「うーん……困ったダスなー……」
「困ったヨ~~ン」
ここはデカパンの研究室。
よくわからないメカや複雑なコンソールのついた謎の水槽などがあちこちにあり、さながらマッドサイエンティストの実験場の様相を呈している。
デカパンは頭のてっぺんに妙なアンテナの生えたヘルメットを手に持ち、困り顔をしていた。
どうやら問題はそのヘルメットにあるらしい。
「せっかく作った『欲求不満プリンター』ダスが、適合者がいないとは盲点だったダス」
「盲点ダヨ~~ン」
隣にいる助手のダヨーンも表情からはまるでわからないが困っているようだ。
そのヘルメットはデカパンの発明品。
その名も『欲求不満プリンター』。
ヘルメットを頭にかぶり、これが欲しいと念じれば、まさにそのものが出力されるというおそるべき発明品だ。3Dプリンターなんて目ではない。
頭の中で想像したものがそのまま現実に現れるのだ。
しかしそれには問題があった。
念じる力が重要なのだ。そんじょそこらの欲求では足りない。
何が何でも、他人を蹴落としてでも、泥をすすってでもそれが欲しいという、恥知らずの塊のような、欲求不満の権化じみた人間じゃないとこの発明品は使いこなせないのだ。
デカパンが自分で試しても、助手のダヨーンが試してもダメだった。
渾身の発明だった。これがうまく使えれば億万長者も夢ではないし、少なくとも今後の生活に困ることはなくなる。
なのにそれを使いこなせる適合者がいないようで、デカパンは残念がっていた。
そこへ――ピンポーン。
研究室の呼び鈴が鳴った。
「誰ダスか?」
玄関を開けると、そこにいたのはおそ松だった。
おそ松はカラカラと笑いながら、いつものお気楽な調子で言った。
「やー! 急に悪いねデカパン! ちょっと作ってもらいたいものがあるんだけどさー、いい? 絶対に勝ち馬がわかる機械が欲しいんだけど!」
「ホエ……」
挨拶もおざなりに、出会い頭でこうも抜け抜けと自分勝手な頼みごとをできる人物がほかにいるだろうか。
おそ松は構わず続ける。
「なんで今まで気づかなかったんだろうなーって! デカパンに頼めばそれくらいすぐ作れるんじゃないかなって気づいたわけ! 俺って天才!?」
「い、いたダス…………」
ふるふると小刻みに震えるデカパン。
それは感動によるものだ。
「へ? なに? 作ってくれるの?」
「適合者がいたダス!!」
「ダッヨ~~~~~~ン!!」
手を取り合って喜ぶデカパンとダヨーン。
それを見ながら、おそ松は状況がつかめないまま首を傾げた。
「欲求不満プリンター?」
おそ松は聞き慣れない名前の機械を持たされて、また首を傾げた。
おそ松以外にも6つ子が揃って来ていて、おそ松の後ろで同じように疑問符を頭に浮かべている。
デカパンは興奮気味に説明する。
「このヘルメットを頭にかぶって欲しいものを想像するダス! するとそれが現実に現れるダス!」
途端、おそ松は目を輝かせる。
「え~!? なにそれ!? マジで!? やるやる! これかぶればいいの!?」
何の迷いもなく怪しげなヘルメットをかぶるおそ松。
「お、おいおい、それ大丈夫なの??」
「平気だって!」
心配したチョロ松が声をかけるが、おそ松は取り合わない。
こういう欲求に正直なところがまさに適合者たるゆえんである。
人はみな欲求の奴隷だが、どれだけ欲求に素直になれるかは人それぞれだ。
おそ松といえば、童貞、金なし、クズニート。
まさに負の豪華三点盛りである。これらの要素が三位一体となり、人生をカラカラに乾かし、類まれな欲求不満状態を作り出す。
おそ松を逸材と見抜いたデカパンは早速指示を出す。
「では頭の中で欲しいものを想像するダス!」
「よーし! じゃあ何がいいかなー? えーと……そうだ!」
むむむむむ……! とおそ松は目を閉じて念じ出す。
ほかの兄弟たちはいぶかしげな目をして、遠巻きにそれを見ていた。
おそ松は念じる。
念じる。
そして――およそ1分後。
頭のアンテナから無線を通じて伝送された強い『欲求』が、タテに長いカプセル型のポッドの中で『プリントアウト』された。
ブシュゥゥゥと真っ白な煙に満たされたポッドを開くと、煙がゆっくりと拡散していき、ポッドの中が露わになる。
「「うおぉぉぉぉ――――!!」」
それを見て、おそ松とデカパンは揃って叫んだ。
ヒヒィ――――――ン!!
中から現れたのは毛艶の美しい馬だった。
「「「「「えぇ――!? 本当に出てきた――――!?」」」」」
遠巻きに見ていた兄弟たちも色めき立つ。
「すごい! 本物だ! G1を7回制覇した名馬・マツサンブラック!!」
興奮を抑えられないおそ松。
歴代最強馬とも謳われる憧れの名馬が目の前に現れたのだ。
艶やかな鹿毛、隆々とした肉体。類まれな実績を残したサラブレッドが、甲高い嘶きを室内に響かせながら、ポッドの中から飛び出した。そしてその勢いのまま研究室の壁をぶち破って外へと駆け出して行く。
「ねぇ、壁ぶち破って逃げたけど!?」
慌てるトド松。
しかし、感動に打ち震えるおそ松はそれを追いかけようとしないし、追いかけたところで捕まえられるわけもないので、そのまま見送った。
それよりもと、おそ松はデカパンの腕をとって言う。
「やるじゃんデカパン! これすごい発明だよ!!」
「ホエホエ~、そうダスか? キミのおかげダス!」
「ははっ! そう? やっぱ俺ってすごい?」
気をよくしたおそ松は次々に『欲求』を実物化していく。
「うおぉぉ――――――酒だぁ!!」
全国の有名地酒を雨後の筍のように生み出し。
「肉だぁ――――――!!」
普段は滅多に食べられないA5ランク肉の山を作り出した。
そしてさらには――ジャラジャラジャラジャラ――――!!
「パチンコ玉が無限に――――!?」
湧き水のようにパチンコ玉を生み出し、研究室を埋め尽くした。
「あっははっ! サイッコ――――!!」
もうおそ松は止まらない。
水を得た魚のように、今まで叶えられなかった欲求を次々と実現させていく。
「デカパン! すごいよこれ! 何でも出てくるじゃん!」
「ホエホエ、自分もここまでうまくいくとは思わなかったダス」
「ほんとダヨ~~ン」
デカパンとダヨーンもおそ松の想像以上の適性に目を剥くばかり。
それはほかの兄弟たちも同じで、たまらず一松が割って入る。
「お、おい! それ本当に何でも出せるのか?」
「おう! なんでも出してやるよ! へへっ!」
「じゃ、じゃあ……猫を頼めるか?」
「猫か、軽い軽い! ちょっと待ってろよ? むむむむ……!」
おそ松が念じること30秒ほど。
ブシュゥゥゥとポッドの中に煙が満たされ、真っ先に一松がその扉を開ける。
すると、
「おおおおおおぉぉぉ――――」
猫がいた。だから一松は色めき立った。が……。
「――ぉぉぉおおおお……お?」
よくよくそれを見た一松が首を傾ける。
その猫はギリギリ猫の形はしているものの、子供が作った粘土細工のように雑だった。目は陰険、鼻は潰れて、だらしない口からは涎が垂れている。要はとにかくブサイクだった。
「ははっ、どう? 立派な猫だろ?」
「いやいや! ほとんど化け物じゃねえか!」
「そうか? 猫なんてこんなもんだろ?」
「お前は今まで何を見てきたんだ!?」
どうやらおそ松は猫に大して興味がないため、ぼんやりとしかイメージができなかったようだ。一松はそのことが信じられないが、自分の興味のないことには徹底的に無頓着なのがおそ松という男だ。
「んー……どうやら俺があんまり詳しくないものは上手く作れないみたいだな」
「ホエホエ、そうダス。それに本人が心から欲しいと思えるということも大事ダス」
「なるほどね」
念を送る人間が明確にイメージできて、かつ欲求の対象になるものであるということが重要らしい。
「じゃ、じゃあさ? おそ松兄さん、いいかな?」
それを聞いて、おそるおそるチョロ松が手を挙げた。
「なに? チョロ松も何か出してほしいのか?」
「うん……えっと……アレはどうかな?」
「アレ? なんだよ、はっきり言えよ」
チョロ松は頬を赤らめ、もじもじしながら言った。
「……おっぱい」
「「「「「!!?」」」」」
兄弟たちは目を見開いた。
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会