「う~~寒さむ…………!」
ある冬の凍える夜。
いつものように兄弟5人を引き連れて銭湯へ向かったおそ松。
今夜は特に冷えこんで、気象庁の発表では過去最低気温を塗り替える可能性もあるらしい。
「そうだなブラザー……今夜は特にコールドだ……!」
鼻水をベルトあたりまで垂らしたカラ松が言う。その鼻水も数秒と待たず凍りつき、つららになった。
家から銭湯までの移動も堪える。6つ子たちは自分で自分の体を必死にさすり、記録的な寒さに耐えていた。
生命力に乏しい一松はすでに顔面蒼白で一言も発しないし、十四松は平気そうな顔をしているが体は猛烈かつ小刻みに震えていて、その振動で人知れず超音波を発していた。
震える声でチョロ松が言った。
「でももうすぐ銭湯だから……それまでの辛抱だよ……」
トド松も頷く。
「そ……そうそう……そこを曲がればすぐだから……」
――そして命からがらたどり着いたいつもの銭湯。
6つ子たちは愕然とした表情で立ち尽くした。
【本日休業のお知らせ】
「え――――――!? 今日休み――――――――!!?」
おそ松が悲痛な叫び声を上げる。
やっとたどり着いた銭湯は無情にも錆びついたシャッターが下りていて、テープで貼られたチラシの裏には、筆ペンで残酷な事実が記されていた。
「うそうそ!? なんで!?」
滅多に休まない銭湯だ。もしかしたら店主の急病か?
トド松が心配混じりの焦り顔で、食い入るように貼り紙に書かれた理由を確認すると、
【寒いんで休みます】
「寒いからこっちは来てんだよちくしょう!!」
寒さのせいでガラの悪いトド松がシャッターを蹴りつける。
これだけ寒いと、怒りの臨界点が下がっている。今ならウノでスキップされただけでもカラ松をボコボコにするだろう。
しかし怒ってもどうにもならない。
早く温まらないと、この寒さじゃ命の危険すらある。
「じゃあどうする? 別の銭湯も回ってみる?」と、トド松。
「……そうしてみるか」
おそ松が答え、近くの銭湯へと足を向ける。
――しかし。
「どうしてどこもやってないんだよ――――――――!!?」
どんよりと曇った空に向かっておそ松が叫ぶ。
よりによってこんな日に、行く先々の銭湯がどこも休みなのだ。
近場の銭湯はすべて回りきった。もうどこにも当てはないし、家へ帰るにもすっかり距離が離れてしまい、この極寒の中たどり着ける自信もない。
「なんで今日に限って……どうすればいいんだよ……!?」
チョロ松は寒さと絶望で青ざめている。
「そうだな……! オレの笑顔で温めてやるにも限界がある……!」
カラ松の妄言は別に寒さのせいではない。
「………だま…………クソ……ま……………」
限界ギリギリすぎる一松は突っ込む気力さえ失われていた。
「……あ…………はぁ……………………」
一方、なぜか十四松はなんだかほっとした表情。
体は相変わらず小刻みに振動を続けていて、
「十四松?」
怪しんだおそ松がその体に触れてみる。そして、はっと気づく。
「うわっ! ずっりぃ十四松! 超音波で一人だけ暖とってる!!」
「「「「え――――!!?」」」」
そう、十四松は超小刻みな体の震えを利用して超音波を発生させ、それを熱エネルギーに変換することで、ひそかに暖をとっていたのだ。
「「「「「触らせろーーー!!!」」」」」
それを聞きつけた兄弟たちは、我も我もと十四松の地味に温まった体に抱きついて暖をとろうとしたが、冷えた体で次々触れば、せっかくの温もりもあっという間に消えていく。
「うわ――――! また寒い――――――!!」
あたり構わず叫ぶトド松。
「こ、こうなったら近くの知り合いに風呂を借りるしかない……! お前ら行くぞ!!」
「「「「「お――――――!!」」」」」
おそ松の発案で、6つ子たちは雪山を行軍するように暗い道を歩き出した。
ピンポーン――。
「んー……? こんなクソ寒い日に誰だチクショー?」
6人がやってきたのはチビ太の家。
がちゃ、とドアが開くと6人はなだれ込むように家の中へ入る。
「「「「「「風呂貸してくれ――――!!」」」」」」
「お、お前ら!? 何しに来たんだバーローチクショー!?」
「さ、さむ、さむさむさむ…………!!」
歯をガチガチと鳴らし、鬼気迫る表情のカラ松。他の兄弟たちも同じだった。
「……入れよ」
彼らとはつきあいも長い。事情をある程度察したチビ太は、6つ子をひとまず部屋に招き入れ、事情を聞いた。
「――なるほどな、そんなことがあったのか……で、おいらの家の風呂を貸してくれってわけか」
「そ、そそ、そそそ……そうだ…………!!」と、カラ松。
6つ子たちは話をする間もガクガクブルブルと体を震わせ続けている。相当な寒さに耐えてここまでやってきたのだろう。
急なこととはいえ、チビ太だってそんな姿を目にして見殺しにすることもできない。
「……わかったよ。ウチの風呂に入っていきな」
「ほ、本当かチビ太……!? おぉ……! お前はオレのベストフレンドだ……! この恩は忘れない……!!」
その温情に、涙ぐみながらにうつむくカラ松。
「困った時はお互い様だ。気にすんな。ちょうどさっきおいらが入った後だからさっさと入んな」
「すまない……チビ太……! 後でオレのサインをやるからな……!」
「それはいらねえよ」
これでやっと人心地につける。
6つ子が意気揚々と服を脱ぎ捨て、チビ太への感謝の思いとともに風呂場の戸を開けた……その時だった。
「な、なんだこの香りは……!?」
強い香りが鼻をつく。異常を察したチョロ松が眉根を寄せた。
「どこかで嗅いだ香りだね……」
トド松もくんくんと鼻をひくつかせる。
「なんか腹が空いてきた……」
一松が言うのも無理はない。
なぜなら浴槽に張られていたのはただの湯ではなく、透き通った琥珀色の液体だった。
悪い香りではない。むしろいい香りだ。かつおか昆布か、日本人がほっとする、食欲を刺激してやまない匂いだ。
「まさかこれ…………」と、おそ松が察する。
するとガラリと風呂場の戸が開き、チビ太が入ってくると、満足げにその液体の正体を明かした。
「どうだ? あったまりそうだろ? 何しろおいら特製のおでんダシの湯だ!!」
「はぁぁぁぁぁあああああああ!!?」
しかもよく見ればおでんダシだけでなく、ちくわやこんにゃく、大根や玉子などの具も湯船にぷかぷかと浮かんでいる。
「うまいおでんを作るには自分がおでんになってみるのが一番だ! へへ、お前らもおでんの気持ちになってくれよな!」
「バッカじゃねえのお前!? 俺らは普通の湯であったまりたいだけなの!」
おでん屋というのはみんなこうなのだろうか。
チビ太はいつもこんな風呂に入っているのだろうか。
目の前に温かい風呂があるというのに、その異常さに躊躇してしまう6つ子たち。しかし体は凍死寸前。背に腹はかえられない。
「ぼく、い――ちば――――んっ!!」
思い切りのいい十四松が、頭からドボンと湯船に飛び込んだ。
「はぁ――――…………」
そして湯船に浸かり、深いため息とともに、天にも昇るような表情を浮かべる。
ほかの兄弟たちは顔を見合わせ「大丈夫なのか……?」と視線を交わす。
しかし、確かに余計なものが入っているとはいえお湯はお湯。十四松の幸せそうな顔を見ると、この際構わないかという気分になる。
「大丈夫そう……? じゃあボクたちも入ってみる……?」
トド松がおそるおそる湯船の縁に手をかける。
すると、異常に気づいた。
「……あ……あ………………」
「どうした十四松!?」
カラ松が十四松の異変を察して声をかける。
「……十四…………松…………?」
「ああそうだ! お前は十四松だ!」
「……ぼく……ガンモ………………」
「ガンモってなんだ!? おいこれヤバいんじゃないか!?」
明らかに様子がおかしい。瞳からはハイライトが抜けて、意識が混濁しているように見える。そして十四松の体はダシが染みていくように、みるみる琥珀色に変わっていく。
「…………おいし……く…………食べて……ね………………」
「十四ま――――――つ!!?」
そのままぶくぶくと湯船に沈んでしまう十四松。
それを見て、鼻の下を人差し指でこすり、満足げなチビ太。
「へへ……どうだ? 一分も浸かれば大根、餅巾着、糸こんにゃく……いろんな具の気持ちになれるぜ!!」
もはや具の気持ちどころか具そのものになりかけている十四松。
残る5人にひたひたと歩み寄るチビ太。
「さぁ……次はどいつだァ? どいつがおでんの具になりたいんだァ……?」
その顔には暗い影が差し、まるで悪魔のようだった。そしてチビ太はバシャッと浴槽に素早く串を潜らせる。するとその串には十分に煮込まれた大根と
こんにゃくとガンモが見事に刺さっていて、チビ太はそのうちのガンモをムシャァとかじりとった。
「へへ……ウメェ……しっかり味が染みてやがる…………」
「「「「「…………!!!」」」」」
ぞぞぞぞぞと、兄弟たちの背筋に怖気が走る。
このままでは危険だ。兄弟たちは本能でそれを感じ取り、ここから逃げ出すことを決めた。
「「「「「他を当たりま――――す!!」」」」」
一松とトド松が協力して浴槽に沈んだ十四松を抱え上げると、6つ子は一目散にチビ太の家を後にした。
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会