていたのだ。
自分たちは動画王として未来を歩むのだ。
─そして6つ子の新たな人生とともにカメラが回り出す。
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会